2018年04月09日

モダニズム洗脳。(そして、モリカケ)

日本の近代(明治期〜)は、モダニズム(近代主観主義・進化論)に洗脳された歴史である。

モダニズムに「通史的な妥当性はない」。

ならば、
明治期に排撃された「江戸時代のシステム」こそ、「通史的な妥当性」を持つ。
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2018年04月08日

放送大学の授業で、「科学」と「民主主義」「資本主義」が否定されている。

放送大学の「人類学」の講義では、次のように指摘する。



1990年代以降の人類の学びでは、すでに〈科学〉〈近代の諸制度〉は相対化されている。

〈科学〉〈近代の諸制度〉は、裁定者・警察官の役割を行うのではなく、一方の当事者になった。




これは、「驚くべきこと」である。

民間放送法には、「科学を否定した番組」を制作してはいけないと、明記されている。

しかし、「放送大学の講義」で、「科学が相対化されている」。




同様に、「(モダニズムの)アカデミズムも、1990年代に終わった」と換言することができる。

1990年代以降、時代は〈ポストモダン〉になったが、大学はいまだ〈モダニズム〉に拘泥している。




「自然破壊」を発生させる「科学・技術」への懐疑や、貧困を生む「資本主義・グローバル経済」への不信感は拭えない。
ブータン王国のような「経済的な繁栄とは無縁な幸福な暮らし」もある・・・。
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2018年04月07日

ロンブー・田村淳は「フラッシュバックするような受験経験がない」幸福者。


一流芸能人である彼は、青山学院大学の複数の学部を受験し、全敗した。
「学歴コンプレックス」を克服するためと明言した彼には、青学ブランドが必須だった・・・。




30年前と違い、大学入試制度は多様化している。
「自分が合格できそうな入試制度」を探せば、青学ブランドクラスの大学に合格することは可能である。

もし、「残念な大学」にしか合格できなくても、東京大学・大学院にすすめば「学歴ロンダリング」できる。



たが、私には「フラッシュバック」を生む痛烈な記憶がある。
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2018年04月06日

バカリズム君、映画学校を卒業しているのだから・・・。

「ご参考までに」(NTV)を観た。

とりあげた個人の人生が「映画化できるか」を吟味。歌手・俳優の福山雅治氏がキャスター。話相手としてバカリズム氏。客席には、高橋真麻嬢、ギャル曽根嬢がいた。

バカリズム氏は自分でも脚本を書いているから、「(日本映画学校出身として)専門家扱い」だろう。

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2018年04月05日

「きらくら(気楽にクラシック)」にメッセージを送る

ジャズ、クラッシック音楽の低迷の原因は、当事者たちの「相互不可侵」的なコミュニケーションのために、観客に「最上の音楽」が届けられなくなったからである。

と私は確信している。

つまり、自分たちの「所属音楽家」をプロモートするだけの「芸能ビジネス」。
それを追随して「ほんとうに素晴らしい」のは何かをつたえない「メディア」がイケない。




私は、「父が、カラヤンや小澤征爾を貶す」理由が分からなかった。
そして、老齢の指揮者カール・べームに対する称賛の意味が分からなかった。

だが、それから50年ほど経ってようやく分かる。

・小澤征爾氏には「タイム感」がないこと。
・「楽団に君臨する」カラヤンの演奏は、「グルーヴできない」こと。
・カール・ベームは「楽団員に君臨しない」から、観客にとっても魅力的な「グルーヴ(コール&レスポンス)した演奏」を実現していること。




番組でとりあげられるようなメッセージではない。
とはいえ、MCのふかわりょう氏と現役演奏家の彼女が読むことは確かだろう。
もちろん、NHKのスタッフも読む。

ならば、それでよいとのことで、番組のサイトにメッセージを書き込んだ。

https://www4.nhk.or.jp/kira/



私は「タイム感」について研究しています。「タイム感」はメトロノーム感覚。テンポルバートでも、「小節の中の一つ一つの拍の長さ」は一定であるべき。

しかし、小澤征爾さんは「タイム感」がない。「題名のない音楽会」で山田和樹さんは「インテンポはすべての音楽に存在しない」と「拍の概念を否定」。だが、それは彼に「タイム感」がないから。
クロノス時間とカイロス時間のふたつの感覚を持ち、グルーヴすれば、情趣に満ちた演奏ができる。

具体例は、単独の演奏でも連弾に聞えるグレン・グールドやリヒテル。ヴァレンティーナ・リシッツァです。

西洋音楽の本質は「拍・調性(主音)」の共演者と観客の共有。「楽曲名に調性が明示されている」のはそのため。一方、日本人の音楽感覚は「間」。拍の概念がない。

毎回気になるのは、オープニングの「子犬のワルツ」。冒頭の拍の乱れが気になってしょうがありません。ご一考されませんか?
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光進丸、炎上。加山雄三氏の人生のクライマックス。




多額の借金を繰り返してきた加山雄三氏が守り続けてきた船・光進丸が炎上した。

80歳を過ぎ、これから7つの海を航海しようと計画を立てていた矢先の出来事であり、彼の悲運を思ってやまない。

羽田空港で記者会見があった晩の11時頃、成城の彼の自宅の前を車で通り過ぎると、普段は消えている玄関灯が点いていた。

そんなことを妻に話すと、意外な答えが返ってきた。



「大切な船を失うようなことでもないと、今生への思いが断ち切れず、死んだ時に成仏できない」。



妻の発言に、思わず唸ってしまう。



私のように、無名のまま人生。経済的にも恵まれていないなら、突然「人生に終わり」が来ても、(家族への申し訳ない気持ちはあっても)今生に執着はないから、成仏は容易だ。

だが、容姿・数々の才能・機会・運に恵まれた彼が、「死を受け入れる」のは、なかなか難しい。

ならば、今回の「喪失」は「人生の最期」を受け入れるためには、けっして悪いことではない。




思い出すのは、松田優作氏の急逝。

とりわけ向上心の強かった彼が、映画「ブラックレイン」に出演し、ハリウッド進出が目前な状況で早世した。

彼の無念さは限りない。



加山雄三氏が「苦難の人生だった」と自らの人生を振り返ったとしても、脚光とは無縁な人生を歩む「多くの無名氏」は苦笑いするしかない。

光進丸は失ったが、彼の人生は「輝いている」。私たち、一般人とは次元が異なる。



嫉妬ではなく、憧れと尊敬をもって、彼を見上げている。
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2018年04月04日

料理はレシピではない。

久しぶり、家族三人がそろった夕食。



娘、
「トキオの長瀬君が、恵比寿で有名な洋定食屋に、スタッフと来ていた」

私、
「洋食の定食屋さんなら、どこに行っても、ママの作ったのには勝てない」

妻、
「お酒が飛んでいない料理を出されて、酔っぱらってしまうので、食べられなくて困ったことがある」

私、
「料理って、レシピじゃないんだよね」


・・・レシピ的には間違っていなくても、「料理人の上手・下手」によって、「料理の出来上がり」は、まったく別物。続きを読む
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2018年04月03日

映画「帝一の国」を絶賛する。

CATVで、映画「帝一の国」を観た。

素晴らしい娯楽作品である。



日本映画が「魅力的でない作品」が多いのは、〈芸術〉と〈娯楽〉が引き裂かれているから。

俳優は「説明的な演技」を軽蔑し、〈神秘的な演技〉を模索する。

演出家も「わかりやすい作品」を軽蔑し、「難解な作品」で観客を煙に巻く。



日本において〈娯楽〉とは、「対立のドラマ」だが、〈芸術〉とは、「時(運命)の表現」。

教科書で習ったように、「日本の芸術」が表現を目指すのは「もののあわれ・無常」。時が失われること。



これを理解しないクリエイターたちは、

・「時を表現するため」に、生ぬるい「対立のドラマ」

を作ったり、

・「対立のドラマ」を希求して、生ぬるい「無常感」の作品

を作ってしまう。続きを読む
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2018年04月02日

娘、広報の業務に異動する・・・。


小さなベンチャー系企業に就職した娘。1年が経って、広報の仕事をするのだとか。



・B to C の企業なら「宣伝」だが、B to B の企業なら「広報」。

・日本では、PR会社は広告会社の傘下だが、アメリカでは、広報会社の中に広告部門がある。

・継続してプレスリリースを打ち、媒体とコミュニケーションせよ。


そんなことを話した。続きを読む
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2018年04月01日

伊調馨選手は、「勘」よりも「理論」を選んだ。

女子レスリングの代表監督SKE氏のパワーハラスメント事案に関連して、長島一茂氏は、中日から楽天に移籍した山崎選手が、野村監督の「野球理論」に接して、ホームランバッターとして再生したのであり、伊調選手が、ステップアップするために「男子レスリングのコーチ」を求めたのは当然のことだと指摘した。



スポンタ的に言わせると、「勘」とは「印象批評・主観批評」であり、「理論」は「形式批評」であり、「客観」である。
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