2017年09月06日

日野皓正氏は教育者ではない。芸術家である。

日野門下のドラマー・力武誠氏は次のように言う。

「みんなのことを思って叩く。そうすれば、結果として目立つ」


この言葉は、2009年の演奏会が終わってから、ドラムパートのメンバーの保護者である私が、直接聞いた言葉である。

起きたことの背後に何があったのか、私は知らないし、文春がアップした中途半端な映像からは何も分からない。

しかし、「ことが起きてみる」と、日野皓正氏にとって、このステージが「教育の場」などという生半可な場所ではなく、「本気の芸術の場」だったことが明らかになった。さらにいうと「友情」の場であった。

ここにこそ、世田谷区がこの活動を続けている価値・意義がある。


「人を育てる」ことは生半可ではない。
ステージという誰もが観ている場所で、日野氏がそこまで追い詰められたの哀切である。

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2017年09月05日

Real Soundにアクセス。

こんなメールを打った。

Real Sound

http://realsound.jp/movie

◇     ◇     ◇

はじめまして。ブロガーのスポンタ中村というものです。

10年程前に、「サイバージャーナリズム論」(ソフトバンク新書)の共著本が出たっきり、メジャーな活動は実現していないブロガーです。

先日、「メディアゴン」というサイトから寄稿があり、ウェブサイトに原稿を書くことで、メジャーな活動を目指すこともできると知り、Real Soundさんにメールを差し上げております。



私のブログのテーマは、「客観的で、妥当性のある評価」を「形式批評(評価基準を明確にした評価)」で実現しようというものです。
そのメソッドはブログにアップしています。

http://sponta.seesaa.net/article/453088838.html#more



貴サイトでは、「映画シーン分析」「ドラマシーン分析」「ディレクター分析」「アクター分析」「アニメシーン分析」などが行われているようですが〈分析ツール〉が標準化されていないため、実際に記事を読んでいくと、私には、「主観批評」「印象批評」との印象を禁じえません。

プロ野球の元監督・野村克也氏は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と、偶然に勝つことはあっても、偶然に負けることはない。負けには明確な理由があると発言しています。

映画・ドラマも同様であり、プロモーションやスポンサーの影響で、「たいして面白くない作品」がヒットすることもあるものです。
しかし、「面白くない作品」がヒットしていると、マーケット全体が縮小していきます。評判を聞いて映画館に行ったが、期待を裏切られた。最近は、そんな作品ばかりです。


そこで、私は、「面白い作品」の条件を明確に定義することを目指しました。
その過程で、評価には「分類」することが重要であり、カレーライスを酸っぱいカレーライスとして評価・吟味してはならないということを確信しました。



「良い演技とは何か」。これを明確に定義する人は、現在、存在しません。その理由は、芸術において、「創作者も鑑賞者も、オリジナルな個性が重要である」というモダニズムの考えがあるからです。

しかし、1990年以降は、ポストモダンな時代。そろそろ、「芸術に関する吟味」の〈標準化〉を行うべきであり、そのトレンドの発信源として、Real Soundさんになっていただけないかと思った次第です。

よろしくお願い申し上げます。

           スポンタ中村。



最近の私の原稿。

http://mediagong.jp/?p=23633

http://mediagong.jp/?p=23707

 ◇  ◇  ◇ (^.^)/〜〜〜
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2017年09月04日

「勝ちたいと、強く思っている方が勝つ」は正しいのか。

スポーツ番組のコメンテーターの「最後は、強く勝ちたいと思っている方が勝つ」との解説をよく聞く。

浪花節のようで、なんとなく嫌な感じ。

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2017年09月03日

映画・ドラマの吟味術。

同サイトから、ここに来る人がいるのかは分からないが、私は、形式批評(評価基準を明確にした批評)を目指しているので、映画・ドラマの品質の吟味方法について、以下に概説する。
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2017年09月02日

「先祖供養」を読んでいる人がいる。


ブログのアクセス解析を見ているが、最近、「先祖供養」を読んでいる人がいる。

20年以上前に「ノンフィクション大賞」に応募した内容を小説の体裁に置き換えたのが「先祖供養」である。



主人公は私であり、妻であり・・・。
娘はまだ生まれていない。

小説の概要はこうだ。
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2017年09月01日

ブルゾンちえみさんは間違っている。

どうでもいい話しなのだが、

地球上に男は何人いると思っているの?
35億
あと5000万


というネタ。
間違っている。
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2017年08月31日

「奇皇后」、全51回を見終わって。

全50回を飽きさせずに魅せる。かなりの実力である。

作品冒頭には、史実を元にしているが、それにとらわれずに大胆に創作したとある。

叙事詩ではなく、ドラマ。

これは重要である。続きを読む
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2017年08月30日

医療情報も、信頼できる相対評価が流通していない。

娘が出張した。

帰路の地方空港で、娘は公園デビューの頃に毎日のようにあっていた幼なじみの男の子のお母さんと17年ぶりに逢った。小学校入学前に彼女たち一家は転勤で故郷に帰っていたのである。

この春(卒業直前)大学のメディアセンターで、幼少期を撮影した8ミリビデオをDVDに焼き直した。それをプレゼントしていたのである。

男の子のお母さんは次男を出産されたが、その後、ハンディーキャップがあることが分かった。それからは次男の子育てにかかりっきりで、娘が送ったビデオを観て「長男の子育てもちゃんとやっていたんだ」と涙したという。


娘が出張から戻ったタイミングで、私は彼女に電話をした。私も17年ぶり。ようやく子育てが終わったよね。そんな話をした。
次男もこの春、めでたく介護系の職場に就職したという。続きを読む
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2017年08月29日

メディアゴンに記事が掲載される。

日本放送作家協会の理事さんがやっているサイトから原稿依頼がきたので原稿を送ると掲載された。

http://mediagong.jp/?p=23633

http://mediagong.jp/?p=23707


投稿者の自己紹介には次のように書いた。


マスコミが「ネガティブ情報&比較情報」を発信・流通できない現状に嘆き、ウェブからのイノベーションを模索している。
テーマは「プロフェッショナルの暗黙知の形式知化」「形式批評(評価基準を明確にした吟味)」。

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2017年08月28日

ディドロの芸術論。

私は、放送大学の青山昌文教授(美学・芸術学)のファンである。

青山教授が敬愛するディドロは、フランス啓蒙時代の哲学者・美学者である。
ディドロは「関係性の美学」を提唱し、「私が存在しようが、しまいが、ルーブル宮殿の美しさは変わらない」と、ドイツ観念論的な「主観主義の美学」を否定した。


クリティカルリーディングを専らとする私だが、青山教授のファンなので、その話を信じてしまった。

しかし、そう単純ではない・・・。
こんなことを考えた。



アルプスの少女ハイジが、ルーブル宮殿を観たらどうだろう。果たして「美しい」と言うだろうか。

原作のハイジは分からないが、宮崎アニメの主人公なら、「こんな建物より、アルムの山々のほうが素晴らしい」と言うに違いない。
そもそもバロック様式は「ゆがんだ真珠」という意味であり、過度の装飾を意味する。

フロイト的な「個人」主義な心理学ではなく、ユング的な「集団」主義的な心理学でなければ、「私が存在しようがしまいが、ルーブル宮殿の美しさは変わらない」とはならない。




そんな反論を青山教授にぶつけてみたいが、無名な私では無理。残念である。
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