2017年06月17日

叙事詩について、考えている。

ドラマは叙情詩であって、叙事詩ではない。



叙事詩の英訳をウェブで探す。

すると、ラプソティーだと知る。



ラプソティーとは、狂詩曲である。

ふむ。

叙事詩とは、狂った詩であったか。

叙事詩と叙情詩の関係がここでわかる。



この場合の詩とは、テキストというほどの意味なのかもしれない。

なぜなら、古代において、すべてのテキストは韻文だったのだから、詩以外のテキストは存在しなかった・・・。
posted by スポンタ at 10:53| 東京 ☀| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

上司と一緒に、うんこを踏め。

会社員になった娘に相談を受けた。

娘はまだ研修中なので、当事者ではないが、先輩が「客先の要望」をつたえると、上司が「社内部門の意見」の方を重用する。先輩は板挟みにあっている。
…どうしたらよいのか。
と。



私は、次のように答えた。

先輩を評価するのは、上司。
客先ではない。

上司を評価する権利は、先輩にはない。

とすれば、上司の言動を「間違っている」と不満を言う権利・資格は先輩にはない。



そこで行うべきことは、上司に従って行動して、「失敗体験」を上司と共有すること。

ひょっとすると、上司の意見が正しく、先輩が間違っている可能性もないとはいえない。
一方、お客様が神様だと言っても、お客様が間違っている可能性もゼロとはいえない。



致命的な失敗になるなら別だが、小さな失敗なら、失敗を共有すべき。

致命的な失敗になる可能性があるなら、小さな失敗で済むような事案を作り出すべきだ。



失敗を予想しつつ、失敗した場合のリカバリー策を、用意しておく。

勿論、失敗の原因を「自分のせい」にされないよう、細心の注意を払う。



顧客の重役が激怒するなら取引を失う可能性も高く致命的だが、担当者が不愉快になるぐらいなら小さな失敗といえるだろう。

上司の命令通りに行動し、失敗する。
そして、失敗を共有して、社内で一体感を得る。

この時、「だから、僕の意見を聞いていたらよかったのに…」などとは絶対に言ってはいけない。



これが、上手に仕事をすすめるための第一段階。つまりは、第二段階も、第三段階もある。



そんなことを話した。
posted by スポンタ at 05:38| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

記憶のプロセス。

放送大学の「認知心理学」を観ているが、だったら、最初から言ってよ。って、感じ。
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posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

何故、アリストテレスのテキストが少ししか遺っていないのか。

映画「薔薇の名前」を観た。原作者はウンベルト・エーコである。
物語は、ショーン・コネリー演じる修道士の主人公が、修道院で起きた殺人事件の解明に乗り出すこと。
ネタバレとなるが、存在してはならない、異端・神秘主義のテキストに関連して、その存在を知った翻訳者が殺されたのである。

主人公は、聖書だけでなく、アリストテレスの言葉も引用する。そのようにして思うのは、プラトンのテキストが殆ど遺っているのに、アリストテレスのテキストが殆ど遺っていないのは、プラトンのイデア論は「別の次元の存在」を主張しているのに、アリストテレスは、すべてはこの現実に内包していると、別次元の存在を認めなかったからではないか。続きを読む
posted by スポンタ at 06:56| 東京 ☁| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

倉本聰氏のような専門家が、素人が言うようなことを…。

テレビ朝日の「やすらぎの里」を観ている。
そして、日本映画専門チャンネルで、「前略、おふくろ様」を観ている。

私が映像の世界に進むにおいて、「前略、おふくろ様」は大きな影響を果たしているから、自分の人生を振り返る意味でも、同作品を見直している。

結局のところ、40年近く前も、そして今も、私は無名のままであり、倉本氏は栄光のままである。

唯一変わっているのは、私がドラマの世界に対して、素人ではなくなったということである。勿論、それは鑑識眼においてのみであり、社会通念的には、私は素人・一般でしかない。
(-_-;)続きを読む
posted by スポンタ at 16:03| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

私のプロフィールを書いた。

ま、そんな感じ。

https://kakuyomu.jp/users/sponta
posted by スポンタ at 09:29| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

懸賞小説に応募する。

とりあえず、応募資格の分量の3割ほどを書いた。

タイトルは、

「ジョン・レノンは救世主(メシア)だったのか」


惹句は、以下

謎の言葉を遺して実存主義者がなくなった。これはポストモダンの小説である。


三章だけだが、6/1に公開する。

第一章:思いもしない恐ろしいこと
第二章:モダニズムの時代の終焉
第三章:マスゴミ




このブログを続けるためにも、閲覧者諸氏の応援を求めている。
コメントをするには登録が必要だが、コメントなどしていただけると幸いである。


(-_-;)



posted by スポンタ at 08:58| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

応募作品への注釈

作品の紹介文を書いた。

◇     ◇     ◇

作者は「ドラえもん」や「サザエさん」のような作品を目指した。

といっても、子供から大人まで楽しめる作品や、いつも決まった時間にやっていて国民の生活の一部分になっているという意味ではない。

最初から、または、最後まで読んでくれることを期待しないという意味である。私は「ドラえもん」と「サザエさん」の冒頭を知らないが、作品鑑賞に何の支障もない。

インターネットは「つまみ食い」の文化だから、作者が閲覧者に精読を求めるのは、違うと思う。

第一回を見損なうと訳が分からない韓国ドラマや、最後まで見ないとストレスが溜まるような推理小説ではなく、作品が〈断片化〉しても価値を失わない。

そんな作品になったらよいと思っている。


posted by スポンタ at 12:33| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

ひさしぶりに小説を書いてみる。

ブログを書いていても、何も起きないので、ひさしぶりに小説を書いてみる。

掲載先は、こちら…。

https://kakuyomu.jp/contests/novel0_contest



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posted by スポンタ at 16:32| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

日本文化の本質は、負け戦。

ふと思った。
日本文化の本質は、縄文文化の弥生文化に対する「負け戦」である。



だが、多くの人が、日本文化の本質を「弥生文化」であるとしたり、「縄文文化」が進化して「弥生文化」になったと考えている。

弥生文化は、モダニズムに同じであり、傲慢で、自然破壊を厭わないもの。

モダニズムが、1980年代に終了して、今は、ポストモダンな現代ということを、ほとんどの人が気づかない。または、知らされていない。
posted by スポンタ at 15:12| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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