2017年06月03日

倉本聰氏のような専門家が、素人が言うようなことを…。

テレビ朝日の「やすらぎの里」を観ている。
そして、日本映画専門チャンネルで、「前略、おふくろ様」を観ている。

私が映像の世界に進むにおいて、「前略、おふくろ様」は大きな影響を果たしているから、自分の人生を振り返る意味でも、同作品を見直している。

結局のところ、40年近く前も、そして今も、私は無名のままであり、倉本氏は栄光のままである。

唯一変わっているのは、私がドラマの世界に対して、素人ではなくなったということである。勿論、それは鑑識眼においてのみであり、社会通念的には、私は素人・一般でしかない。
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posted by スポンタ at 16:03| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

私のプロフィールを書いた。

ま、そんな感じ。

https://kakuyomu.jp/users/sponta
posted by スポンタ at 09:29| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

懸賞小説に応募する。

とりあえず、応募資格の分量の3割ほどを書いた。

タイトルは、

「ジョン・レノンは救世主(メシア)だったのか」


惹句は、以下

謎の言葉を遺して実存主義者がなくなった。これはポストモダンの小説である。


三章だけだが、6/1に公開する。

第一章:思いもしない恐ろしいこと
第二章:モダニズムの時代の終焉
第三章:マスゴミ




このブログを続けるためにも、閲覧者諸氏の応援を求めている。
コメントをするには登録が必要だが、コメントなどしていただけると幸いである。


(-_-;)



posted by スポンタ at 08:58| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

応募作品への注釈

作品の紹介文を書いた。

◇     ◇     ◇

作者は「ドラえもん」や「サザエさん」のような作品を目指した。

といっても、子供から大人まで楽しめる作品や、いつも決まった時間にやっていて国民の生活の一部分になっているという意味ではない。

最初から、または、最後まで読んでくれることを期待しないという意味である。私は「ドラえもん」と「サザエさん」の冒頭を知らないが、作品鑑賞に何の支障もない。

インターネットは「つまみ食い」の文化だから、作者が閲覧者に精読を求めるのは、違うと思う。

第一回を見損なうと訳が分からない韓国ドラマや、最後まで見ないとストレスが溜まるような推理小説ではなく、作品が〈断片化〉しても価値を失わない。

そんな作品になったらよいと思っている。


posted by スポンタ at 12:33| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

ひさしぶりに小説を書いてみる。

ブログを書いていても、何も起きないので、ひさしぶりに小説を書いてみる。

掲載先は、こちら…。

https://kakuyomu.jp/contests/novel0_contest



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posted by スポンタ at 16:32| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

日本文化の本質は、負け戦。

ふと思った。
日本文化の本質は、縄文文化の弥生文化に対する「負け戦」である。



だが、多くの人が、日本文化の本質を「弥生文化」であるとしたり、「縄文文化」が進化して「弥生文化」になったと考えている。

弥生文化は、モダニズムに同じであり、傲慢で、自然破壊を厭わないもの。

モダニズムが、1980年代に終了して、今は、ポストモダンな現代ということを、ほとんどの人が気づかない。または、知らされていない。
posted by スポンタ at 15:12| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

ナショナルジオグラフィック制作のドラマが面白い。

「ジーニアス」という、アインシュタインの生涯を扱ったドラマである。

http://natgeotv.jp/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/2188



テレビドラマシリーズだが、製作総指揮がオスカー監督のロン・ハワード、主演もオスカー俳優と一級の作品である。

というか、硬派なドキュメンタリー番組ばかりをオンエアしているチャンネルならではの、骨太な感じが好ましい。

つまりは、人間関係の対立が、「感情」を主軸に語られるのではなく、お互いの「哲学や価値観の違い」をもとに、表現されていること。




ドキュメンタリーの専門チャンネルが、かなりの予算を使って、フィクションを作成したところが、面白い。

フィクションとノンフィクションの境界の曖昧さを実感する。

おもしろければ、なんでもありなのだ。

posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

許容されるフェイクニュース。

フランスの大統領選挙に関する情報操作の話。

ある候補者の陣営が、「移民が不法行為・暴動を起こした」とのニュースを流した。だが、その後、そのような事実はなかったことが判明した。

私が観たテレビ番組では、視聴者のコメントとして、フェイクニュースだが、許容するとの発言を紹介していた。

つまり、「事実はなかったのかもしれないが、ニュースをつくった人の意見に賛同する。だから、問題はない」ということのようだ。


ここにおいて、「事実と真実」の関係が理解できる。続きを読む
posted by スポンタ at 02:03| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイブーム。オイキムチの自作。

豆苗を食べた後、根っ子に水やりをして、再生させ、もう一度食べることが、コマーシャルで推奨されている。

これは私のブームだが、キムチを買ってくると、少し食べてパックに空間ができると、そこに「塩もみしたきゅうり」を入れて、オイキムチを作ることである。

キムチは古漬けふうだが、オイキムチは浅漬けふうなので、新鮮な感じが好ましい。



エコではなく、セコではあるが、一度、お試しあれ・・・。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

現在は、ポストモダンの時代である。

だが、そのことを、多くの人たちが気づかない。知らされていない。

その理由は、〈文化相対主義〉に向けて、現在の世界(資本主義)を再編成できないからである。



モダンとは、近代であり、進化論。
だが、進化論は、西欧列強が、世界征服のための理論兵器であり、その虚構性は、ベルリンの壁の崩壊・ソビエト連邦の解体によって、証明された。

しかし、新しい時代の名称が、「モダンの後の時代」という意味をほとんど持たない名称なため、世の中のほとんどの人は「モダンな時代が終わったこと」を実感しない。

モダンの特徴は以下。

・神に変わって、人間の思索(コギト・考える人)が、この世界の「存在」を規定する。

・人類は進化する。

上記により、自然破壊・環境破壊、帝国主義・植民地支配、資本主義経済などが行われてきた。



進化論の対立概念は、〈文化相対主義〉である。
人間の幸福の形は多様であり、文化も多様。したがって、他国の文化を侵害することに妥当性はない。
しかし、現在でも、資本主義による世界侵略は続いている。

ブータン王国のような、経済的な繁栄に背を向けた「もう一つの幸福な暮らし」が紹介されるケースは、ほとんど存在しない。




つまり、ポストモダンとは、現行社会の否定であり、それを声高に論じることは、あってはならない。

マスコミに登場するのは、株式トレーダーやファイナンシャルプランナーなど、現行資本主義を擁護する人ばかり。

ポストモダンを提唱するのは、美学芸術学を専門とする青山昌文教授(放送大学)ぐらいのものだ・・・。
posted by スポンタ at 07:32| 東京 ☁| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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