2014年07月02日

光あるところに影がある。

光あるところ、影がある。まこと栄光の陰には数知れぬ忍者の姿があった。命を懸けて歴史を作った陰の男たち。だが人よ、名を問うなかれ、闇に生まれ闇に消える、それが忍者の定めなのだ。 「サスケ! お前を斬る!」





英雄は生まれるものではなく、つくられるものだ。ということに、ようやく気づく50代の私である。


同様に、マスコミの人気者も同様である。
つまり、どんなにコンテンツとして魅力的であっても、「人気者を作る人たち」のバックアップを得られないならば、即座に失脚する。

かつての田原俊彦氏が、そうであった。続きを読む
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2014年02月22日

左翼とは何か…。



俳優・高倉健のことを「幸福の黄色いハンカチ」でしか知らない娘に、テレビ東京・午後のロードショーでやっていた「網走番外地」を見せた。

セリフを張らない。目立とうとしない演技にも関わらず、俳優・高倉健が発している輝きは揺ぎ無いことを、娘も同感してくれた。

主役級には、東映の俳優ばかりではなく、黒澤映画での重鎮・志村喬もいた。

俳優座に代表される「発声法」とは不連続のところで、映画演技が存在していたことが理解できる。

東映・やくざ映画の作劇術は、明確な「アンタゴニスト(キャラクターの対立関係)」と、義理と人情に代表されるような「アンビバレンツ(二律背反)に引き裂かれる主人公」たちである。
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2013年01月19日

世の中から悪を消滅させてはならぬ。

…などと、ふと思う。理解できぬ人が多いと思うので、比喩的な言い方をする。

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2011年03月03日

スポンタの「この国のかたち」12:パラサイト史観

古日本語には、動詞はなかった。その理由を私は、言語が「命令形を持つことを嫌った」。そういうネイティブな日本人のやさしい心根を見る。

小説家・三島由紀夫は、「日本語の特質は、主語の省略である」と言ったが、現代の日本語がそのような構造になっているのは、「主語を明確にすること」によって、「自他の境界を明確にすること」で、他者に君臨することを嫌った。のだと解釈する。

一方、欧米語・英語では、どんなテキストであろうと、「主語は省略されない」。それは、「主語を明確にすること」で、「自他の境界を明確にする」ことが目的ではなく、「主語を明確にすること」で、「主語の主体」が、「宿主かパラサイトなのかを吟味すること」を可能にする。というのが、私の解釈である。

言語形成において、「単語は庶民が変化させていくが、文法は権力が生み出す」。とのことだが、まったくもって分かりやすい。

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2011年03月02日

スポンタの「この国のかたち」11:歴史観を世界観にするために…。

歴史とは文献学。つまり、歴史は、「書かれたことを鵜呑みする学問」でしかない。およそ、アカデミズムにおいて、正史を疑うことは許されない。

だが、正史編纂者は権力者のために事実を捏造することを常に強いられてきた…。

*

人間は嘘をつくものである。

そして、人間は「他者に君臨するため」に、他者に「誠実を求める」。およそ、「嘘をついてはいけない」と説教を垂れる人に限って、平気で嘘をつくものである。

仏教でも、方便といって、説法をする側の人間が嘘をつくことを許容している。信徒たちに八正道で「嘘をついてはいけない」と強いているにも拘わらず…。これはどういうことか?


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2011年02月15日

スポンタの「この国のかたち」09: まとめ。

明治以降の日本の歴史が、「皇国史観」であり、
戦後の日本の歴史が、「唯物史観」である。
そして、平成のウェブ的立場からいえば、「スピリチュアル史観」を加えるべき。
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2011年02月14日

スポンタの「この国のかたち」08:スピリチュアルな日本の伝統…。

血統的(DNA)な日本歴史がある。
だが、ボディ&ソウルという言葉があるように、もうひとつ霊統・魂の歴史があるのではないか。というのが、私の直感であり、それは、日本の特徴である「言霊」にも深く関係している。

大本教などに限らず多くの新興宗教では、チャネリングなどによる過去の歴史発掘が盛んであったという。西洋では、チャネリング系歴史観において、ムー大陸・アトランティス大陸に関する歴史があるが、その日本版である。そうした新興宗教の系譜は新々宗教でも行なわれているが、その妥当性ははっきりいって疑わしい。
とはいえ、それらの一つ一つは教団にとって自己都合のものに過ぎなくとも、それらを統合していくと、「正史」「稗史・口伝(もうひとつの歴史)」とは異なる、「もう・もう一つの歴史」が想定できる。というのが、「ウェブ情報統合主義者」の私の結論である。

東国原氏は、「如何なる選択肢も排除しない」と連呼しているが、スポンタも、「いかなる情報も排除しない」。
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2011年02月13日

スポンタの「この国のかたち」07:日本書紀、古事記を正史だとすれば、稗史(敗れ去った者達の歴史)はどういうものか…。

冷静に考えれば分かることだが、大陸から日本に軍事的な侵略があったのが、歴史上・元寇のみということなど到底考えられない。

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2011年02月12日

スポンタの「この国のかたち」06:唯物史観とネイティブジャパニーズ。

唯物史観とはよく言ったものだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E7%89%A9%E5%8F%B2%E8%A6%B3

そして、社会進化論。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96

唯物史観の対極にあるのは、「人類の歴史は、霊的退化の歴史である」の一言だろう。

つまり、唯物史観は、スピリチュアリズム・神秘主義と同列に扱われていい。何故なら、「科学的」なる立場は「非科学的領野」を含まない。ならば、この世界全体を把握しようとするなら、「科学的」は「非科学的」とともに提示されなければ不備があるからだ。


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posted by スポンタ at 05:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のかたち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月11日

スポンタの「この国のかたち」05:皇国史観とネイティブジャパニーズ。

デンマークの留学生に日本文化を説明するにつき、いろいろなことを考えた。

というか、折角私と出会ったのだから、本に書いていないことを伝えてあげるのが、誠実だと考え、私の思うところを語った。

とはいえ、短い時間で、日本を語ることなど無理な話であって、彼女と別れた後に、さらに様々な考察に至った。

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2011年02月10日

スポンタの「この国のかたち」04:演劇という洗脳ツール…。


さて、留学生のMさんが俳優志望ということなので、俄然、演劇の話題になった。
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posted by スポンタ at 09:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のかたち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

スポンタの「この国のかたち」03:愛という洗脳…。

早稲田大学で日本語を勉強している留学生の女の子は、第二専攻が演劇であり、将来は女優になりたいというので、日本の文藝が表現するのは、「もののあわれ(pathos for missing , Everything must change. Man, day, prosperity...they will disapear..... )」であると伝えた。 日本語をある程度喋れる彼女にしても、日本の文化についての用語を知っているはずもなく、無常という概念をなんとか伝えようと努力をした。


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posted by スポンタ at 07:02| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のかたち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

スポンタの「この国のかたち」02:日本の本質は縄文という自然共生文明である。

昨日、デンマークから早稲田大学に来ている留学生の女の子と話す機会があった。
彼女は8カ国語を話す秀才である。

3時間ほどであったが、彼女に端的に日本を紹介しようと試みた…。

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posted by スポンタ at 09:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のかたち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

スポンタの「この国のかたち」01:日本は情治社会である。


大相撲協会は八百長メールの発覚に関連して、「これを機会にすべての膿を出す」と言っているが、「すべての膿が出し切れなかったら、大相撲協会は消滅するしかない」のだろう。
とすれば、「すべての膿を出すことよりも、膿を生じる構造を解消しなければならない」。

だが、大相撲協会の当事者も、有識者も、ファンも、「スポーツとお相撲は違うよね」と漠然と感じているばかりで、ことの本質を理解していない。

ことの本質は、日本人独特の心象風景であって、それはグローバリズムという世界統一思想とはまったく別のところにある。
そして、私の直感からいえば、それは日本というローカリズムではなく、グローバリズムに対峙したもうひとつの極−−−。

新たなカテゴリーを設けて、「この国のかたち」を論じていくが、初回において、すでに結論を書いてしまう。

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posted by スポンタ at 08:36| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のかたち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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