2012年12月14日

「カタがなれれば、カタナシだぁ」

先日、無くなられた18代中村勘三郎氏が、印象的な語られていた、無着成恭氏の言葉である。

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2012年11月29日

音楽も科学。黒人のグルーブ。

さて、菊地成孔氏の本をチェーンリーディングしている。

菊地氏は、バッハ以降の音楽がモダニズム(近代化)の系譜である。と語っていて、それが1990年代に終了したと提唱する。

モダニズムを語る彼が、それは「すでに終わっている」とするのは、自説を価値の無いものとして、自重/謙遜する意図が大いにあるが、私は、音楽とは、まさにそういう状況にあって、モダニズムが終焉しているというフェイズは、「これから音楽以外にも展開する」と、アナロジー(類推)している。


つまり、脱原発とラップ&ノイズ系の音楽の登場は、同時代的な営みである。…と。

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2012年08月30日

大西順子さんの引退。

ヤフーニュースを見ていたら、ジャズピアニストの大西順子さんが引退とある。

http://natalie.mu/music/news/75492

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2012年05月26日

タイム感について…。

ポピュラー音楽で一番重要なのは、グルーブ・ノリである。

そして、そのノリは、メンバーが共有しているタイム・ビートに対して、行なわれるのであって、メンバーの協奏的な関係によって起きるのではない。

そのことを、ポールマッカートニーの公開レコーディング風景は教えてくれる。
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2012年05月16日

リズム感とタイム感。

タイム感について、牛田くんに宛てて書いたが、これは、西洋音楽をやっているすべての人が知っていてよいことだと思う。

2ちゃんねるには、「本よりも、ここの方が最先端の議論をしている」との感想が書かれていたが、まさにそうだと思う。

さらにいえば、

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2012年05月15日

牛田智大くんへ。「タイム感だよ」。

君がこのブログを読んだり、君の近くの人が、君にアドバイスをしてくれると信じて書いている。

君の演奏を「糸の切れた凧」という表現をしたけど、もう少し、正確にアドバイスしておくべきだと思った。

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2012年04月01日

牛田智大君へのアドバイス(その2)。

この間の私の記事を2ちゃんねるで話題にする人がいる。こんな無名の私が書いたテキストでも、君の目に触れるかもしれない。また、君のファンや将来的にファンになる人たちにも、音楽の構造を知って欲しくて、アドバイス(その2)として、書いて見る。

そうそう。私の記事を読んで、君のテンポルバートが気になってしまう。という人がいたけど、これは君にとって、大きな問題だと思うな。
そんなことを言うのは、私の高校の先輩が「芸大のピアノ科に行ってはじめてやったのは、テンポキープの練習で驚いた」っていうこと。その先輩は高校時代に賞を取るような人で、いまは大学の先生なんだけど…。それってどういうことなんだろうか。ちょっと考えてみて欲しいな。

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2011年07月05日

「佐渡裕氏は、三流の指揮者である」。

とカラヤン先生なら、語っただろう。

というのは、ベルリンフィルハーモニーの指揮者だったカラヤン先生は次のような言葉を残しているからである。

指揮者が興奮して、演奏者が興奮するのが三流。
指揮者が冷静で、演奏者が興奮するのが二流。
指揮者も演奏者も冷静で、観客が興奮するのが一流。


私は、 民放2局のドキュメンタリー番組を見て、NHK-BSで、ドキュメンタリーと、本番の演奏を見た。さらにベルリンフィルのドキュメンタリーも見てしまった。

そして、子どもの頃からの夢の舞台に立った、佐渡裕氏の感動的な様子を知り、吹奏楽コンクールで苦杯を呑んだ人間として、というよりも、単純な彼のファンとして、感動した。

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2010年12月29日

出版企画書:「若き表現者への教科書」の書き出し…。(その2)


私が書く「若き表現者への教科書」など読みたくも無い。知りたくも無いだろうが、人の子の親だったら、読んでおく必要がある。誠に偉そうな言い方になって恐縮だが、私はそう言いきりたい。

何故なら、小学校の教室で先生の問いに元気に手を挙げるすべての子は、「表現者になりたい」という心根を持っている可能性が大だから…。
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2010年12月27日

出版企画書:「若き表現者への教科書」の書き出し…。(その1)

表現者をめざす若い人たちに問います。

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2010年12月23日

水嶋ヒロ君に読んで欲しい本…。

「若き表現者への教科書」という本を水嶋ヒロ君に読んで欲しい。



私は「娘が表現者になって欲しい」と考えて、子育てをしてきた。そのことを湯川鶴章氏に言うと、ボクもそうだよ。と、頷かれたのを憶えている。

グーグルのSNSサービスOrkutで知り合ってオランダ人女性(チェリッサ)。
彼女が日本に旅行したときに我家に招いて話をした。彼女は、「親が子に特定の職業を強制すること」には、「やってはいけないこと」だと言ったが、娘が「何かを表現する仕事について欲しい」という私の言葉には同意した。

【チェリッサのブログ】
http://charissa75.livejournal.com/2010/01/01/

小学校高学年だった娘は、当時カメラマンになりたいと言っていたので、そのことを話すと、英語では、カメラマンとは映画の撮影監督のことを言うと教えてくれた。
スベン・ニクビストやビットリオ・ストラーロ、ネストール・アルメンドロスなどの有名な撮影監督の名前を出して、理解しあったのを憶えている。因みに、カメラマンとは英語ではフォトグラファーである。

結婚して平凡な家庭を営む。そんな人生であっても、表現者であることはできる。そんな大雑把な目標が心地よい。

そして、表現者とは何か…。と、ずっと考えてきた。

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2010年12月13日

浅草JAZZコンテストの素晴らしさ。

「ジャズとは、楽器や声を使って、テーマやメロディーを多種多彩に表現すること。そのことを通じて、自分を表現することです。

ジャズには欠かせないルールが3つあります。

それらは、クリエイティビティー(創造性)、オリジナリティー(独創性)、そして、チャレンジ(挑戦・冒険)です。
ただし、いくら3つのルールを満たしているからといって独りよがりの音楽では、観客を感動させることはできません。

では、観客はジャズの何に感動するのでしょうか。

私は、それはジャズを演奏する人の「心の深さ」だと思っています。

どうかジャズを愛し続けてください。

(2010.12.11 浅草ジャズコンテスト 審査委員長総評より)


将来ジャズドラマーになりたいと公言する高校一年生と中学三年生のふたりと、第30回浅草ジャズコンテストに行ってきた。

何故、行ったかといえば、彼等が「本気でジャズを極めたい」と思うなら、コンテストという「本気の勝負」はよい勉強になるからだ。

因みに、わが娘は試験期間中のため同行していない。


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2010年07月13日

憧れの人・つかこうへい氏を悼む。

つかこうへい氏が亡くなられた。

稀有な才能だった。

私の青春期。そして、今も、彼はひとつの理想であり、憧れの存在であった。

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2010年06月20日

NHK「音楽の学校・スコラ」のサイテーな終わり方。

さて、坂本龍一氏がパーソナリティーを勤める番組をずっとみていた。

楽しく見ていたのだが、ビートという概念がないため、「ポピュラー音楽を表面的にしかとらえられていない」。

私は、このブログで指摘続けてきたし、娘に指導続けているが、

クラッシック音楽とポピュラー音楽の違いは、「ビートの有り・無し」である。

この特徴により、クラッシックはテンポルバート(指揮者の考え次第でテンポは自由に変わっていく)。

一方のポピュラー音楽は、演奏者がビートを共有することが音楽の大前提となる。


高校時代の吹奏楽部の顧問・松本成二先生は、「音楽はすべて一拍子」と言っていたが、ビートという概念がなければ、松本先生の結論に至るのは必定だろう。

そして、芸術の高みという意味では、演奏者にとって、ビートというフレームを持ったポピュラー音楽の方が芸術性が高い。

逆に、テンポフリーなクラッシック音楽は、テンポを操る権利を持つ指揮者にとっては芸術だが、指揮者に指示されたテンポにガンジガラメになっている演奏者の所作は芸術的な作業かどうか疑問である。




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2010年04月18日

スポンタのアナリーゼ法。

娘の卒業式のピアノを聞いていたら、妻が「ピアノへの感情の込め方が分かっているよね」という。

私と娘は約3ヶ月「旅立ちの日に」に取り組み、「どうすれば音楽として成立するか」についてレッスンした。そのアナリーゼの経験が一般論としてマスターできていれば、「演奏に感情を込める」ことを娘はマスターできていることになる。

そこで、音楽アナリーゼの私なりの留意点をまとめて書きとめておく。

娘は今、「心の瞳」のピアノ伴奏を練習しているので、このページで確認しながら、音楽をマスターしてくれれば嬉しい。

これはそのための覚書である。続きを読む
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2010年01月23日

嵐のドラマを見た…。

旧聞に値するが、嵐が全員出演するドラマがあった。

娘と一緒に見ていた。

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2010年01月22日

AIがCNNのインタビューで…。

歌手のAIがCNNのインタビューに出ていた。

http://www.jctv.co.jp/cnnj/present/index.php?pid=12



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2010年01月21日

平成時代はどう定義できるか。

平成になって20年が経った。
にも関わらず、平成という時代について、有効な定義がされているとは思えない。




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2010年01月13日

スポンタの文章読本。

学生時代から文章を書くために、さまざまな文章読本や作文の手引書を読んできた。だが、そのどれもが作文の実際に役立つことはなかった…。

その、ほとんどは作家研究の耀変したものであって、素人が作文をするときには全く用をなさない。そして、ほとんどの文章読本が、多読を勧めた。

さて、文章とはそのようなものなのだろうか。



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posted by スポンタ at 09:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

「本を読め」と言う人たち。

さて、詩人・劇作家の寺山修司は、「書を捨て、街へ出よう」と言った。
その意味を2010年にして思う。

「本を読め」と私に言い続けた人たちは、
単なる教養主義的な人たちであって、「自分たちの価値観で他者に君臨しつづけよう」という自己都合的な人たちだ。ということが分かってきた。




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posted by スポンタ at 11:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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