2013年05月11日

「集団の意思決定」に「合意」は必要ない。

これが「みんなの意見は案外正しい。The Wisdom of Crowds 」ジェームス・スロウィッキー著が主張する最大の論点だろう。

集団を国家とすれば、「集団の合意」とは民主主義のこと。「集合知」という概念は、民主主義を否定している。

この危うさをアカデミズムの人達は承知しているから卑怯にも、「集合知」なる概念を換骨奪胎して「集団知」「専門知」でしかないものを、「集合知」と詐称する。

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2008年02月21日

私的・ブログ論。



個人ブログを崩壊させる11の事柄というのが評判らしい。

http://www.johnchow.com/10-ways-to-turn-your-website-into-a-flop/

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20080216/1203166312

私はほとんどを納得しない。勿論、問題はブログで収益を上げることを前提に…。つぅ問題。

根本的なことをいえば、ブログは広報ツールであって、広告ツールではない。広報は副次的な効果を求めるものであって、直接の売り上げ増を求めてはいけない。
インターネットはプルのメディアだから、ブログの記事が純粋に宣伝であるならば、それは広告としての価値を持たない。そもそも広告とは潜在見込み顧客に対して行なうものである。広告を目当てにやってくる客は、すでに客ではない。つまり、広告とは新規顧客開拓が目標であり、CRM(既存顧客保持)は第二目標でしかないからだ。

ブログが広告であることはありえないし、ブログが広報であるなら、ブログではない。PR系ブログとは論理矛盾であり、自己PRブログはまだしも、他者PRブログは広告と同じである。

なによりも重要なことは、

発信者のアイデンティティーを明確にしなければ発信してはならぬ。そして、切実なものしか発信してはならぬ。それがブログの掟であり、そうでなければ炎上は必至である。

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2008年02月17日

蘇民祭にメディアを思う。



蘇民祭のポスターにJR東日本からセクハラではないかとクレームがつき有名になった。今年の黒石寺の本祭りには、観衆400名に対して、報道陣が150余名が集まったという。セクハラを指摘された紳士は、自らの体毛をさらすことを自らに禁じ、世話人として祭りに参加するとともに、極めて禁欲的な姿勢でたびたびメディアに出演した。

蘇民祭の紳士は、メディアを通じて、蘇民祭の精神が日本中の人達に分かっていただけたことに感謝した。
一方、橋下大阪府知事は今後、NHKのスタジオに行かないことを表明した。

東北の紳士は一昨年、露出狂が境内を走り回り、その映像がインターネットに流れて困ったことを白状した。
今回はそのようなことは起こらなかったし、全裸での儀式も照明を消すことで対応。祭りの伝統は毀損されなかった。
一方の橋下知事も公務を優先することを表明したに過ぎない。宮崎のそのまんま知事のやった地方振興策は、大阪では意味をなさない。彼がNHKと決別することは妥当性がある。

東北と大阪の紳士は、メディアを理解している…。
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2008年02月15日

中学生にメディアを体験させたい。

さて、中一の娘が「ラジオ番組をつくろう!」というエフエム世田谷の体験イベントに参加した。私が娘に何をしようと思っているかといえば、ジャニー喜多川よろしく、「ユー、出ちゃいなよ」「ユー、やっちゃいなよ」である。娘は、番組を持つことがどんなに素晴らしく楽しいことかを知らぬから、父親の行動を静観している。

私が娘に行なうことは、メディアを体験させることである。単にコンテンツを作ることではなく、メディアを経験すること。それが、多メディアの時代の21世紀に暮らす全ての人にとって必須な体験であることを、私は確信してやまない。
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posted by スポンタ at 08:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

テンプレート(雛形)のスマートさ。

テンプレートとは雛形だが、ここでは、相反する言論を対照的に表示する様式とする。

つまり、これは2ちゃんねるの用例。つまり、一定の雛形にそって、議論の内容を対照的にまとめること。通常、コメントが1000件を越え、新たにスレッドを追加するときに作成される。
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2008年02月09日

Japan Blog Award 2008に応募してみた。




http://www.japanblogaward.com/judge.html

Japan Blog Awardというのがあることを、山口教授のブログ経由、竹橋発で知った。

http://www.h-yamaguchi.net/2008/02/post_c6cc.html

https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/weblog_isono108/details.php?blog_id=785&com_mode=flat&com_order=0#comment70704

早速、応募してみた。

「お前はアルファブロガーになりたいのか」と、閲覧者たちの批判を受けるだろうが、インテグレートシステムの無い現状のインターネットでは、私自身の発信力を高めて、それをインテグレートシステム・オーソライズ力に繋げるしかないというのが結論である。続きを読む
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PKとは、パンツ食い込むの略語ではない。

さて、ローマ字略語辞典が大修館書店より発売されるという。

http://www.value-press.com/pressrelease.php?article_id=21331

だが、PKはペナルティーキックの略語であって、「パンツ食い込む」の略語ではないだろう。
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2008年02月07日

2008年最大のキーワードは、フォークソノミーである。

フォークソノミーとは、集合的分類である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%83%BC


ガ島さんは、日経読売朝日の合同ネットメディア「あらたにす」に関して、次のように書かれています。

http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20080131/1201785934
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2008年02月06日

不可視化していくインターネットコミュニケーション。

インターネットはログの残るメディアである。ネット上のコミュニケーションは可視化され、ログとして残っていく。そのように論じてきたスポンタだが、2008年のインターネットはそうではない。

可視化していくムーブメントと、不可視化していくムーブメントが同時に進行している。そのことに思いをいたさなければならない。

タイタニック号の船長は、氷山の一角をして、巨大な氷塊をイメージできなかった。
インターネットも同様と思える。
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2008年01月31日

鳥越俊太郎氏と佐々木俊尚氏を評価する。

さて、日経新聞の懸賞小説に応募した。本日が締め切りですでに脱稿。四百数十枚の原稿ができあがった。続きを読む
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2008年01月23日

セマンテックウェブ

エンタープライズ系のITをご存知の方には、リカレントでしかないが、そうでない人達に向けて、最近のIT思潮について総括する。

MIXI、セカンドライフ、ニコニコ動画などという表面を追っていただけでは、その裏で動いている技術思潮を知ることはできぬ。それらすべては、技術思潮の表現として現れているだけで、結果だけを追っていたのでは、理解は難しい。

セマンティックウェブが実現していく過程が、2008年である。続きを読む
posted by スポンタ at 05:27| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

人間は真実の奴隷である。有効な批判・訂正によってオーソライズされる。

さて、ネット者とリアル者の乖離を感じている。だが、ネットとリアルが別々の場所にあった時代は終わっている。

たとえば、エンタープライズ系のITのほとんどは、ウェブベース・ブラウザーベースであることをセールスポイントとしている。セキュリティーを保つことは重要だが、ウェブであることはもはや、エンタープライズ系の目標でもある。だから、ネットを敵外視する経営者がいたとすれば頑迷だし、リアルを批判するネット者がいれば引き篭もりということになる。

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posted by スポンタ at 17:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

なぜ、21世紀に弘法大師が出てくるのか。宇宙の真理と生命の神秘。

前回、唐突に空海の名前を出した。
その理由を説明したい。
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2008年01月15日

21世紀のパラダイムシフトとは、平等・自由・正義・平和が否定されることである。



さて、20世紀がどういう時代だったかといえば、すくなくとも、「近代化」というムーブメントの中にあった諸国においては、平等・自由・正義・平和を希求した時代だったと思う。

では、21世紀が新しい時代であるとして、どういう時代になっていくかといえば、それらが否定される時代になる。ということである。

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posted by スポンタ at 04:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

リカレント:多様性と同質性。

フラット批判・平等批判を行なっているけど、結局のところ、一昨年から指摘つづけていること。

同質性の高いコミュニティーの中で個は、互いの異質部分を探していがみ合うが、異質性の高いコミュニティーの中で個は、互いの同質部分を探して融和する。


ということ。

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posted by スポンタ at 05:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

放送と通信の融合は、ワンゲームの長さに影響される。

放送と通信の融合は不特定多数発信と特定複数発信の違いであると、昨年秋から指摘してきた。
つまり、ブロードキャストとマルチキャスト。そして、ビデオオンデマンドはユニキャスト(特定単発信)。

だが、年末、衛星放送のコンセプトを考えていたら、いままでとは違うコンセプトに気づいた。
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posted by スポンタ at 09:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月28日

クラウド・トゥ・クラウズ。ウェブの向かっている方向。

さて、10月よりSIerに職を得ている。行なっているのは、データベース関連の商材のセールスプロモーションである。つまり、ウェブしか知らなかった私が、エンタープライズ系のITを知り、データベースに関して勉強している。



データベース系の基本概念を辿っていくと、ウェブの成立の歴史に出くわす。
エドガー・F・コッド、ネルソン、ザナドゥ計画、バーナーズ・リーなど、彼らが1970年代、1980年代に思索したことを2007年の文系の私が真剣に辿っている。
そういえば、1970年代の私は中学生であり、数学では移行措置として、二進法や集合論を学んだっけ。時代が高度情報化社会に向けて大きく動き出した時代だったのかもしれぬ。

結局のところ、数学者としての彼らが何を理想としていたかは明確。
「分散処理において、如何に処理スピードを上げるか」。
数学的美学において、中央集権的な処理は情報の偏在であり、美しくない。処理スピードにおいて、固定的な序列に意味が無く、集合的に扱うのは当然のことである。

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posted by スポンタ at 06:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

ウェブは、オルタナティブメディアではない。



そのことを今一度説明したい。

明治政府は、政令などでチョンマゲを禁止し洋装をすすめたが、庶民の間で普及したのは、白木屋の火事や関東大震災がきっかけだった。この場合、世の中の大半の人が洋装で出歩くようになった。これはオルタナティブな変化である。
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2007年12月21日

純粋・坂村健批判。産経新聞・正論の愚。「ウェブはオルタナティブメディアではない。新聞はなくならない」。


私の上司が産経新聞の正論を読め。と、私に差し出した。コラムのタイトルは、「新聞界の常識が崩れ去った」というものである。

新聞の世界だけしか知らなければ、坂村氏の意見はしごくまっとうに見える。だが、読者はそのように理解しないだろう。なぜなら、トロンの推進者として坂村氏は高名であり、それは彼がITの専門家として新聞を論じることになるからである。

坂村氏の論は2000年以前の論理であり、それを2007年の今、彼が提出することは、彼の不明ばかりか産経新聞の不明も印象づける。

私のブログの読者であれば、またか…。と、飽きられるのかもしれぬが、本年初夏の日本新聞労働組合連合のシンポジウム以降、私の読者に成られた方もいるだろうから、再度、綴ることにする。
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posted by スポンタ at 06:43| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

自虐史観の日本とグローバリズムのアメリカ。それはコインの裏表

いまだにプロレタリア文学を教える日本の国語教育。

教科書では、吉野弘氏の「夕焼け」を読めというから、読んでみる。

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posted by スポンタ at 07:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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