集団を国家とすれば、「集団の合意」とは民主主義のこと。「集合知」という概念は、民主主義を否定している。
この危うさをアカデミズムの人達は承知しているから卑怯にも、「集合知」なる概念を換骨奪胎して「集団知」「専門知」でしかないものを、「集合知」と詐称する。
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発信者のアイデンティティーを明確にしなければ発信してはならぬ。そして、切実なものしか発信してはならぬ。それがブログの掟であり、そうでなければ炎上は必至である。
同質性の高いコミュニティーの中で個は、互いの異質部分を探していがみ合うが、異質性の高いコミュニティーの中で個は、互いの同質部分を探して融和する。
結局のところ、数学者としての彼らが何を理想としていたかは明確。
「分散処理において、如何に処理スピードを上げるか」。
数学的美学において、中央集権的な処理は情報の偏在であり、美しくない。処理スピードにおいて、固定的な序列に意味が無く、集合的に扱うのは当然のことである。