2018年01月08日

日本人の本質=「弥生支配」にサバイバルした「縄文精神」。

「天皇機能説」の記事をアップしたら「感動した」のコメントがあり、嬉しかった。

閲覧者の多くは、「自己満足のため」に記事をアップしていると思っているのかもしれないが、私としては「日本をイノベーションするため」の記事しか書いていない。
後に続く人たちが、少しでも「有意義な人生」を歩めるように・・・。ということに尽きる。

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2018年01月07日

日本人にとっての「存在論」。

宗教などというから、分かりにくくなる。

宗教は、「存在論 + 処世訓」から出来ている。

「存在論」とは、

・「ここはどこ?」
・「私は誰?」


の答えである。
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2018年01月05日

平成は「ポストモダンの時代」だった。



来年の4月までで、平成時代が終わる。
したがって、今年の後半は、出版界・マスコミがこぞって「平成時代の定義」をするに違いない。



平成時代の定義は、きわめて簡単だ。

なぜなら、「ベルリンの壁の崩壊」と「ソ連の解体」の直後に平成が始まったから。

「ベルリンの壁の崩壊」と「ソ連の解体」は、唯物論的歴史観を否定する。つまりは、「進化論」の否定。
「進化論」とは〈モダニズム〉=近代だから、平成時代は、「近代が終わった時代」となる。



ちなみに、〈進化論〉の反対概念は〈文化相対主義〉。

〈進化論〉とは、大航海時代にねつ造された「世界征服」のための「思想兵器」だった。


一方、〈文化相対主義〉はレヴィ・ストロースの文化人類学。
文化に優劣はない。「当事者たちが幸福ならば、それでよい」。アボリジニの原始的な生活は、工場で劣悪な労働環境を強いられている人たちに比べれば、よほど人間的である。

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2018年01月02日

2018年の思考方法は、「スマートな不確定理論」である。

2018年は、「人工知能」の時代・・・。

私は半世紀以上を生きてきたが、「朝日少年科学年鑑」などで、時代を形容されてきたと思っている。

小学生の頃は、石油タンカー・出光丸が掲載されていて、「石油化学の時代」だったと思う。

そして、ICや集積回路が掲載されて、「高度情報化時代」がアピールされた。

DNAの模型が示されて、「生理学」「脳科学」の時代などがあり・・・。

この20年ほどは、「インターネット」の時代だったと思う。


これからは、どう考えても「人工知能」の時代だろう。

「人工知能」を概観すると、

・「高度なコンピューターの進化」は、「脳科学」と対照され、発展していく。



と、ここまでは、わざわざスポンタブログに言われなくても、誰でもわかっていることである。
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2018年01月01日

「平均への回帰」と「認知的不協和理論」。

謹賀新年。

年末・年始は、自分の過去と未来を想起する。

なぜ、こんな人生になってしまったのか。でも、これが自分の人生だから、受けいれるしかない。
そして、明日・・・。

「すばらしき哉、我が人生」。
その論理に重要な役割を果たすのが、「認知的不協和理論」である。


簡単にいえば、「自分の過去の行動は覆すことができない」ので、「解釈を改めることで、精神的なダメージを払拭させる」こと。



「嫌なことが起きた」時に、「他人のせいにする」よりも〈健全〉かもしれない。
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2017年12月31日

慶應義塾大学図書館は、ネオゴシック様式である。

放送大学の歴史の講義を観ていたら、講師が慶應義塾の図書館の前で喋っている。
講義のテーマは、「進化論と中世主義」だとか。続きを読む
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2017年12月30日

大和田財閥と右近財閥。

先日の「ファミリー・ヒストリー」は俳優の大和田伸也氏だった。

彼の先祖は、江戸時代の北前貿易の成功者・大和田荘七だった。明治期、大和田家は大和田銀行を敦賀に創設し、繁栄する。

一方、私の祖先は、敦賀と東尋坊の間に位置する河野村の右近家。右近家は、幕末から明治にかけて北前貿易で成功する。私の曾祖父は、非嫡出子ながらも最年長。右近家の中枢で活躍していたに違いない。

大和田家は、戦後、三和銀行に吸収される。親類縁者の現在の暮らしぶりからいえば、戦後のどさくさて財産のすべてを失ったのだろう。

右近家の場合は、河野村は空襲を免れた。とはいえ、曾祖父は敦賀の人であり、私の父は戦後は、豊かな生活とは無縁になる。右近本家は芦屋に進出し、日本海上保険を興す。
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2017年12月29日

「何が起きたのか知りたい」は、ダメ。



〈言語化〉することによって歪められる。というか、〈言語化バイアス〉が発生する。

コミュニケーションは以下のようになる。



発信者の〈意味〉
  ↓
発信者の〈テキスト〉

  ↓
  ↓
受信者の解釈した〈意味(コノテーション)〉
  ↓
  ↓
〈テキスト〉の単独流布
  ↓
  ↓
部外者・一般人の解釈した〈意味(ディノテーション)〉

※ コノテーション:その場の意味。
※ ディノテーション:辞書的な意味。
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2017年12月28日

天皇機能説。

「天皇陛下が現人神」とされた時代、美濃部達吉教授の「天皇機関説」は糾弾された。

2017年はどうだろう・・・。


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2017年12月26日

求められるのは「実装力」ではなく、「外部設計」。

こんな分かり切ったことを、誰も言わないのは何故だろうか。

建築の分野でオーバーランゲージ(私なりの言い換え)すれば、「建築の設計図を書けること」よりも、「鋸の引き方・釘の打ち方」の方が重要と言うようなもの。続きを読む
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2017年12月23日

スポンタにとっての2017年は何か。

それは明解。

娘が3月に大学を卒業して、放送業界関連のベンチャー企業に就職し、社会人になった。
つまりは、「子育て」の終了である。




・・・などというと、私が「子育て」を真剣にしてきたと勘違いする閲覧者も多いかもしれないが、私としては「(幼い頃から知っている)同居人」として、「自分ができること」をすべてやってきたに過ぎない。

つまり、「(物事を)知っている人(私)」と「知らない人(娘)」は平等ではないこと以外の意味で、「支配・君臨」することはしまいと心がけてきた。


もちろん、私も人間。喜怒哀楽で、放言したことがないとはいえない。
カラオケのリモコンで叩いたりはしないが、体罰もなかった訳ではない。



小学生の頃から、(音楽の)コード理論を教えてきたが、まったく覚えようとしない。
そんな娘が高校生になって、三度を半音さげるのが短調だと理解していないと同級生をあざ笑う。

私としては、内心、腹立たしい。そんなことは、小学生の頃に理解しておくべきであり、それを知っていると、友達に優越感を感じるなんて・・・。



短調か長調かは、3度の和音で決定する。

これが典型的に現れるのは、リヒャルト・シュトラウスの「ツアラツーストラはこう語った」の冒頭。

ドー・ソー・ドーの旋律では、1度・5度・8度だから、調性は分からない。
その後の3度・2度において、調性が決定する。
作曲家は、ここにおいて、「天地創造」を表現したのだとか・・・。



私は、問題はそこではなく、「ブルースとは、長調の和音の上に乗っかった短調の旋律」であることも理解しないで・・・。と不満である。

コード理論を理解するには、3つの短音階(ナチュラル・ハーモニック・メロディック)を理解しなければならないのに・・・。



最近では、人工知能に関連して、ともに学んでいる。
人工知能の用語は、一般的な語義とは異なるので、注意が必要である。

・「教師あり学習」とは、「答え」が出ている計算。

たとえば、明日の天気を予測するのは、「答えがない計算」したがって、「教師なし学習」。
一方、将棋で勝つ方法を見つけるのは「敵の王将を取る」という答えが決まっているので「教師あり学習」である。
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2017年12月17日

ゆとり教育で吟味される「理解 or 暗記」という対立概念。

「ゆとり教育」では、「理解する勉強」か「丸暗記」かという争点がある。

だが、〈理解〉とは何か。吟味されたことがあるだろうか。

〈理解〉にも〈暗記・記憶〉が伴うことを・・・。




【理解とは何か・・・】


ティム・バーナーズリーは言う。

コンピューターが「ものごと」を「理解している」とは、

・コンピューターが、(出力を待っている)人間の能力にしたがって、最適な出力をすること。


つまり、人間が「コンピューターが「意味を理解している」と感じる(チューリング・テスト)」のは、コンピューターが、(出力を待っている)人間の程度にしたがって、「複数の出力」ができること。

〈意味〉⊃〈テキスト〉
※ ⊃: 含まれる

ならば、

理解とは、「複数の要約(意味の言い換え)」が可能であること。

「意味の言い換え」ができず、「(生徒のレベルに最適な)意味の正確な再現」ができないのは、ダメの教師である。

→ ここにおいて、「丸暗記はダメ」という直感になる。
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2017年12月16日

統計学の目的。

最近、「統計学」の目的を誤解していたことに気づいた。

× 「統計学」は、調査データから「分析する(意味を抽出する)」ための学問。

◎ 「統計学」は、調査データの「確からしさ」を吟味するための学問。




つまり、「全数検査」「常時検査」をしない場合でも、「妥当性を確保・吟味する」ための学問。

たとえ、「全数検査」「常時検査」であっても、何らかの〈誤差〉は避けられず、「実態に等しい」とは限らない。続きを読む
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2017年12月14日

前後論法。

放送大学の「錯覚の科学」(認知心理学・菊池聡先生)からの引用である。

私たちの日常の判断(企業での意志決定)にも活用できるので、記事にしている。
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2017年12月13日

〈過学習〉とは・・・。

今回は、人工知能に関する記事です。
(-_-;)

〈過学習〉とは、サンプルが少ない時に、誤差を勘案しないで、「正確すぎる結論」を出すことである。

ことわざでいえば、「柳の下のどじょう」に同じだろうか・・・。
魚礁をつくれば魚は集まってくるが、柳を河原に植えたからといって、ドジョウが集まってくるのではない。


「偶然」を「必然」と誤認してしまってはいけない。

現実は、「必然」+「偶然」で成り立っている。



推論でも、「誤差を考慮すべき」なのである。
(決定論ではなく、相対論・不可知論)

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2017年12月12日

因果律にダマされない。(認知的不協和理論・平均への回帰)

放送大学「錯覚の科学」を観ている。講師は、信州大学の菊池聡(認知心理学)さん。

「心理学をやりたい」などとウソブく女子などが多いが、フロイト・ユング・ピアジェを学ぶよりも、この教科の方がよほど意味深い。

その理由は、それらが「モダニズム(近代主観主義)」というイギオロギーを元に紡がれた学問だから。「人間の主観・思索」を学問の起点に据えることにより、本来は気にしなくてよい問題に立ち向かっている。

たとえば、「個人はエゴイズム」と定義したから、「パブリック」という概念が必要になる。

しかし、「個人は集団の中に生きていて、エゴイズムだけで生きていない」。親や、消防隊員が、「自分のためではなく」、自分の生命を投げ出すことは、珍しいことではない。


古い学問を客観的に見つめるのが、ポストモダンのアカデミズムであり、その代表が「認知科学」である。

「錯覚の科学」では、認知科学的に「現実を再構成」している。
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2017年11月26日

第二回、スポンタ通信ファンミーティング。(2005年頃を振り返る)

来日したカラヤンに激賞され、ヨーロッパに留学し、マルセル・モイーズ(近代演奏法の父)にも学んだNHK交響楽団のフルート奏者の吉田雅夫氏は、東京芸術大学の教授でもあった。彼は、東京芸大を定年退官すると、さほど有名でない大学の講師を勤めた。

渡辺貞夫氏にフルートを教えた林りり子氏は、作曲家の林光氏の姉君だが、ナベサダ氏はりり子氏から「私がOKを出すまで人前で演奏してはならぬ」「(それまでは)私に習ったと公言してはならぬ」と言われたとか。・・・ナベサダ氏は早々とその掟を破った。

吉田先生は、さほど有名ではない大学の学生に「私にフルートを習った」と言ってくれて構わないと言った。
感動的なのは、学生がバッハの曲を練習する時、「君のおかげで、もう一度、バッハを勉強することができる。ありがとう」と感謝の言葉を述べたことである。

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2017年11月25日

第二回、スポンタ通信ファンミーティング。(メディアとは・・・)


第一回のオフ会は2011.3.11の前日に開かれた。
参加者は、ソウルメイト氏と、仕事先で知り合った人。そして、初対面の閲覧者の私を含めて4人だった。

今回は、ファンミーティングと謳ったものではないが、初対面の女子学生が、私に取材したいというので、最寄り駅の近くの「上島珈琲店」の3階で会うことになった。

参加者は、初対面の大学3年生の女の子。学部は異なるが娘が卒業した大学の学生なので、最初の1時間は娘が参加した。

合計3人である。続きを読む
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2017年11月07日

「集合知が成立するための条件」の対立概念。

以下にまとめてみた。

既存のアカデミズム&マスコミが掲げてきたのは〈集合知〉ではなく、〈集団知〉であるという問題意識からの指摘である。続きを読む
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2017年11月06日

若い人から、取材依頼が来る。(私の思想遍歴)



このサイトから、取材したいとのメールが来た。
市民参加型ジャーナリズムを研究しているのだという。

そこで、「幻想の市民参加型ジャーナリズム」を読んでみてください。と、返信した。

http://sponta.up.seesaa.net/image/B8B8C1DBA4CEBBD4CCB1BBB2B2C3B7BFA5B8A5E3A1BCA5CAA5EAA5BAA5E0.pdf

○ 小説版「ザ・バッシング」

http://sponta.up.seesaa.net/image/09_Bashing.pdf

今週の土曜日に逢うことになったので、2006年3月に書いたそのテキストを読み返してみた。

若い人は、娘の後輩・同じ大学だが別学部であり、ジャーナリズムの研究をしているという。

せっかくのご縁だから、私の経験と思索を以下に記しておく。続きを読む
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