2017年02月23日

Why English speaking people?

厚切りジェイソン氏は、30歳を越えて間もないというのに、すでに、リタイアーできるような資産を得ているのだという。
自らの厚遇に甘んじて、その原因となった奇怪な世界経済のしくみを批判しないのは、理知的ではない。

ジャニーズ事務所のSMAPのタレントたちは、自分たちがおかれている不可解な状況が解っているから、災害が起きるたびに、億を越える金額を募金してきたのである。

さて、彼のネタは、Why Japanese people? だが、英語にも理解できないものがある。



ポンド。
これを略語で記すと、lb.
つまり、1ポンド(重さの単位)と書くなら、1lb.となる。手書きすると、1ポンドなのか、11ポンドなのか、ほとんど分からない。



約を、英語にするとプロキシメトリー。
したがって、1.01では長いので、約1としようとすると、プロキシメトリー1となる。これでは、「約」という単語に置き換えて、短くしようと思ったのに、逆に長くなる。



Why English speaking people?
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2017年02月22日

厚切りジェイソン・パックン・シェリーによる欠席裁判。

フジテレビ「ボクらの時代」に、二人の外国人とハーフが鼎談していた。
ちなみに、三人とも伴侶は日本人である。
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posted by スポンタ at 13:15| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

若手女優の突然の芸能界引退について…。

今回の件とは、まったく関係なく、具体的な事実だけを指摘しておく。
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2017年01月18日

嫌われる勇気。

アドラーの本であり、ドラマのタイトルでもある。
だが、アドラーの心理学を、承認要求とか、人間の悩みは、すべて人間関係によるものであるとか、と、考えていては、本質はつかめない。

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2017年01月08日

いきものがかり。放牧・・・。

いきものがかりが、活動休止を放牧と形容した。

水野氏は、本格的な音楽を所望しているのに、いきものがかりが求められている音楽が、あまりに大衆的であるため、活動が行き詰まるに違いないと思っていたから、今回の活動休止は当然のことだと思っている。



ステージでの水野氏のギタープレイを見ていれば、グルーヴを求める演奏をしていることが理解できるはず・・・。続きを読む
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2017年01月07日

フランス留学中の女子大生の遭難。

昨年の軽井沢のバス事故は、娘の一学年上の学生だったので、SNSの共通の知り合いが数人いたというが、今回は娘の一つ下の学生なので、共通の知り合いが10ほどいるのだという。

娘は今、卒業旅行の第一段。
昨年の事故があったので、バスの選択には細心の注意を払っていた。

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2017年01月02日

大晦日の中村紘子氏の追悼番組に思う。

紅白歌合戦を観ていたら、リハーサルをやりすぎて、段取りになり、白々とした雰囲気のお笑い芸人たちを観て、つらくなり、Eテレで、昨年亡くなった中村紘子氏の追悼番組を観た。

番組は、彼女を絶賛していたが、生前の演奏は、彼女のダメさのすべてを表現しつくすという残酷な構成だった。

小品なら目立たなかったものを、「英雄ポロネーズ」やチャイコフスキーのピアノ協奏曲などの大曲だと粗が目立つ。
彼女のタイム感のなさ。たたきつけるタッチの音の汚さ。そして、晩年の録画だからだろうか、ミスタッチの多さである。

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2016年12月27日

さらに中園ミホさんは間違っている。

彼女は、誇らしげに、ある女優に、「あなたの代わりは他にもいるけど、私の代わりはどこにもいないの」と言われて、台本直しをさせられたことを語っている。
そして、大石静氏にしても、同様であると付け加えた。
しかし、これが三谷幸喜だったらどうだろう。

「俳優にはつながりがある」にしても、その俳優が死んでしまったら、つながりは無視して、制作が進められるに決まっている。

事実、おかくらの主人は替わりながらも、「渡鬼」は続いてきた。藤岡琢也、宇津井健、両氏のご冥福をお祈りする。



結局のところ、そのような現状に甘んじてきたシナリオライターたちのふるまいによって、作品におけるシナリオの重要性が低下したのである。


女優が、作品全体を見渡して、本直しをするのだろうか。もし、それが出来るのなら、彼女は女優はやめてプロデューサーになればよい。

中園氏のシナリオが屑なのなら、直しに応じるのも仕方のないこと…。私は、その作品を観ていないので、それは分からない。
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2016年12月26日

中園ミホさんは、間違っている。

「サワコの朝」を観ていたら、シナリオライターの中園ミホさんが、「最近は、恋愛ドラマはヒットしない。だから、逃げ恥のヒットは大歓迎である」と言う発言していた。

だが、逃げ恥が恋愛ドラマのヒット作だとしたら、今後、恋愛ドラマの制作は難しくなるに違いない。

逃げ恥は、ドラマではなく、バラエティーである。
なぜなら、視聴者は、感情移入ではなく、外部性をもって作品を鑑賞したに違いないから・・・。




主人公のおかしなカップルは、リスペクトできないから、感情移入できない。それでも、作品がヒットしたなら、この作品はドラマではなく、バラエティーなのだ。

バラエティーなら、感情移入は必要ないから、主人公たちの行動に違和感があっても、許容できる。

ドラマ=感情移入(内部性)
バラエティー=外部性的な鑑賞

ドラマ=筋の統一感
バラエティー=多様性


このパラダイムからいえば、「君の名は。」「シンゴジラ」がドラマではなく、バラエティーなことが理解できると思う。

ここで重要なことは、バラエティーなら、一度観れば満足する。二度観たいとは思わないこと。

バラエティー=ネタ消費・情報消費。
ドラマ=演技鑑賞

ドラマがあれば、再放送でも何度も観たい。ドラマ的な要素がなければ、結末を知ってしまうと、観たいとは思わない。

テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」の犯人探しでどんでん返しが連続するような作品は何度も観たいとは思わない。

一方、オーソン・ウェルズの「市民ケーン」のように、バラのつぼみの正体が、幼児期に使っていた橇のマークだと知っていても、観客の多くは、何度も観たいと思う。



たとえば、ジャズ。
言うまでもなく、ジャズで一番重要なことは「スウィングしているかどうか」である。
なのに、スウィングしていないジャズミュージシャンがヒットしてしまうと、大衆のほとんどは本物のジャズを知らないことになる。
それが日本のジャズ界の惨状を生んでいる。

J○○Uさんは、グルーヴしていないし、ジャズヴォーカルに求められる声の倍音構成も薄い。
彼女が有名人ジャズヴォーカリストになってしまうと、世の中の人のほとんどは、ジャズと歌謡曲の違いがわからなくなる。

そして、知名度の低いけれど、グルーヴしていて、声の倍音構成も豊かな優秀なジャズヴォーカリストのことを、大衆は「だめなアーティスト」と誤解する。
結果、大衆は、ジャズはおもしろくないと思ってしまう。

「君の名は。」も同じこと。
いままでの作品の設定をつぎはぎにして、統一感・整合性の欠いた作品が大ヒットしてしまえば、鑑賞経験が少なく、自らの価値観を持っていない大衆は、「すばらしい作品である」と勘違いする。
その結果起きるのは、映画はつまらないものである。と思いは始めること。

私の分類では、この作品は、ドラマではなく、青春あるあるバラエティーである。したがって、ドラマの分類で、低評価を下すことは無為である。
バラエティーとしてみればよいのであって、映画本来の魅力は別のところにある。

小説でも同じこと。
火花は、芸人小説というジャンルの作品であって、それ以上でも、それ以下でもない。
実は、吉本芸人の又吉氏は、そのことが分かっていて、「僕の作品を読んでおもしろくないと思っても、すべての小説がおもしろくないって思わないでください。いろいろな作家の作品を読んでください」との発言を残している。

たしかに、又吉氏の小説は、面白くなかった・読むのが苦痛だったが、彼は悪い奴じゃない。愛すべき奴であり、物事が分かっている・・・。



「逃げ恥」は、ドラマではない。バラエティーである。

TBSドラマ「逃げるは恥だが、役に立つ」がヒットした。私は、第一回、第二回、第三回あたりまで観たが、辛くて観ることができなくなった。

リストラされた主人公が、見ず知らずの一人暮らしの男性の「住み込みの家政婦」になるだろうか・・・。未婚女性が男性と暮らすことは、まぎれもなく同棲であって、好きでもない相手と暮らす女性をリスペクトできない。
雇用主と家政婦が、食卓をともすることにも違和感がある。

そのような設定のヘンテコリンな女性と、ガッキーの魅力的な容姿はあまりに隔たりがある。

シナリオライター氏は、昔だったら、ガメツイ女と思われたが・・・。と、発言しているようだが、ガメツイという形容以前に、おかしな女性である。
それを補っているのは、ただひとつ。
ガッキーの魅力である。



しかし、「逃げ恥」がヒットした。
とすれば、「逃げ恥」はドラマではなく、バラエティーである。
さらにいえば、作品の中にパロディーがあるので、パロディー・バラエティーということになるだろう。

バラエティーなら、「感情移入」とは関係のない、というか阻害する「(家政婦として)生活ちょっと情報」が挿入されているも許される。

名作ドラマ「冬のソナタ」に、そのような「生活ちょっと情報」が入っていたらどうかと考えてみれば、「逃げ恥」がドラマでないことが理解できるだろう。生活ちょっと情報は、ドラマの進行を停滞させる以外の何ものでもない。

テレビ番組のパロディーシーンがあることも、「ドラマの虚構性を強調している」のであって、「虚構をリアルに感じさせる」というドラマの本質に逆らっている。
つまりは、バラエティー番組であって、ドラマではない。



結局のところ、「逃げ恥」は、主演のガッキーが数字を持っていた。それにつきるだろう。

台本には無理が多く、「家事のちょっと情報」や「パロディー・シーン」で、表面をつないでいる。

ドラマ枠でオンエアされているからといって、この作品はドラマではない。高視聴率の番組だから、再放送もされるに違いないが、これがドラマだと思ってしまうなら、日本のドラマ界の混迷は、より一層深くなるに違いない。



というか、もしこの作品が映画化されたなら、映画館でバラエティー番組を観るという実験が試みられるということになる。
posted by スポンタ at 11:21| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

「俺物語」・実写版「ルパン三世」…。

今の日本のマスメディアには「ごり推し」、ウェブには「ステルスマーケティング」に満ちている。
そんな世の中だから、ほんとうに素晴らしいものは、どこかに行ってしまった…。



最近、CATVで、日本映画を二本観た。



「俺物語」のレビューを引用する。

★アラサーになったからか 感動せず。
★途中までは面白くてハッピーなのに途中からは普通の片思い青春の恋愛でグダグダ。
★他のレビューの高さに驚き。

レビューの高さをみてDVDを借りましたが感想は「ハッピーエンドまで長いありきたりな恋愛映画」でした。
もっとテンポよくマンガの調子で面白くてハッピーなエピソードが織り込まれていたら面白かったはずなのに つまんない映画になっちゃいました。

原作、キャスティングがいいのに 本当にもったいない。
半分くらいまではワクワクして早く付き合っちゃえー♪って感じで面白くてよかったです。
連続ドラマの一話なら納得の内容ですがわざわざ映画館に行くレベルではない。


http://eiga.com/movie/82239/review/



キャスティングも、たぶん原作も良かったのに、なんで、こんな映画になってしまったのか。残念でならない。
予告編だけだと、シラノドベルジュラックのような話なのかと思ったら、大違いだった…。

日本テレビが作った映画だというのに、日本のテレビ局の実力も地に落ちたということか。



こちらはTBSが作った「ルパン三世」実写版。

こちらも低評価である。以下に引用。

「人気アニメがどう実写化されるか期待して観に行ったのですが、下手にほめても観ればわかるので正直に書きました。10点以下は1年に1本あるくらい。昨年だと、実写版の『ガッチャマン』に4点をつけました」なぜそこまで低評価だったのか。「アクションはハリウッド映画の劣化コピー。会話中や歩行シーンでは洋物AVみたいに音楽が鳴りやむことがない。そんなチープな演出では、峰不二子に扮した黒木さんがポルノ女優に見えてきてしまうんです」(前田氏)


http://www.asagei.com/excerpt/26342



一番の問題は、アクションシーンにおいて、敵の弾は当たらないが、ルパンたちの弾は当たって、危機的な状況を切り抜けるという感じ。
それが、この作品の「チープ感」の本質だと思う。
キャラクターに寄せようとした俳優陣が失敗しているなんてことは、誰がやっても大体同じようなものなのだから…。



問題は、地上波テレビ局にも、広告代理店にも、シナリオを吟味できるプロデューサーが存在しないことである。

素人にも分かる欠点が、プロたちに分からないとは…。
posted by スポンタ at 09:27| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

インディゴの恋人

昨日、地方ドラマ賞をとったという1時間単発ドラマを観た。

http://www.nhk.or.jp/okayama/indigo/story/

前半は、すべて説明セリフ。したがって、ラジオドラマであっても、一向に差し支えないドラマである。

さらにいえば、設定だけで、物語が盛り上がっていく。
人が死ねばかなしい。別れがあれば寂しい。結婚式があれば嬉しい。
そんなドラマである。

何故、賞を取ったのか。私には、理由が分からなかった。




私は、かつての東芝日曜劇場を思い出した。

地方の小都市で、男と女が出会うが、結局、何事もなく、エンドマーク。
男も、女も、自分の言いたい事を言うでもなく、決定的な対立がある訳でもなく…。

作品の盛り上がりは、女性主人公が捨ててきた娘が中学3年生になって、尋ねてくる。
そんなところ。

自分が捨てた娘に対して、ハグする女性主人公。それが、私には理解できない。
本来であれば、自分にはハグする資格などないと、固辞するはず…。



大原美術館の収蔵作品の目玉が、エルグレコの受胎告知だとしても、マニエリスムの作家であり…。エルグレコの表現主義と、女性主人公の芸術は、どうかかわっていくのか。そのあたりもよく分からない。
同様に、男性主人公がラジオのスイッチを切るのが、山下洋輔というのも理解に苦しむ。山下氏の音楽はコンテンポラリー的であり、所謂ジャズピアノではないのだし…。



映画学校にいた時、撮影所がなくなり、撮影所の伝統が消えてしまうと、映画出身の先生たちが嘆いていたのを覚えている。
あれから、30年以上が経っているが、日本にドラマの伝統が消えてしまったのを実感する。
だが、それは先生方が心配した技術の分野ではなく、プロデュースやシナリオの分野であった。


結局のところ、先生方が、プロデュースやシナリオの分野で、揺るぎない伝統を確立できなかったために、現在の日本ドラマの低迷がある。



若い人たちが、賞をとったことを良いことに、この作品を秀作だと勘違いして、真似しないことを願うばかりである。

そして、日曜日の9時からTBSでやっていたことを理由に、東芝日曜劇場を秀作だと勘違いさせられていた自分に、腹が立つ。

当時、ドラマが分かっているような人たちは、「東芝日曜劇場ねぇ…」と、口を濁すばかり。その本質を指摘しなかった。

たしかに、そのようなドラマはあっても悪くはない。だが、それがドラマの王道などと思われてしまったら…。

アンチドラマである。

posted by スポンタ at 18:49| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

「君の名は。」と平原彩香さん。

「君の名は。」が空前のヒットで、宮崎駿氏の「千と千尋…」に迫る勢いなのだという。
しかし、監督の新海氏が、宮崎駿氏に比肩するのかといえば、そうではないだろう。

というのも、2ちゃんねるのスレッドを見ていたら、新海演出の特徴は、
・実景をトレースしていること。
・髪型を変えると、キャラクターの違いが分からない。
・主人公以外は、3次元CGなので、違和感がある。

などだという。
私の分析は、出資会社などの意見を素直に取り入れたため、設定が満載になり、構成に矛盾が起きている。



結局のところ、新海演出は誰でもできる。
…そんな感じ。

何故なら、実景をトレース。そこにこそ、この作品の最大の魅力があるから。

大洗の街に、戦車が大集合するガルパンのような系列の聖地巡礼の発生をねらった作品なのである。



一方の平原彩香さん。
デビューしたのはJupiter。ヒットの手柄は、ホルストにある。

デビュー作がブレークしたために、彼女は、ろくなレッスンもしないまま、商品になってしまったのが不幸の始まり。
スターになった彼女のダメさを指摘する人はいないし、教える人もいない。彼女のお父さんがグルーヴしているのに、彼女はグルーヴできない。
彼女の家は、音楽を教えないのが伝統だというが、それが良いことなのか。体操やフィギュアスケートを思えば、教師や先輩が教えることによって、技術が進化していったのであり…。

サウンドオブミュージックの吹き替えのパフォーマンスを聴けば、ジュリー・アンドリュースとの違いは明確。つか、比べるのが非情。
メイ・ジェイさんのように、松たか子さんと比べられなかったのが、せめてもの慰め。

彼女の歌は、ひとつの景色の時はよいが、複数の景色を表現しなければならない時に、欠点が明確になる…。



実写トレースアニメは、これから続出するに違いない。
その時、新海監督は、どのようなオリジナリティーを発揮するのだろうか。

そして、平原さん…。
posted by スポンタ at 10:53| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

バスルーム 裸の二日間

という映画をCATVで観た。

しかし、内容は、エロな映画ではなく、良質な室内劇だった。

男女の問題。
世代間の問題。
ファシズムと大衆。
芸術の問題。

それらが、鍵が壊れて、バスルームに閉じ込められた女学生と老教授の間で繰り広げられる。



セックスの話は表層であって、監督は、それを描こうとしていない。
描こうとしたのは、老人のセックスではなく、老人の愚かさとはかなさである。

こういう映画が、エロ映画というくくりで分類・宣伝されることは、なんとも残念である。

http://yume551.com/foreignfilm/3385.html



エロでも、サスペンスでもない。

ベルイマンや、ウッディ―・アレンと比すべき作品なのに、そんな感想ばかり…。
嘆かわしい。

http://video.akahoshitakuya.com/v/B008Z4XHVC


posted by スポンタ at 12:39| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

無料の有料テレビ。

CATVの話だが、有料放送だからと、チャンネルを選択していないと、損をする。
というか、期間限定の話だろうが、丸一日、無料放送だったりする。

最近でも、ミュージックエアが久しぶりに無料放送だったので、ジュールズ倶楽部という音楽番組を観ることができた。




さて、昨日は、フランスの放送局を無料で観ることができて、そのひとつの番組は、ハリウッドが第二次世界大戦中に、プロバガンダ映画を多く製作していたことのドキュメンタリーであった。

このような企画は、アメリカでは実現するはずもなく、フランスとアメリカの文化・立場の違いを大いに痛感させてくれた。



私たちには、アメリカとイギリスの違い。
アメリカとカナダの違いが分からない。

それは、西洋人が、日本と韓国の違いが分からないのと、同じことなのかもしれない。
posted by スポンタ at 09:54| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

「君の名は。」のダメさ。

古館伊知郎の番組で、「君の名は。」の監督が出ていた。

泣けたという人がいた中で、酷評する人がいる。娘が観にいき、駄作だというので、私は観ていない。

スタジオ諸氏の感動は理由は、

1. 東京の街並みが美しい。
2. 雨の石畳が美しい。
3. ラッドウィンプスの音楽が素晴らしい。
4. 小野小町の歌。…夢。

結局のところ、この作品で、大部分の観客は、感情移入できない。
それが、この作品の評価が分かれる、最大の理由だろう。

http://matome.naver.jp/odai/2147383215514781101



〈設定〉は〈ドラマ〉ではない。

この作品の主人公の生き方に励まされたという感想がない。
それこそが、〈設定〉を越えた〈ドラマ〉が、この作品に存在しないことの証明だろう。

〈設定〉とは、例えば、雨が降るということ。
ご都合主義の〈設定〉とは、主人公たちを相合傘にするために、雨が降るという〈設定〉にすること。
つまり、雨が降り、主人公たちが相合傘になり、恋が芽生える。それは、〈ご都合主義の設定〉ということである。

〈設定〉が対立を煽ったり、新たな展開を生むなら、〈設定〉は〈ドラマ〉に昇華する。

たとえば、「隣のトトロ」で、雨が降ってきて、カンタ少年が、黙って傘をさつきに差出し、雨の中を走って帰る。
さつきはめいと一緒にカンタ少年の傘で帰る。寡黙な少年の気持ちが伝わってくるシーン。〈ドラマ〉である。



新海監督が、今後、どうなっていくのかは分からない。
優秀なプロデューサーがつき、優秀なシナリオライターを使って、〈ドラマ〉を盛り込んでいくなら、彼の名声は今後も続くに違いない。今回の作品も、さまざまな人の意見を聞き、自分のやりたい事を抑えながら制作したというから、大丈夫だろう。勿論、今回の大成功で、彼が、妙な欲を出さなければの話であるが…。
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2016年11月11日

天皇陛下の生前退位の理由は、健康上の理由(しんどいから)ではない。



有識者が集まって会議をしているが、陛下の気持ちを理解しないので困る。

陛下は、摂政ではダメだ。と言っている。つまり、健康上の理由ではない。自分が楽になればよいというのではない。

陛下が気にしているのは、「自分が危篤や崩御すると、日本社会全体が娯楽などを自粛したり、喪に服することで、日本社会が停滞する」。それを憂慮されているのだ。




ワールドカップ予選の日本vsタイの試合でも、先に亡くなられた国王の喪に服するために、タイの国民たちは応援を自粛するのだという。
喪に服することで、国民の一体感を確認することを、私は必ずしも悪いことだとは思わない。
ただし、そうした事態を発生させる本人としては、「私などにかまわず、普段と同じに過ごしてくれ」と思う気持ちを理解するのだ。

そんなことも分からない有識者たちが、果たして有識者と呼べるのか。
結局は、お偉いさんたちの集まりということでしかないのだろう。



孔子が真っ先に取り組んだのは、喪に服する期間の短縮だったと記憶する。陛下の気持ちは、日本社会にとって、きわめて重要である。

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2016年11月10日

東京デザインウィークに…。

三年前、娘が関係者から無料入場券をもらったので、出かけたことがある。

今回の悲しい出来事は、誰でも危険だと分かる幼稚な出来事。ニュースバラエティーが検証したら、5分も待たずに発火した。

東京工業大学の学生だというが、ありえない。つーか、私が出かけた時にも、似たようなことがあった。

トラックのコンテナのようなブースの中で、3Dプリンターを使用していた。ブース内に揮発した化学物質が蔓延していたのを感じたので、対策をとるべきであるとアドバイスをしたが、反応はなかった。
長い時間、この場所にいたら、体調を崩すに違いない。

今回の事案でも、事前に危険性を感じた人が当事者たちに指摘したというが、無視されたという。
きっと、参加者たちは、デザインにしか興味がないのだろう。



娘に、今回の事件を伝えると(広告代理店の力なのか、イベントの名称がストレートニュースで明かされていない)、「アートとデザインの違いについて、教えてくれたよね」と。

アートとは、「人間や環境の存在を表現するもの」であって、
デザインは、「意味を表現するもの」である。
つまり、「意味の不在」は、アートではない。



今回の木製ジャングルジムとおがくずをハイブリッドした作品が、何を表現していたかかと考えると、恐ろしい。

まさに、デザインを越えたアートである。
posted by スポンタ at 13:33| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

再放送が観れなくなるのは、ちと辛い。

元女優の高樹沙耶容疑者が逮捕らしい。自己都合な彼女の逮捕など、私にとってはどうでもよいことなのだが、困るのは、彼女が出ていた「相棒」のシリーズが観れなくなること。

いつから、このような自主規制が始まったのだろうか…。



そういえば、どうしても観たい、昔のドラマがあって、それが観れない理由は…。

というと、どうやら、出演者の中から逮捕者が出たようで…。

「それが答えだ」。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%8C%E7%AD%94%E3%81%88%E3%81%A0!

ジャニーズJrの子が、先生を殴った…。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114627336



今回のことで、業界の自主規制が変わっていくとよいのだが…。
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2016年10月23日

守破離を説く、岡田武史元監督…。

テレビを見ていたら、サッカー日本代表の元監督の岡田武史氏が出ていて、スペインでは、16歳ぐらいまでは、ガチガチに型にはめて、16歳以降は自由にさせるが、日本ではその逆である。私は、彼が守破離を目指すと知ってビックリした。

守破離とは、剣道の標語であり、
最初は、師匠の教えを守り、
それがマスターできたら、師匠の教えを破り、
一人前になったら、師匠から離れる。
のを、理想とする。


だが、戦後のアメリカ的価値観・教育により、こどもは、まず、意欲が削がれないように、つか、こどもの意志を尊重して、「のびのび育てる」というのが一般的になり、高校あたりから、実世界に対応できるような厳格な専門教育をするようになったのかもしれない。

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2016年10月07日

映画「ジャッジ」を観た。満点の作品であった。

CATVで録画してあったので、観た。
何の問題もない作品である。喜劇だから、巷間の評判が上がらなかったのか、と思った。
だが、アマゾンの批評を観ると、まったく評価しない人が多いので驚く。


http://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%B8%EF%BC%81/346663/

人間というものは、「分からないもの、知らないもの」に対して、自らの劣等感から高く評価してしまうものである。

したがって、定石・王道を凡庸と見間違がえて、低評価する。


SNSに評価を書きこむような、自己主張をしたい人たちにとって、「謎」なさすぎる分かりやすい映画は…。



「君の名は。」「シンゴジラ」。
SNSの評価や、マスコミの宣伝を信じて行くと、落胆することになる…。
posted by スポンタ at 04:58| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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