2017年09月04日

「勝ちたいと、強く思っている方が勝つ」は正しいのか。

スポーツ番組のコメンテーターの「最後は、強く勝ちたいと思っている方が勝つ」との解説をよく聞く。

浪花節のようで、なんとなく嫌な感じ。

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2017年09月01日

ブルゾンちえみさんは間違っている。

どうでもいい話しなのだが、

地球上に男は何人いると思っているの?
35億
あと5000万


というネタ。
間違っている。
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2017年08月31日

「奇皇后」、全51回を見終わって。

全50回を飽きさせずに魅せる。かなりの実力である。

作品冒頭には、史実を元にしているが、それにとらわれずに大胆に創作したとある。

叙事詩ではなく、ドラマ。

これは重要である。続きを読む
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2017年08月23日

「オオカミ少女と黒王子」(2016)を観る。

なかなかの秀作−−−。

説明セリフは少なく、主人公の葛藤・枷など破綻がない。というか、Sなヒーローという設定が説明セリフを許さない。続きを読む
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2017年08月22日

「やすらぎの郷」がタブーを犯す。

倉本聰の昼ドラを観ている。
倉本氏ほどの大家になると、プロデューサーやスポンサーも台本に口を出せないのは当然である。

私はブログで偉そうに書いているが、現場にいたら何も言えない。現場から遠いから発言できる。当事者はステークホルダー(利害関係者)だから、何も言えないのである。

とはいえ、シナリオには、やっていいことと、やってはいけないことがある。
真実は明かすべきである。でなければ、この世界は進化していかない。

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2017年08月21日

日本の映画・ドラマがつまらない理由。

旭山動物園を取材した番組を観ていた。あの動物園の素晴らしいところは、園長が「行動展示」という方針を打ち出し実行したこと。現場の最高責任者が、イノベーションを断行したところが凄い。
大概の場合、イノベーションのプランを持っているのは、現場の事情を知らない、門外漢である。

私も同様であって、かつては現場に近いところにいたが、今は部外者でしかない。
つまりは、ここで私が何かを書いたとしても、「負け犬の遠吠え」と受け取られてしまう。

とはいえ、「人間は真実の奴隷である」との希望から、ここに記しておく。続きを読む
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2017年08月20日

不倫は文化ではない。

というか、生半可な俳優がオカシナことを言うから、ややこしいことになっている。写真週刊誌、芸能ジャーナリズムの飯の種なだけであって、世論までオカシくなっている。

不倫という言葉は硬直して嫌な感じがするので、私は「婚外恋愛」「婚外性交」と言い換えたい。
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2017年08月06日

テレビ番組の読解力


ナショナル・ジオグラフィックというチャンネルで、科学と宗教に関するトーク番組「スター・トーク」を観た。

MCはかなりの知性の持ち主で、スタジオにイエスズ会の司祭を呼び、無神論者に取材したビデオを一緒に観るという構成だった。

司祭は科学にも造詣が深く、「不可知なもの」に接したとき宗教が必要であり、「不可知なもの」に挑戦していくという意味で、科学と宗教は同じというもの。

番組冒頭でMCは、「グレゴリオ暦(うるう年をつくって天文と暦の狂いを調整した)を作ったのは、イエスズ会である」として、同会派を讃えた。続きを読む
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2017年08月05日

新週刊フジテレビ批評・批評。

夏ドラマの徹底批評ということで、スポーツ新聞、週刊誌、テレビライターの三人が、最近始まったドラマについて放談していた。

おもしろいとか、おもしろくないとか、シナリオが良いとか悪いとか、それらの定義を一切しないので、印象批評でしかない。
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2017年07月15日

日本人は集団主義的ではない。

放送大学の認知心理学を見ている。先日は、社会心理学がテーマだった。



ことあるごとに講師が言うのは、「人間は、直感に左右される」ということ。講師が引き合いに出すのは、直感が正しければ「天動説」である。だが、真実は「地動説」であると・・・。

学者でなければ、一般大衆にとって〈真実〉などどうでもよい。




認知心理学の授業では、「日本人は集団主義的であり、アメリカは個人主義的である」との説は、根拠がないと指摘する。

日本には、「出る杭は打たれる」ということわざがあるが、アメリカにも「延びた木には風当たりが強い」というのがある。恣意的にコトワザを選び出すのは、科学的ではないということだ。

危機的状況になれば、人間は「個」よりも「集団」を尊重する。
たとえば、911の事件の直後、アメリカの大衆は「集団主義的」だったという研究がある。

「個人主義or集団主義」の心理学のテストで、日本人とアメリカ人の差はほとんどない。



私的に演繹するなら、日本人は平時から「危機的状況に対応できるような意志決定システムを採用している」となる。

逆に言えば、アメリカは普段は「個人主義」で暮らしているが、危機的状況になると、「個人主義の欠陥に気づいて、モードチェンジする」ということ。アメリカはダブルスタンダード。

日本人は、モダニズムによる「個人主義」の洗脳と決別している。
ただ、それだけのこと。




講師も暗に指摘していたが、「日本人は集団主義的」とラベリングすることで、日本人を「自分たちとは違う人たち」と大衆に刷り込むことが、戦後の世論誘導としても必要だった。
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2017年07月12日

アインシュタインの相対性理論とは何か。

アインシュタインが主人公のドラマでのセリフ。(「ジーニアス」第9回20分頃)

焼けた石炭の上に立っていれば一秒でも永遠のように感じられるが、美しい女性とベッドにいれば1時間も一瞬のように過ぎる。
それが相対性理論。



セリフは、クロノス時間とカイロス時間のことを言っているのであって、クロノス時間同士の話ではないのだが・・・。
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2017年07月11日

韓国ドラマ「馬医」のすばらしさ。

少し前に、テレビ東京で朝やっていたが、いまでもCATVでやっているので、興味を持った方は観るとよい。

いままで韓国ドラマを観てきたが、ベスト3に入ると思う。
他の作品は、「冬のソナタ」。もうひとつは「スターの恋人」。

「冬のソナタ」のすごいところは、一大決心をして別れるのに、翌日にはまた逢っていること。
何かが起きると、すぐに全員集合すること。
一言でいうと、「ドラマを逃げていない」。そこが凄い。

もうひとつの「スターの恋人」は知らない人も多いかもしれないが、主演はチェ・ジウ。人気映画俳優と、彼女の本のゴーストライターをした新人小説家であり大学講師の「結婚するまで」のドラマである。
このドラマの凄いところは、ヒロインが「主体的」なところ。
秀逸なのは、大学講師は別れを決意して、地面に線を引き、「この線からこちら側に入ってくるな」と彼女に言う。幼い頃、母親から同じことをされて、彼は捨てられたのである。
しかし、ヒロインの彼女は、躊躇などまったくしないで、線を跨いでしまう。自分の気持ちのままに生きることに誠実なのだ。

どちらもチェ・ジウが演じたヒロインだが、一方は「初恋が忘れられない女性」、もう片方は「自分の思いのままに生きる女性」。
どちらが魅力的かは明確である。



「馬医」を論じるにあたり、他の2作品を取り上げたのは、相対批評をするためである。

「冬のソナタ」はドラマを逃げないこと。「スターの恋人」はヒロインの主体性のすばらしさ。それに尽きる。

では、「馬医」のすばらしさは何か。
それは、「病の発覚〜治療〜治癒」というドラマの進行感と、ヒーロー&ヒロインのドラマが密接に関わっていくところである。
今年のはじめにやっていたキムタク主演のドラマ「A LIFE」も、医療とドラマが関連していたが、「馬医」のように主人公の出世物語ではなかった。キムタクの心の中は病院長の娘との果たされなかった恋愛がある。ノスタルジーは、ドラマの雰囲気は醸し出すが、爽快感にはつながらない。

「馬医」は、「正義の側」と「悪意の側」の〈対立〉も明確だし、悪意の側の「やるせない都合」も納得できる。

夫を中東紛争の取材で失ったテレビタレントが大統領にのし上がっていく「ミセス・プレジデント」も「悪意の側」の「やるせない都合」に説得力があった。だが、「立候補〜選挙戦〜当選」というプロセスは、テンポ感としては医療ドラマに劣る。

「冬のソナタ」では、主人公たちの仕事は副筋に過ぎないし、「スターの恋人」の芸能界や出版界の出来事に爽快感はない。しかし、「馬医」の「治癒」のシーンには爽快感がある。



我が校長・今村昌平は、「人間を描くには3代まで遡らなければいけない」と言っていたが、「冬のソナタ」「スターの恋人」は家柄まで表現されていないから2代の物語である。だが、「馬医」は両班の家柄まで描かれるから3代である。

人間が何故、そのように考え、そのように行動するかは、育った環境が大きく影響する。ならば、3代を描くことがどうしても必要になる。

自分を考えてみても、両親を理解することが、自分を理解することにつながる。両親を理解するためには、祖父母を理解しなければならない。



映画批評・ドラマ批評が、卑下されるのは、主観批評・印象批評なことである。

そこで私は、形式批評により客観的であろうとするし、相対評価により、作品の価値を客観的に提示したい。



テレビのことなんか書いて・・・。と侮ってもらっては、ちと辛い。
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2017年07月10日

船越英一郎氏の受難。

細君の映像を観ていると、生き霊が飛んできそうなので、彼女の名前を書かない。

それにしても思うのは、マザーテレサの言葉。

愛の反対は憎しみではなく、無関心である。



とすれば、戦争の反対は平和だとしても、好戦主義の反対が反戦運動や平和運動ではないと思えてくる。

毎年夏になると、そんなことを思っている。
「戦争を語り継がなければならない」と言う昭和な人が多い。
果たしてそうなのか。

思い出すという行為を通じて、再度、戦争状態に引き戻そうとしている
のではないかと感じてならない。
たとえば、人口的に不可能な○○大虐殺や、大使館前に少女像を立てるようなトピックスについてである。



それにしても、離婚訴訟での勝利は「離婚しないこと」であって、訴訟になっていることこそ「離婚のはじまり」である。

「これから戦います」などというのは、論理矛盾なはずなのだが、そのような論理は感情に勝てないのである。
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2017年07月08日

中嶋しゅうさん、逝く。

一般的な知名度がそれほど高くない彼の死が夕方のフジテレビのニュースで生前の映像つきで紹介されるとは思いもしなかった。

一般的には、彼は、「美味でごじゃりまする」で知られる鷲尾真知子さんの夫君ということだろう。

だが、彼は、私にとって別格の俳優である。続きを読む
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2017年06月30日

フレームとコンテンツ

スティーブ・ライヒのコンサートをFMでやっていたのを聴いてびっくりした。

ライヒは、ミニマル・ミュージックの作曲家なのだが、演奏が非常にエモーショナルだったから。

※ ミニマルミュージックとは、単純な音列を繰り返す、変化がミニマル(最小限)な音楽のこと。


曲が無機的だと、演奏が有機的になるということ。

それが、作品が発表されてから、かなりの時がたって熟成した。



エモーショナルな演奏で知られるグレン・グールドが、ロマン派の曲を絶対にやらなかったことは示唆的である。

曲がエモーショナルで、演奏がエモーショナルでは、過剰になるということである。

とはいえ、世の中には、エモーショナルな曲を、エモーショナルに演奏する人ばかり。・・・なのだぁ。
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2017年06月29日

藤井聡太四段の棋風。

中学3年生の特徴は、人工知能ソフトを参考にしているところだという。

私は駒の動き方を知っているだけであり、戦法も多くを知らない。

したがって、印象を語るでしかないが、人工知能と人間の違いは「人工知能には感情がないこと」である。

相手の王将を先に取った方が勝ちのゲームである。
したがって、意味もなく、自陣を固めるという発想は最初から存在しない。

「へぼ将棋、王より飛車を可愛がり」という俗諺があるが、そのようなことは、人工知能ではありえない。



人工知能の特徴は、データマイニングの特徴と同じである。

とするなら以下のようなコンセプトか・・・。

・多様性
・独立性
・分散化
・拡張性

・複数の集約技法

・断片化

・メタ論




人間は、関連づけて覚えるという習性がある。
散文的な人生に意味を見いだすというようなことである。

藤井少年はそうではない。
五目チャーハンがなく、ワンタンメンを食べることになっても、そこから物語を読みとることはなかったに違いない


それこそが、ニューエイジである。
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2017年06月28日

小林真央さんの早世につき・・・。

いままでも、癌により早世した人たちがいたが、彼女の場合は、最後まで誇り高く、気高かった。

その理由は、エリザベス・キューブラロスの「死の段階受容説」における最終段階に、長きの闘病生活において、彼女が達していたこと。
もうひとつは、メディアというものを深く理解していたことだと思う。

最後になったブログのコメントは完璧だし、最後に「愛している」と発言したことも奇跡である。

本当にすばらしいというか、感動とともに尊敬する。



さて、海老蔵氏が「来世も、来来世も一緒に居よう」と彼女に言った言葉の意味を理解しているだろうか。

近松の心中ものは、当時の仏教の死生観を反映している。

親子は「一世の契り」、「夫婦は二世の契り」。

心中は、「今生はだめだったが、せめて来世では一緒にいよう」ということである。

今生と来世のご縁が、夫婦。

それを越えるということで、来来世も一緒に居ようと言ったのである。




それにしても、歌舞伎の定式幕の前でのインタビュー。
かっこよかった。

午前の部と午後の部の間で、ロビイが使えなかったのだろうが、かえって、それがよかったと思う。



芸能人の不幸。
貧乏人の火事よりも、金持ちの火事の方がおもしろい。
野次馬をしてきた私は反省している。

今回、ブログの果たす社会的な役割が示されたと思う。無名のブロガーとして、拍手を送りたい。


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2017年06月21日

途中からではあるが「小さな巨人」を観ていた。

この番組の魅力というか、面白さは「異常に過剰な演技」である。それは、父が歌舞伎役者である香川照之によって、最高潮になる。
大衆演劇の梅沢富美雄の方が演技を抑えているのは、苦笑ものである。


演劇評論家は歌舞伎の特徴をバロック的であると形容したが、バロックの意味は「ゆがんだ真珠」であり、過剰な装飾を意味した。
それがモダニズムのル・コルビジェに至って、機能主義になり、装飾はそぎ落とされた。

それが現代である。続きを読む
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2017年06月08日

記憶のプロセス。

放送大学の「認知心理学」を観ているが、だったら、最初から言ってよ。って、感じ。
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2017年06月03日

倉本聰氏のような専門家が、素人が言うようなことを…。

テレビ朝日の「やすらぎの里」を観ている。
そして、日本映画専門チャンネルで、「前略、おふくろ様」を観ている。

私が映像の世界に進むにおいて、「前略、おふくろ様」は大きな影響を果たしているから、自分の人生を振り返る意味でも、同作品を見直している。

結局のところ、40年近く前も、そして今も、私は無名のままであり、倉本氏は栄光のままである。

唯一変わっているのは、私がドラマの世界に対して、素人ではなくなったということである。勿論、それは鑑識眼においてのみであり、社会通念的には、私は素人・一般でしかない。
(-_-;)続きを読む
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