2016年12月12日

インディゴの恋人

昨日、地方ドラマ賞をとったという1時間単発ドラマを観た。

http://www.nhk.or.jp/okayama/indigo/story/

前半は、すべて説明セリフ。したがって、ラジオドラマであっても、一向に差し支えないドラマである。

さらにいえば、設定だけで、物語が盛り上がっていく。
人が死ねばかなしい。別れがあれば寂しい。結婚式があれば嬉しい。
そんなドラマである。

何故、賞を取ったのか。私には、理由が分からなかった。




私は、かつての東芝日曜劇場を思い出した。

地方の小都市で、男と女が出会うが、結局、何事もなく、エンドマーク。
男も、女も、自分の言いたい事を言うでもなく、決定的な対立がある訳でもなく…。

作品の盛り上がりは、女性主人公が捨ててきた娘が中学3年生になって、尋ねてくる。
そんなところ。

自分が捨てた娘に対して、ハグする女性主人公。それが、私には理解できない。
本来であれば、自分にはハグする資格などないと、固辞するはず…。



大原美術館の収蔵作品の目玉が、エルグレコの受胎告知だとしても、マニエリスムの作家であり…。エルグレコの表現主義と、女性主人公の芸術は、どうかかわっていくのか。そのあたりもよく分からない。
同様に、男性主人公がラジオのスイッチを切るのが、山下洋輔というのも理解に苦しむ。山下氏の音楽はコンテンポラリー的であり、所謂ジャズピアノではないのだし…。



映画学校にいた時、撮影所がなくなり、撮影所の伝統が消えてしまうと、映画出身の先生たちが嘆いていたのを覚えている。
あれから、30年以上が経っているが、日本にドラマの伝統が消えてしまったのを実感する。
だが、それは先生方が心配した技術の分野ではなく、プロデュースやシナリオの分野であった。


結局のところ、先生方が、プロデュースやシナリオの分野で、揺るぎない伝統を確立できなかったために、現在の日本ドラマの低迷がある。



若い人たちが、賞をとったことを良いことに、この作品を秀作だと勘違いして、真似しないことを願うばかりである。

そして、日曜日の9時からTBSでやっていたことを理由に、東芝日曜劇場を秀作だと勘違いさせられていた自分に、腹が立つ。

当時、ドラマが分かっているような人たちは、「東芝日曜劇場ねぇ…」と、口を濁すばかり。その本質を指摘しなかった。

たしかに、そのようなドラマはあっても悪くはない。だが、それがドラマの王道などと思われてしまったら…。

アンチドラマである。

posted by スポンタ at 18:49| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

「君の名は。」と平原彩香さん。

「君の名は。」が空前のヒットで、宮崎駿氏の「千と千尋…」に迫る勢いなのだという。
しかし、監督の新海氏が、宮崎駿氏に比肩するのかといえば、そうではないだろう。

というのも、2ちゃんねるのスレッドを見ていたら、新海演出の特徴は、
・実景をトレースしていること。
・髪型を変えると、キャラクターの違いが分からない。
・主人公以外は、3次元CGなので、違和感がある。

などだという。
私の分析は、出資会社などの意見を素直に取り入れたため、設定が満載になり、構成に矛盾が起きている。



結局のところ、新海演出は誰でもできる。
…そんな感じ。

何故なら、実景をトレース。そこにこそ、この作品の最大の魅力があるから。

大洗の街に、戦車が大集合するガルパンのような系列の聖地巡礼の発生をねらった作品なのである。



一方の平原彩香さん。
デビューしたのはJupiter。ヒットの手柄は、ホルストにある。

デビュー作がブレークしたために、彼女は、ろくなレッスンもしないまま、商品になってしまったのが不幸の始まり。
スターになった彼女のダメさを指摘する人はいないし、教える人もいない。彼女のお父さんがグルーヴしているのに、彼女はグルーヴできない。
彼女の家は、音楽を教えないのが伝統だというが、それが良いことなのか。体操やフィギュアスケートを思えば、教師や先輩が教えることによって、技術が進化していったのであり…。

サウンドオブミュージックの吹き替えのパフォーマンスを聴けば、ジュリー・アンドリュースとの違いは明確。つか、比べるのが非情。
メイ・ジェイさんのように、松たか子さんと比べられなかったのが、せめてもの慰め。

彼女の歌は、ひとつの景色の時はよいが、複数の景色を表現しなければならない時に、欠点が明確になる…。



実写トレースアニメは、これから続出するに違いない。
その時、新海監督は、どのようなオリジナリティーを発揮するのだろうか。

そして、平原さん…。
posted by スポンタ at 10:53| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

バスルーム 裸の二日間

という映画をCATVで観た。

しかし、内容は、エロな映画ではなく、良質な室内劇だった。

男女の問題。
世代間の問題。
ファシズムと大衆。
芸術の問題。

それらが、鍵が壊れて、バスルームに閉じ込められた女学生と老教授の間で繰り広げられる。



セックスの話は表層であって、監督は、それを描こうとしていない。
描こうとしたのは、老人のセックスではなく、老人の愚かさとはかなさである。

こういう映画が、エロ映画というくくりで分類・宣伝されることは、なんとも残念である。

http://yume551.com/foreignfilm/3385.html



エロでも、サスペンスでもない。

ベルイマンや、ウッディ―・アレンと比すべき作品なのに、そんな感想ばかり…。
嘆かわしい。

http://video.akahoshitakuya.com/v/B008Z4XHVC


posted by スポンタ at 12:39| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

無料の有料テレビ。

CATVの話だが、有料放送だからと、チャンネルを選択していないと、損をする。
というか、期間限定の話だろうが、丸一日、無料放送だったりする。

最近でも、ミュージックエアが久しぶりに無料放送だったので、ジュールズ倶楽部という音楽番組を観ることができた。




さて、昨日は、フランスの放送局を無料で観ることができて、そのひとつの番組は、ハリウッドが第二次世界大戦中に、プロバガンダ映画を多く製作していたことのドキュメンタリーであった。

このような企画は、アメリカでは実現するはずもなく、フランスとアメリカの文化・立場の違いを大いに痛感させてくれた。



私たちには、アメリカとイギリスの違い。
アメリカとカナダの違いが分からない。

それは、西洋人が、日本と韓国の違いが分からないのと、同じことなのかもしれない。
posted by スポンタ at 09:54| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

「君の名は。」のダメさ。

古館伊知郎の番組で、「君の名は。」の監督が出ていた。

泣けたという人がいた中で、酷評する人がいる。娘が観にいき、駄作だというので、私は観ていない。

スタジオ諸氏の感動は理由は、

1. 東京の街並みが美しい。
2. 雨の石畳が美しい。
3. ラッドウィンプスの音楽が素晴らしい。
4. 小野小町の歌。…夢。

結局のところ、この作品で、大部分の観客は、感情移入できない。
それが、この作品の評価が分かれる、最大の理由だろう。

http://matome.naver.jp/odai/2147383215514781101



〈設定〉は〈ドラマ〉ではない。

この作品の主人公の生き方に励まされたという感想がない。
それこそが、〈設定〉を越えた〈ドラマ〉が、この作品に存在しないことの証明だろう。

〈設定〉とは、例えば、雨が降るということ。
ご都合主義の〈設定〉とは、主人公たちを相合傘にするために、雨が降るという〈設定〉にすること。
つまり、雨が降り、主人公たちが相合傘になり、恋が芽生える。それは、〈ご都合主義の設定〉ということである。

〈設定〉が対立を煽ったり、新たな展開を生むなら、〈設定〉は〈ドラマ〉に昇華する。

たとえば、「隣のトトロ」で、雨が降ってきて、カンタ少年が、黙って傘をさつきに差出し、雨の中を走って帰る。
さつきはめいと一緒にカンタ少年の傘で帰る。寡黙な少年の気持ちが伝わってくるシーン。〈ドラマ〉である。



新海監督が、今後、どうなっていくのかは分からない。
優秀なプロデューサーがつき、優秀なシナリオライターを使って、〈ドラマ〉を盛り込んでいくなら、彼の名声は今後も続くに違いない。今回の作品も、さまざまな人の意見を聞き、自分のやりたい事を抑えながら制作したというから、大丈夫だろう。勿論、今回の大成功で、彼が、妙な欲を出さなければの話であるが…。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月11日

天皇陛下の生前退位の理由は、健康上の理由(しんどいから)ではない。



有識者が集まって会議をしているが、陛下の気持ちを理解しないので困る。

陛下は、摂政ではダメだ。と言っている。つまり、健康上の理由ではない。自分が楽になればよいというのではない。

陛下が気にしているのは、「自分が危篤や崩御すると、日本社会全体が娯楽などを自粛したり、喪に服することで、日本社会が停滞する」。それを憂慮されているのだ。




ワールドカップ予選の日本vsタイの試合でも、先に亡くなられた国王の喪に服するために、タイの国民たちは応援を自粛するのだという。
喪に服することで、国民の一体感を確認することを、私は必ずしも悪いことだとは思わない。
ただし、そうした事態を発生させる本人としては、「私などにかまわず、普段と同じに過ごしてくれ」と思う気持ちを理解するのだ。

そんなことも分からない有識者たちが、果たして有識者と呼べるのか。
結局は、お偉いさんたちの集まりということでしかないのだろう。



孔子が真っ先に取り組んだのは、喪に服する期間の短縮だったと記憶する。陛下の気持ちは、日本社会にとって、きわめて重要である。

posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

東京デザインウィークに…。

三年前、娘が関係者から無料入場券をもらったので、出かけたことがある。

今回の悲しい出来事は、誰でも危険だと分かる幼稚な出来事。ニュースバラエティーが検証したら、5分も待たずに発火した。

東京工業大学の学生だというが、ありえない。つーか、私が出かけた時にも、似たようなことがあった。

トラックのコンテナのようなブースの中で、3Dプリンターを使用していた。ブース内に揮発した化学物質が蔓延していたのを感じたので、対策をとるべきであるとアドバイスをしたが、反応はなかった。
長い時間、この場所にいたら、体調を崩すに違いない。

今回の事案でも、事前に危険性を感じた人が当事者たちに指摘したというが、無視されたという。
きっと、参加者たちは、デザインにしか興味がないのだろう。



娘に、今回の事件を伝えると(広告代理店の力なのか、イベントの名称がストレートニュースで明かされていない)、「アートとデザインの違いについて、教えてくれたよね」と。

アートとは、「人間や環境の存在を表現するもの」であって、
デザインは、「意味を表現するもの」である。
つまり、「意味の不在」は、アートではない。



今回の木製ジャングルジムとおがくずをハイブリッドした作品が、何を表現していたかかと考えると、恐ろしい。

まさに、デザインを越えたアートである。
posted by スポンタ at 13:33| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

再放送が観れなくなるのは、ちと辛い。

元女優の高樹沙耶容疑者が逮捕らしい。自己都合な彼女の逮捕など、私にとってはどうでもよいことなのだが、困るのは、彼女が出ていた「相棒」のシリーズが観れなくなること。

いつから、このような自主規制が始まったのだろうか…。



そういえば、どうしても観たい、昔のドラマがあって、それが観れない理由は…。

というと、どうやら、出演者の中から逮捕者が出たようで…。

「それが答えだ」。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%8C%E7%AD%94%E3%81%88%E3%81%A0!

ジャニーズJrの子が、先生を殴った…。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114627336



今回のことで、業界の自主規制が変わっていくとよいのだが…。
posted by スポンタ at 15:04| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

守破離を説く、岡田武史元監督…。

テレビを見ていたら、サッカー日本代表の元監督の岡田武史氏が出ていて、スペインでは、16歳ぐらいまでは、ガチガチに型にはめて、16歳以降は自由にさせるが、日本ではその逆である。私は、彼が守破離を目指すと知ってビックリした。

守破離とは、剣道の標語であり、
最初は、師匠の教えを守り、
それがマスターできたら、師匠の教えを破り、
一人前になったら、師匠から離れる。
のを、理想とする。


だが、戦後のアメリカ的価値観・教育により、こどもは、まず、意欲が削がれないように、つか、こどもの意志を尊重して、「のびのび育てる」というのが一般的になり、高校あたりから、実世界に対応できるような厳格な専門教育をするようになったのかもしれない。

続きを読む
posted by スポンタ at 07:14| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

映画「ジャッジ」を観た。満点の作品であった。

CATVで録画してあったので、観た。
何の問題もない作品である。喜劇だから、巷間の評判が上がらなかったのか、と思った。
だが、アマゾンの批評を観ると、まったく評価しない人が多いので驚く。


http://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%B8%EF%BC%81/346663/

人間というものは、「分からないもの、知らないもの」に対して、自らの劣等感から高く評価してしまうものである。

したがって、定石・王道を凡庸と見間違がえて、低評価する。


SNSに評価を書きこむような、自己主張をしたい人たちにとって、「謎」なさすぎる分かりやすい映画は…。



「君の名は。」「シンゴジラ」。
SNSの評価や、マスコミの宣伝を信じて行くと、落胆することになる…。
posted by スポンタ at 04:58| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

上原ひろみさんの凄さ。

昨日の日曜日(9月18日)、「題名のない音楽会」での上原ひろみさんの演奏を聴いてびっくりした。

いままで、彼女には、タイム感はないし、グルーヴもしていないと、悪口を言っていたが、そうではなかった。

彼女は、タイム感もあり、グルーヴもしており、第一級のジャズピアニストである。
彼女をプロモートする人たちが、彼女の超絶技巧に注目して、そればかりを演奏させたに過ぎなかったのだ。



よく、チックコリアの「スペイン」を演奏していた。それを聴いて、グルーヴしていないと感じていたが、そうではなかった。ミディアムテンポの曲で、彼女は自由にグルーヴしてみせた。



番組では、司会の五嶋龍君とも共演してみせたが、ふたりの共演は、すばらしかった。

何よりも、一切、アンサンブルしようとしない、自由さが格別であった。

いままで、上原ひろみさんのことを、思いっきりケナしていたことを反省する。
彼女はすごい。そして、優しい。すばらしいミュージシャンである。

posted by スポンタ at 17:18| 東京 ☀| Comment(10) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

橋之助氏の報道に思う。

歌舞伎俳優と京都の芸伎の関係を、不倫と呼ぶのだろうか…。
色事であったり、ご贔屓であったり、女遊びであったり、お金のある御仁の所作であって、浮気というのでもないだろう。
ま、だからこそ、貧乏人にとっては、やっかみから、悪口もいいたくなる…。そのあたりが分かっているからこそ、橋之助本人と奥方は平身低頭するのだろう。

写真週刊誌が情報の発信源らしいが、何でもかんでも、現代の価値観に照らし合わせるというのは、違うのではないかと感じている。

…ゲスい報道。ほっときゃいいのに。



かの山本夏彦氏は、
男芸者について、おしろいちんこ、すなちんこ、せんすちんこというのを紹介していた。

おしろいちんこは歌舞伎俳優。
すなちんこは相撲取り。
せんすちんこは落語家である。

どのような時代にあっても、人間の営みなど、大して変わるハズはない。ま、そんな感じ。
posted by スポンタ at 15:58| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

嘘をついてはいけない。他人に迷惑をかけてはいけない。との子育てはダメである。

高畑女優が、子育てにおいて、息子にしつけていたことである。
だが、これが、決定的にいけない。間違っている。

何故なら、人間は、嘘をつかないでは、生きていけない。
他人に迷惑をかけないで、生きることはできないから。

あるべきは、自分のための嘘ではなく、他人のための嘘なら、ついてよい。
であり、

他人に迷惑をかける場合は、確信的に…。ということ。




それを教えないなら、こどもは、達成不可能な目標を与えられたが故に、自我崩壊に至る。

映画「2001年、宇宙の旅」のコンピュータが暴走したのと、同じことになる。
posted by スポンタ at 15:16| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

高畑淳子さんは悪くないが、間違っていた。

ご子息は、「女性を見て、欲求が抑えられなかった」と供述しているらしいが、問題はそこではない。
挑んだ時、拒まれたのに、「欲求が減退しなかった」ことである。
テレビで女医氏が、普通の人は、「犯罪に至らないようにコントロールしている。脳機能に問題が…」との発言をしているが、問題は、そこではない。

つまり、「欲求がある」。「行動する。または、しない」。という時点ではなく、続きを読む
posted by スポンタ at 07:53| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

愛の渦

CATVでやっていたので、観た。

Wikipediaによれば、

『愛の渦』(あいのうず)は、三浦大輔による日本の戯曲。劇団「ポツドール」を主宰する劇作家・演出家の三浦大輔による戯曲で、2005年にポツドールの第13回公演として初演された。翌年2006年に第50回岸田國士戯曲賞を受賞した(佃典彦『ぬけがら』との同時受賞)。

乱交パーティを目的に裏風俗店に集った見ず知らずの男女10人の本音が交わされる、性欲がテーマの会話劇である[1]。

岸田賞の選評では「際立っているのは、その微細にして冷静な人間の描写である。そこには人間の演技する必然≠ェ描かれている。」(岩松了)、「登場するのは、ぱっと見には、ろくでもない人物ばかりだ。だが、そうしたグロテスクな人間関係が苦い喜劇になっている。」 (宮沢章夫)と評されている。

2009年に一部キャストを入れ替え、再演。2014年に映画化された。

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posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

オリンピックを見ているが…。

メダリストたちを見ていると、「何事かを成す」には、本人の努力だけけではダメ。ということを痛感する。

まずは、親の意志と行動。その次に、本人の才能・意志。これがないなら、何も始まらない。

最後は、継続。




世の中では、「本人の意志に任せる」というのが、親としてあるべき姿と言う。
だが、本人の意志だけで、「何事かを成す」のは奇跡に近い。


メダリストたちの殆どは、単なるスポーツエリートではなく、家族をあげた協力の末、苦闘にもめげずに継続した結果、幸運に恵まれた人たちである。

ゴルフやフィギュアスケートなら、こどものスポーツに注力できる経済的な余裕があった家庭ということになるかもしれないが、そうでないスポーツの方が多いという印象。

体操選手の家庭にしても、街場の体操教室が裕福なはずもなく、メダリストを生んだ現在はともかく、つねに施設の充実と経営の継続の課題と戦ってきたに違いない。



映画監督の今村昌平は、登場人物のモデリングには3代の設定が必要であると語っていたが、私は深く同意する。

ひとつの理想・目標に向かって、三代の人生がつづくのは単純である。だが、それぞれが反発しながら三代の人生が続く場合も少なくない。

私の場合は、親の言う「放任主義」をネグレクトだと気づかないまま育ち、両親の厭世観を克服するのに30余年を要した。

30を過ぎたら、すべては手遅れ。そんな感じだ。

posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

SMAPの解散に思う。

実際に何が起きていたのかは、まったく分からない。

しかし、一人だけ既婚者であり、その既婚者が夏休みをとっている時に解散が発表されたところをみると、起きていることは、芸能報道とほとんど同じなのだろう。

ジャニーズのグループは、1団体に既婚者は一人という不文律があるというが、どうなんだろう。結婚してしまった彼に対して、他のメンバーが「(自分だけ)ズルい」と、思うようなこともあるのだろうか。



人間関係にありがちな現象だと思うが、親がいつまでも「親という優位的な立場」を変えないなら、子はやりきれないだろう。
兄弟の場合も同じ…。


私の場合は、親が「年齢差」以外に「優越的な立場」を持たぬ状況になった時、なんと、親は私に絶縁宣言をした。

そんなこともある。
「子を思わぬ親はいない」という俗諺の例外は世の中にあふれている。
(・_・;)



SMAPの場合、「既婚者」の彼は、「ただただ前を向く」と言ったが、それは、「過去の優越した立場で、コミュニケーションしてきた自分」を是認するのであって、「過去を振り返って」相手をねぎらったり、謝罪しないという宣言でもあったろう。これではグループが解散になるのは当然である。

漫才の内海ケイコ・ヨシエは、ケイコ師匠が天才漫才少女のヨシエを鍛えに鍛えた。しかし、ヨシエが成長すると、ケイコ師匠はヨシエを認め、ヨシエがピンでの活動を認め、解散しないですんだ。

そのような度量が唯一の既婚者の彼にはなかったのかもしれない。
既婚者の彼が、一般的に知られるあだ名で呼ばれることを、嫌っていることが知られている。
彼は、現場のスタッフの名前をすべて覚えるなど、スタッフを大切にすることが知られている。だが、人の心を分からないのかもしれない…。

否、彼の心には、そうせざるを得ないような動機があるのだろう。
posted by スポンタ at 15:19| 東京 ☔| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

日航機123便事故に思う。

ハリー・ポッターの魔法学校の校長によれば、「秘密とは、みんなが知っているということ」だとか。

日航機の123便事故に関しても、インターネットには、さまざまな情報が乱れ飛んでいるが、そういうことだと思う。

ただし、どれが真相だか判別できない。何故なら、悪意の人ばかりでなく、善意の人たちによる陽動情報も無数に発信されているから。



国家的な陰謀は、情報を漏らした人は殺されるから、けっして暴かれることはない。マスコミが、ありえない結論を是認するなら、なんらかの真相があるはず。

9.11も、そして、3.11の背後にも…。

…てか。
posted by スポンタ at 06:09| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

相模原の惨事。

戦後最大の大量殺人だという。

抵抗できない弱者・障がい者をターゲットにしたことが醜悪である。

犯人は、コミュニケーション能力が皆無な者を抹殺したのだという。



とはいえ、私たちは、さまざまな考察をしなければならない。

単純に、人を殺したから悪い。などという思考停止に陥るようではいけない。

posted by スポンタ at 15:56| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

大橋巨泉氏、逝く。

テレビが「昼の演劇」であると、最近、理解した。
古代ギリシアにおいて、ギリシア演劇は、市民の義務であり、国体の一体感を醸成するためのシステムであった。

マクルーハンが言った「メディアはメッセージ」とは、「昼の演劇」性をテレビに感じたからである。

古代ローマでは「パンとサーカス」といって、大衆に食事と娯楽を与えていれば、統治は簡単と考えられていたようだ。

…そして、大橋巨泉氏。

どこまで、自分が、それに荷担していたのか。
それを理解していたのか。



彼が、セミリタイアとしたのは、薄々とそれを感じていたからだろう。

彼が、参議院に立候補したのは、それを感じていなかったからだろう。

結局のところ、彼は、何も理解していなかったし、していなかったからこそ、彼はテレビ界を席巻したに違いない。

彼の行動原理は、「明るく・明快な、アメリカニズム」。
彼は、「日本、アメリカ化計画」を実行した。



彼の人生によって、日本に何が起きたか、考察すべきである。

二元論は対立を生む思想であり、日本人の精神風土に似合わないことを理解すべきである。
posted by スポンタ at 11:58| 東京 ☔| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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