2018年03月10日

獺祭(だっさい)。

銘酒としてあげられるのは、
昔は、「越の寒梅」だったが、「久保田」だったり・・・。
今はなんといっても「獺祭(だっさい)」。



だが、「だっさい」と読めるだけ、まだマシであり、「だっさい」が何かを知る人は案外少ない。

私もその一人で、読めるだけで満足していた。



獺(かわうそ)の祭り。それがダッサイである。

獺は「自分が好きな食べもの」を、周囲に並べる習慣があるのだとか。
それがお供え物を並べる祭りのように感じられる。


小説家・太宰治の死んだ日を桜桃忌と呼ぶが、詩人・正岡子規の場合は獺祭忌。

病床の子規は、寝床の周囲に「自分の好きなもの」を並べていた。まさに、獺(かわうそ)と同じ習性。



お酒に「獺祭」と名付けるとは、なんとも奥深い。

一度も口にする機会はないが、どのような味がするものか・・・。

とはいえ、私の獺祭に加えるとしても、すぐに飲み干してしまうに違いない。
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2018年03月07日

「突然ですが、明日結婚します」を絶賛する。


日本のドラマの観客には、パワーユーザーがいない。

マスコミの論者のほとんどは、関係者のヒモ付きであり、「客観的な評価」を期待できない。

つか、「(思いつきに等しい)主観批評」を誇っている。
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2018年03月06日

忖度する私たち日本人。伊調vs栄。カーリング娘。

女子レスリングの栄監督に関するパワハラが話題になり、リオの金メダル確定シーンを、テレビのワイドショーで何度も見させられている。

伊調選手は、「世界一になった感情の頂点」で、監督と目を合わせるでもなく、日の丸国旗を受け取るだけ。

当時、彼女と監督の「軋轢」を知らなかったから、「誰も気づけなかった」。

・・・人間とは迂闊(うかつ)なものである。




さて、銅メダルを獲得した吉田姉選手は、ソチ五輪の現地で、北海道銀行を戦力外になるという異例の経験を持っている。事実は、事実。とはいえ、その背後に何があったのかを、誰も語らない。

だが、テレビ番組で、吉田姉選手は、次のように振り返る。

ソチ五輪後に吉田知は、チームを離脱。当時について「戦力外2014みたいな感じで、ちょっと力が足りず自由契約みたいな感じになって…」


だが、創設者の本橋選手が次のようなコメントを、


「4年前は藤沢も 中部電力 というチームに所属して、吉田知も 北海道銀行さん というチームで、ライバル同士だった」



藤沢スキッパーは、次のようなコメントを


中部電力 でソチに出ることが出来ず、もう1度、やり直そうと、地元に帰った。



気づいていただけただろうか。

中部電力には「さん」づけはなく、北海道銀行には「さん」が付いている。




ある時期。企業名に「さん」をつける理由が喧伝された時期があった。
※ 電通さん...etc.

私は、その理由を


・「(競合他社に対して)悪意の引用ではない」という宣言が、「さん」付けの理由であると結論した。




つまり、本橋ファウンダーは、北海道銀行に関して「悪意の引用ではない」と明言しなければならなかったが、中部電力には「悪意の引用の可能性はゼロ」だったから、「さん」づけをする必要がなかったのである。



言語力が巧みな吉田姉の「ちょっと力が足りず・・・」という発言をそのまま信じてはいけない。

私たちの本質は「忖度する民族」。

吉田姉も、LS北見のみなさんも、伊調選手の周囲のようなことはしなくて良い。
誰も口にしなくても、日本中の人たちが「分かっている」のだから・・・。

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山折哲雄(宗教学者)先生の遺言。



山折哲雄のインタビュー番組を観た。山折先生は現在86歳だという。

山折先生が国立の研究機関の長をつとめるなど周囲から尊敬されたのは、文献を渉猟するだけの学者ではなく、インドなどに出向き、フィールドワークや実経験を重ねたからだろう。

私が神秘学に興味を持った20数年前。何度かシンポジウムでの講演を聞いたことがある。

先生のフィールドワークという手法は、「宗教」を物語の世界に留めない。そう期待したのである。



だが、「孤独な修行」の中で「神秘体験」をしたであろうに、それを言語化・体系化しなかった。そのような物足りなさを私は感じた。

客席にいたカール・ベッカー教授は、「臨死体験」の研究者であり、同じく落胆していた。

「宗教的な神秘体験」と「臨死体験」には、多くの共通事項があるはずであり、二人は京都に暮らしていたのだから、共同研究も可能だったはず。


だが、それがなされたことを私は知らない。続きを読む
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2018年03月05日

TBSラジオ「久米宏のラジオなんですけど」

で、

「あなたは、保守ですか。それとも、革新ですか?」というテーマがあり、リベラル保守を提唱する社会学者(中島・東京工業大学)も出演していた。

久米氏によれば、「予想外の反響」で、投稿がことのほか多かった。のだとか。

運転をしながら聴いていたが、

「保守 vs. 革新」という対立軸が「古めかしい」「現在の状況に適合していない」という意見が多かった。

しかし、投稿者・久米氏・ゲストの誰もが明確な答えを出せずにいた。




私は、次のように指摘する。





「保守 vs. 革新」という対立軸は、モダニズム(近代・進化論)の時代の争点である。

1990年代以降は、ポストモダンの時代なので、「古めかしい・時代遅れ」なのである。




ポストモダンの時代とは何かといえば、「進化論ではなく、文化相対主義」。「主観ではなく、客観」の時代ということになる。



文化相対主義とは、「当事者たちがハッピーならばそれでよい」というスタイル。ブータン王国は、「経済的な繁栄ではない」にしても、「それでよい」のである。

ポストモダンの時代になり20年以上が建っている。
だが、民主主義・資本主義など、現代社会の根本的なシステムを否定することができないので、いまだに「モダニズム」の時代が続いているのである。
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2018年03月03日

ノブコプ吉村氏へのアドバイス。坂上忍氏の演技論。


MC俳優の坂上忍氏が、「芝居ってのは、芝居しないのが芝居なんだよ」と話しているのを、ノブコブの吉村氏が覚えていて、保険会社のコマーシャル出演の時に思い出したと発言していた。

「芝居ってのは、芝居しないのが芝居なんだよ」。
とのセリフは、禅語めいてカッコいいが、解題・解説してあけなければ、「有職故実を誇る」だけ。


−−−意地悪である。続きを読む
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2018年03月02日

「古代の宇宙人」を端的に解説する。

ヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」の解説を、新しい人にした。



このテレビシリーズの基本思想は以下である。



神話に登場する〈神〉は〈異星人〉。

古代遺跡をつくったのは〈異星人〉。




ピラミッドを作ったのは古代人ではなく〈異星人〉。
エジプトのファラオたちは〈異星人〉と人類の混血である。
重力は電磁波の一種であり、ピラミッドは、地球の重力を集めて、UFOに電磁エネルギーを供給する施設である。



私は、このシリーズのキャストたちが日本を取材した回を納得しない。



「古代宇宙人説」における人類の起源は「フェニキア人」とされる。
しかし、フェニキア人は、「バラサイト(寄生系)人類」の起源であり、日本人のルーツである「自給自足系人類」とは異なる。

自給自足系スピリットは、縄文・ケルト・アメリカインディアン・アボリジニ系。日本の歴史で「石器時代が極端に短い」のは、日本民族が「武器による他者支配」を嫌ったから。


「古代の日本語に、動詞がなかった」のは、「命令形による他者支配」を嫌ったから。
古代の日本人が「採集生活」をしていたのは、「農業による、自然の搾取」を嫌ったから。
さらに、「家畜制度は、奴隷制に通じる」から、肉食を禁じた。



この番組で取り上げる「フェニキアから始まる文化」は、「バラサイト系」であり、石器系。

番組では、「土器系文化(自給自足系)」の人類の起源を捨象している。それがこの番組の(隠れた)目的かもしれない。

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2018年03月01日

日本と西洋(世界)の本質的な違い。(オリンピック・相撲)

文化勲章を受けた数学者・岡潔氏(先日、佐々木蔵之介の主演でドラマ化)は、日本と西洋の本質的な違いを次のようにまとめている。

日本:真情(人と自然の喜び)
西洋:感情

日本:向上心(自分との戦い)
西洋:競争心(ライバルとの戦い)

日本:真如(真理はひとつ)
西洋:知識(知識は多い方がよい)




今回のオリンピックで、選手たちが平常心を保つためには、「競争心」ではなく、「向上心」が重要だと、選手・コーチたちのすべてが発言していたことは、「人間の本質」は「日本的なもの(向上心)」であることを暗示している。
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2018年02月28日

須藤凛々花さま。大学で哲学なんか、おやめなさい。

国民的なイベントで「結婚宣言する」など、勇気ある? 発言をしている凛々花さん。哲学科のある大学に受験し、浪人生活をするとか。

はっきり言います。

「哲学なんか、おやめなさい」。




世田谷区出身で、町田高校出身。私も世田谷区に住んでおり、同郷のよしみというのもあるので、本質的なことを指摘しておく。

・哲学とは、「存在論 + 処世術」で成り立っている。

哲学者たちは、「存在論」で人々を納得させることができないので、「処世術」で人々の気を引き、自分たちは「崇高である」との印象を周囲に持たせて、自己拡大をしているだけ。

プラトンやアリストテレスにしたって、「存在論」を証明できていません。
つまり、「何故、この世界はあるのか?」「自分は何なのか?」の問いに答えられない。




それなら、ヒストリーチャンネルで「古代の宇宙人(神話に登場する神々は宇宙人だと説く)」を観たほうが、よっぽど役に立つ。




凛々花さんが尊敬する哲学者が「ニーチェ」というのは、笑止です。

ニーチェの有名な言葉は、「神は死んだ」。これは、中世的な「キリスト教の神」に価値はないと達観したのであって、「キリスト教的な神」を信奉していない私たち日本人には、何の意味もありません。

つまり、
要素還元論を勉強していない人には、不確定性・複雑系の理論が必要ないのと同じ。

わかりやすく言うと、
アンチ巨人は、巨人ファンがあってこそ成立する。



ニーチェの言葉から、近代(モダニズムの時代)が始まって、「人間の思惟」が、「キリスト教の神」の代わりを務めるはずでしたが、「人間の思惟」の先に「この世界&人間の存在が証明される」という実存主義の目標は達成されませんでした。




ニーチェや、サルトルの言葉を引っ張り出して、人々を煙に巻きたい。そのために、哲学を勉強するなら、「目標」がはっきりしているのでよいのかもしれません。

しかし、「哲学」によって、人生を究めたいと思っているなら、「およしなさい」。



学生の基本は「過去の学問を継承すること」が前提であり、「自分の頭で考える」資格はありません。
日本人に「哲学者」が存在しないのも、それが理由。つまり、オリジナルな理論を提出できる「場」はほとんど存在しない。

マクルーハンは「アカデミズムは、活字が規定する」との名言を残していますが、「(活字化された)過去の学者の理論」の処理がアカデミズムの実相です。




さらにいえば、1990年代以降、モダニズムの学問は、すでに時代遅れのものであり、その中に、「哲学」も含まれます。

学問そのものが、「知識(の量)」を誇る体系であって、「本質」を追求することを目標としてはいません。



アイドルが「大衆を洗脳するツール」なら、アカデミズムも同じ。

「アイドルから哲学者・アカデミストへの転身」は、「通俗の極み」。


「あら・あら・・・」という感じ。

もし学ぶなら、「認知心理学」、「情報学」「文化人類学」あたりではないでしょうか。



私は、この結論に到達するのに、30年以上かかりましたが、同じ手間を若い人たちに負わせるのは可哀想と考え、このような記事を書いています。

エゴサーチで、須藤凛々花さん本人がこの記事を読むことはないのかもしれませんが、彼女のファンの人たちのお目に留まれば、それでよいでしょう。
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2018年02月26日

オリンピック選手の言葉は、先端精神医学の結果である。



冬季大会のメダリストたちのコメントは一応に、「関係者への感謝」「応援への感謝」がまずあり、ライバルたちへのリスペクトが続き、最後に、「ベストを尽くしたこと」を吐露している。

長野オリンピックで金メダルを取った清水保宏氏の当時のインタビューが素晴らしく、「ひょっとして、新興宗教の信者ではないか・・・」と疑ったこともあったが、そうでもない。

結局のところ、彼らのコメントは、競技者としての「平常心」を維持するための、「認知心理学」「精神医学」の研究結果に沿っている。続きを読む
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2018年02月25日

日本人にとって、オリンピックは小さな戦争ではない。

女子フィギュアーのロシア少女(ザギトワ・メドベージェワ)が、「スポーツは、小さな戦争」とインタビューで語った。

何も考えないでいると、「スポーツは、命の取り合いをしないだけの戦争」だと納得してしまう。

だが、それは間違っている。



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2018年02月24日

岡潔先生を扱うドラマ「天才を育てた女房」。

主演は天海祐希。岡先生は、佐々木蔵之介が演じる。

岡先生についての記事は、以下が詳しい。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/6251/kouen.html



結局のところ、昨年、アインシュタインの伝記ドラマを、ナショナルジオグラフィックがやっていたし、アラン・チューリングやホーキングの映画があったり、天才系の才能の伝記ドラマ・映画の一環で、岡潔先生がドラマ化されたに違いない。

ドラマは、岡先生の妻を主軸に展開していく・・・。



岡先生は、単なる数学者ではない。
晩年は、以下の境地に辿り着いたとか・・・。



感情=自分がうれしい、自分が悲しい
真情(日本の心)=人と自然の喜びを共に喜び、悲しみを悲しむ
 
知識=知識は多ければ多いほど良い
真如=真理は一つ(万物はつながっている)
 
競争心=人に勝って自分が喜ぶ
向上心=自分に勝って人を助ける




このブログの読者なら気づかれるだろうが、モダニズムの否定。ポストモダン論を岡潔先生は説いていた。



岡先生は、数学での業績を基に、真理に到達しようとしたが、その実際は、何のことはない「陰謀論」と同じ。

私は「陰謀論」に連なるが、京都大学の学籍やフィールズ賞の弟子もいないから、「無名」のまま、社会から無視された存在でいつづける。




岡先生は、数学者でありながら、最晩年の講義が「日本民族」だったのは、秀逸なエピソードである。




奈良女子大退官後、京都産業大学の教授となり、「日本民族」を講義した。

晩年の主張は超高次元の理想である真善美妙を大切にせよというもので、真には知、善には意、美には情が対応し、それらを妙が統括し智が対応すると述べた。一方で日本民族は人類の中でもとりわけ情の民族であるため、根本は情であるべきとも語った。また日本民族は知が不得手であるため、西洋的なインスピレーションより東洋的な情操・情緒を大切にすることで分別智と無差別智の働きにより知を身につけるべきと提唱している。さらに現代日本は自他弁別本能・理性主義・合理主義・物質主義・共産主義などにより「汚染されている」と警鐘を鳴らし、これらを無明と位置付け、心の彩りを神代調に戻し生命の喜びを感じることで無限に捨てるべきと述べた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%BD%94


この場合の「日本民族」とは、「自給自足系のスピリット」であり、ケルト・アメリカインディアン・アボリジニなどと同じ。

合理主義のアメリカだが、血縁主義が遺っていて、血族のルーツに、アメリカインディアンがあると尊敬されるのだとか。アメリカでも、「自給自足的なスピリット」へのリスペクトは、人々の心の底に残っている。
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2018年02月23日

久米宏氏は間違っている。


マスコミで発信力のある人が、間違っていることを言うのはマズい。

間違っていることが分かったら、誰かが訂正してあげないと、多くの人が誤解してしまう。

つーことで、この記事でも「間違いを修正する」。続きを読む
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2018年02月22日

日本代表になると「5枚の感謝状」を発行する。



フジテレビの番組『ジャンクスポーツ』で、日本代表の槙野選手が、日本代表になって行ったことを告白した。



感動したのは、「日本代表」には「感謝状とペナント」を発行するシステムがあること。

「日本代表になった選手」は、自分を育ててくれた指導者5人に「感謝状」を発行する。
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2018年02月21日

小柳ルミ子さんの正しさ。(インタビューとは何か)

彼女は、「インタビューではなく、彼に言いたいことがある」とはっきり言う。

私は、それこそが「コニュミケーションの理想型である」と認識する。




ビッドコインに限らず、私たちは「仮想(共同幻想)」を元に暮らしている。

だから、大竹まこと氏のインタビューの時のように、当人から、「それ、本当に聞きたいんですか? どうしても、というなら話してもいいですが?」と、計算高く問われると、(自分は強く思っていないから)返す言葉がない。

インタビュワーたちは、社会という「仮想」をもとに仕事をしている。そこを「狡猾な大竹氏」は突いた。
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2018年02月20日

蹴旅・小柳ルミ子さんの話を鵜呑みにしてはいけない。

年間3000試合を観るというルミ子さん。

彼女のすごいところはグルマン的(数・量を誇る)に観戦するのではなく、試合から「意味」。彼女の場合は、「選手の心理」を抽出しようとするところ。

とはいえ、「間違っている」ので、これをサッカー少年たちが信じるとマズイので指摘する。



正しくは、

サッカー選手は、「プレー&プレー以外」で、「自分がやりたいこと・自分の理想のサッカー」をアフォーダンス(意味を表出)せよ。

その上で、自分の選択(パスorドリブルorシュート)に説得力を持たせること。

具体的には、

練習では「すこし強引・傲慢」に。
試合では、「すこし控えめに・謙虚に」。

・・・ということか。
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2018年02月19日

アカシックレコードとは、宇宙意識である。

アカシックレコードは、人類のすべての記録・知識の集合体である。
「時間の概念」はないから、「過去・現在・未来」のすべてがそこにある。次元も越えているから、「宇宙意識」とも呼ばれる。



「閃き」「占い」「予言」・・・。

それらは、アカシックレコードの情報を獲得することだという。

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2018年02月18日

ダーウィンの「自然淘汰」では、「人間が毛皮を捨てた」のかを説明できない。


批判的読書・クリティカルリーディングが重要だと言われるが、「そうもしていられない」というのが現実。

たとえば、学校でも教えられるダーウィンの「自然淘汰」説。突然変異が起きて、「環境に適応してた〈種〉」がサバイバルしていく。

−−−だが、それだと、人類が「なぜ、毛皮を脱いだ」のか。「衣服が必要になったのか」を説明できない。


※ 聖書では、「神は自分に似せて人類を創った」というが、神は宇宙人なのだろうか。
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2018年02月15日

NHK−Eテレ「ヒトの秘密」の意味不明・・・。

http://www4.nhk.or.jp/diamond-hakushi/

かつて、
マイケル・サンデル教授が話題になったが、今回は、進化生物学者ジャレド・ダイアモンド教授だという。

番組紹介サイトでは以下。


世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』で知られる進化生物学者ジャレド・ダイアモンド博士が、アメリカ・ロサンゼルスで、若者向けに行った特別授業を12回にわたって放送。ヒトと動物の違いと共通点に注目し、言語やアートの本質、夫婦の不思議、そして、なぜ人間の間で格差が拡がってしまったのかを考える事によって、環境破壊や、戦争と大量虐殺など人間が抱えている問題について、解き明かしていく。

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2018年02月11日

映画雑誌「映画芸術」のベスト10・ワースト10が発表された。

というのが話題になるのがおかしなことで、このランキングは、編集長の荒井晴彦氏(シナリオライター)の個人的事情の反映・ルサンチマン(怨念)でしかない。



荒井氏はともかく、

クリエイターは、「自らの主観・感性」を誇り、

映画会社は、「商業主義」に徹する。

その二つに接点はない。




結果、「興行的な成功」を志向するクリエイターは、同業者たちから批判され、「難解」が評価される。

だが、「難解な作品」は多くの場合、「意味不明な作品」。求められるべきは、「難解さ」ではなく「深さ」である。続きを読む
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