2015年08月18日

今一度、水嶋ヒロ小説家を思い出そう。

2010年11月に、私は次のような記事を書いている。



岩井志麻子嬢、水嶋ヒロ小説を語る…。小説とは何か。

http://sponta.seesaa.net/article/173721572.html



水嶋ヒロ君の不明を思う…。

http://sponta.seesaa.net/article/173912006.html


水嶋ヒロ氏の小説は、加護ちゃんのジャズボーカルか…。

http://sponta.seesaa.net/article/173673204.html




前回は、ポプラ社という弱小出版社で起きたが、今回は、日本の文壇の中心で起きた。



今回の件につき、東京大学の表象学科の学者や、小説家の養成講座の講師などに話を聞いてみたいが…。
posted by スポンタ at 12:53| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月08日

広告の時代は終了したか…。

娘が面接を受けてきて、「広告の時代が終了したか…」につき、なんとなく、「そう思う」と答えたので、解説した。
続きを読む
posted by スポンタ at 11:33| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月23日

表象とは何か…。

午後の教室で、危険をも顧みず、男性友人に癒し的な行為をした女学生が窮地に立たされている。男性の立場からすれば、心優しい彼女を愛でるべきであって、批判すべきではない。と考える。

なんてことを思うのだが、彼女が所属する学部が「表象文化学部」である。
そこで、そのサイトを覗いてみると…。

続きを読む
posted by スポンタ at 10:13| 東京 ☔| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月20日

同志社大学 TWITTERで検索…。(同志社フェラカモ事件)

私は「サイバージャーナリズム論」という共著本もあり、ウェブ・コミュニケーションを研究している。

*

詳細は書かないが、「同志社大学・TWITTER」で検索すれば理解できると思う。
続きを読む
posted by スポンタ at 06:48| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月13日

グレースマーヤホールのこけら落としに行く。

娘に関連して、娘のリアルコミュニティーに影響しかねないので、固有名詞で記事を書かないようにしている。
とはいえ、多くの人に知ってもらいたいので、あえて書く。
続きを読む
posted by スポンタ at 05:05| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月05日

背後霊のバックアップ。

守護霊という人がいるが、人間を守れる程の力を持っている霊を持っている人は少ない。だから、背後霊というのが正しいと思う。

唯物論者の人は笑ってやり過ごしていいが、人間には、30〜50体の霊がまとわり着いているのだとか。…小説「2001年宇宙の旅」の冒頭にも、そんなことが書いてあったっけ。

葬式に葬家として親類が特別な意味を持つのは、その背後霊を共有する人たちという意味が強いのではないか。続きを読む
posted by スポンタ at 13:12| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

分かりやすい武道の定義。

先日、剣道の国際大会があり、その判定に、かの国のウェブが反応しているという。

以下、YAHOOのコメントから引用。続きを読む
posted by スポンタ at 06:19| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

ルネ・マグリットの革新性について…。

一般の画家は、「どう描くか」で、画家としてのアイデンティティーを主張した。
しかし、マグリットは、「何を描くか」で、自己を誇った。


さらにいうと、「何を描いたか」という画家の問いに対して、観客は「何が描かれたか」を鑑賞するのが本道だろう。

それを、形而上的(メタ)に解くことが必須であり、形而下的(リアル)になぞることに意味・価値はない。

とすれば、マグリット作品の鑑賞において、観客は、従来の「感覚知(身体知)」で鑑賞するのではなく、「形式知(意味)」として鑑賞しなければならない。

マグリットの作品が観客に強いるのは、「作者が作品に託した意味」ではない。マグリットが作品で示したのは、作品の「構造」。したがって、観客は、「メタ鑑賞」をしなければならない。
続きを読む
posted by スポンタ at 21:14| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月28日

殺される人・殺されない人…。

最近、ウェブ広告で「誰も言わない明治維新の真実」がよく乗っかってくる。一度興味をしめして、クリックしたら、履歴が残ったのか、別のサイトを見ていても、広告が載ることが多い。さらに、Googleで検索をかけても、広告でよく出会う。
続きを読む
posted by スポンタ at 08:55| 東京 🌁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月23日

面接対策…。

ここ数日、娘が、ある奨学金の書類審査に合格し、二次審査の面接に向けて、対策をディスカッションしてきた。

基本ラインは、「いままでの経歴」を、コンピテンシー的な実績となるような「ナラティブ(物語化)」を試みること。

その項目たちの重要度のランクづけ。


それらによって、「自分の経歴」を誇る嫌味を軽減できる。
続きを読む
posted by スポンタ at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月18日

映画「ハンナ・アーレント」解題。

娘の大学の研究会の課題になったハンナ・アーレント。
教授は、映画もあるよと紹介したので、私も観た。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

何の知識もない大学生に、分かるはずもない。
つか、岩波ホールで、久しぶりに満員になったというが、この映画を理解した観客がどれほどいたのか?

映画の公式サイトにある、ハンナ・アーレントに関する解説で、何が分かるというのか…。
続きを読む
posted by スポンタ at 21:56| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月11日

親離れ・・・。

このブログの読者なら理解するか、はたまた、呆れるかもしれぬが、私は、娘の大学の授業の塾講師のようなことをしている。
勿論、その理由は、私の研究分野に、娘が飛び込んできたからである。00年代に、共著本が一冊出ているだけで、何の成果はない。

娘が大学に進学するにあたり、私は研究内容を解説し、理解させた。なぜなら、それは、「インターネットにおけるコミュニケーションの研究」だから・・・。

インターネットは、Googleの時代から、SNSの時代に移行しており、私の研究の社会的な価値は、決して低くはない。とはいえ、私の研究が真実を含んでいるとしても、それはアカデミズムとの親和性は極めて低い。

そして、大学1.2年で娘が理解し、大学という場で、自分の意見として発表してきた。しかし、いまだ、娘の研究を理解する人も、価値を認める人も皆無である。続きを読む
posted by スポンタ at 22:56| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月09日

ジャズという音楽があるのではなく、ジャズな人がいるんです。

とは、ヨルタモリの東北のジャズ喫茶のマスター吉原さんの言葉。
吉原さんのモデルは一関のジャズ喫茶のマスター・菅原さんである。私と娘は、ブルーノート東京の開場前のドア近くで、そわそわする菅原さんを目撃している。
勿論、当日の出演は、カウントベイシー楽団である。

菅原さんは、早稲田大学ハイソサエティーオーケストラのドラム出身だが、タモリ氏はダンモ(モダンジャス研究会)の出身である。
娘は、縁あってその50周年記念コンサートを観に行った。その記念コンサートの司会は、娘の高校の大先輩であり、メインゲストは娘の先生である。

コンサートのパンフレットで、タモリ氏は、「ジャズの素晴らしいところは、音楽が誕生する瞬間に立ち会えること」と指摘する。続きを読む
posted by スポンタ at 22:21| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月08日

セマンテック・ズームの必要性。

菊地成孔氏と町山氏の論戦を、ちょっと遅れ気味に観戦している。

http://www.kikuchinaruyoshi.net/2015/04/22/町山さんに激敗-笑/

結論を言えば、誰かが「まとめサイト」を作ってほしい。
続きを読む
posted by スポンタ at 20:40| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「セッション」につき、菊地成孔氏の批評は、間違っている。

菊地氏は、「いまからでも、アメリカに行って、ジャズの現状を正したい」。しかし、英語ができないからもどかしい。と発言している。

その後、菊地氏は、町山氏と映画論・作品論に終始しているが、「本質的な問題」は、主人公のふたりが「速く演奏すること」・「合わせること」がジャズにおいての理想・目標である。と認識していることであろう。


しかし、これは大間違いである。

日本でも、「速く演奏すること」&「合わせること」が理想・目標と認識されている。

ならば、菊地氏は、アメリカになど行く必要はない。

夏の「山野学生ビッグバンドコンテスト」に行き、「(かつての国立音大のような)速く演奏するバンド」のステージと審査員に向かって、中指を立てればいいのだ。

続きを読む
posted by スポンタ at 05:12| 東京 ☁| Comment(2) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

元LINEの森川さんの至言。

あるイベントで、学生から、「これからの面白いコンテンツって何ですか?」という質問に対して、彼は、

「もうコンテンツというパッケージで見るのが古い。関心がある人がリーチできるかどうかが勝負。可視化するか否かで、コンテンツになるのか、単なる出来事で終わるのかが変わる。

と答えたという。

さすが、LINEで日本中にその名を知らしめた人である。
続きを読む
posted by スポンタ at 06:56| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月17日

田原総一朗氏の誕生日に集まった面々…。

障害者ベストセラー氏、金髪つだる氏、他の人たちが集まったという。
娘の後輩であるウェブ有名人学生も、「錚々たるメンバー…」との感想を語っている。
続きを読む
posted by スポンタ at 06:43| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月12日

この国のかたち(5)

6. 日本のオリジナリティ。
日本のオリジナリティは、極めて厳しい「現実主義」であり、それは、縄文に起因する。
縄文スピリットの確信は、西欧の近代が捏造したさまざまなコンセプト(個人主義・人道主義・唯物論・現世主義・二元論)を価値なきものにする。
つまり、日本こそが、脱構築であり、フランス現代思想を現実化したもの。サルトルの学問が、禅とほとんど同じだということは、そういうこと。

7. 日本語
現代日本語には、終止形はない。なぜなら、鎌倉時代に日本語の転換期があり動詞の活用において、終止形は連用形を借用するようになったから。この背景には、日本人が「言い切ること」を嫌う心理があると想像できる。
現代人の若者言葉でも、「・・・じゃね。(言い切らず、疑問形にする)」「・・・みたいな(言い切らず、形容にする)」等、文末をぼかすことで言い切らない慣用表現が多く生まれている。
ハイコンテキストなコミュニティーでは、「自分の意見が、他人と異なる」と異分子として追放される。そのため、「自分の意見」を言わない・誇示しない慣用表現が多い。
一時期流行した「私の独断と偏見によって・・・」という慣用表現が、「自分の意見を孤立化することで、摩擦を避けよう」という心理の表れである。
お笑い芸人の「もしかしてだけど、もしかしてだけど・・・」という歌詞も同じ。かつてのお笑い芸人・ギター侍は、さまざまな批判を述べたあと、自虐したあとに「切腹」とさけぶことで、心理的な摩擦を抑えていた。
*
民間の研究では、古・日本語には、動詞がなかったという。その理由も、同様で、「命令形」で他者と摩擦を起こしたくない心理があると思われる。
長年連れ添った夫婦の会話で、よく言われるのは「風呂」「飯」「寝る」だという。ここには、命令形はなく、女房が「やらなければ、自分が支度する意思」を示している。老夫婦の「寝る」には「同衾する」という意味を含まないので、さしたる準備はいらないから、動詞なのであろう。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月11日

この国のかたち(4)


4. 自給自足系の文化で、国家として成立しているのは、日本だけである。
縄文文化は、弥生文化に侵食されてしまったが、その精神は、日本人のスピリットの中でサバイバルしている。
3.11の大災害の中で、パニックが起こらなかった・利己的な行動が少なかったのは、その証明である。

5. 貨幣経済と闘ってきた日本社会。
鎌倉時代にすでに納税の過半は貨幣によっていたという。しかし、悪貨は良貨を駆逐する。そこで、持ちいれられたのが、米本位制である。
戦国時代が訪れたのは、下剋上の世の中になったのではなく、貨幣経済により家父長制が崩れたのである。
父に従っていれば、生涯安泰の時代は終わった。そこで、お金を集め、鉄砲を買い、武力で隣国を支配して、サバイバルする時代となった。賽銭箱を始めたのが信長だというが、分かりやすい。この時代に、ザビエルが来日していることは印象的だ。

戦国時代を終了させた家康が、「米本位制」にこだわったのは当然のことであり、その結果、200余年の江戸時代の安逸を訪れた。米本位制であれば、諸外国の影響は最小限に抑えられる。
しかし、ペリーがやってくると、そうもいかない。アヘン戦争の中国のようになってはいけないと、幕府は開国し、薩長派閥体制による明治政府がスタートした。そして、日本の経済は外国勢力に蹂躙される。そこで、西郷隆盛は米本位制を提唱するが、西南戦争の露と消える。
明治以降、世界恐慌をはじめとして、日本経済はさまざまな痛手をおってきた、その最大のものが、第二次世界大戦であり、バブル経済とその崩壊である。
さらにグローバル化がすすむ時代の中で、世界経済に内包されることで、日本が世界経済を好転させることを期待したい。
posted by スポンタ at 20:34| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月10日

この国のかたち(3)


3. 大和朝廷の公用語は、中国語だった。
とすれば、「大和朝廷は、大陸人(中国人・朝鮮人)に牛耳られていた」とみるのが自然である。つまり国家の中枢は、異国人であり、奴隷たちが、異国人のために異国語を使って公用文書を作ったのである。
しかし、日本は、そのままではなかった。その後、日本語が公用語となっていく。アメリカインディアンの言葉が、アメリカの公用語になることはないし、アフリカでも、部族語が公用語になることがないから、これは異例のことである。
私が想像するに、異国人たちは「日本に同化すること」を強く望んだのであり、それほどまでに「日本の文化・伝統・習慣」に妥当性があり、魅力的だった。
平安時代に日本を支配した藤原家の起源の藤原鎌足は、南朝鮮の王子だというが、彼が朝鮮のやり方に固執したという話は聞かないし、藤原道真にしても、「故郷に錦を飾る」ような感覚はなく、日本人としての人生を謳歌したようである。
本来であれば、レコンキスタとばかりに、朝鮮半島に進軍するだろうに・・・。
それほどまでに、日本は特異であり、魅力的なのだ。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0