2017年11月28日

4K映像の使い道。

高解像度の4K映像が登場し、最近では8Kもあるという。

仕事に関連して、娘が理解していないので、以下に解説した。続きを読む
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2017年11月16日

一眼レフデジカメを買う人って、どうなの?

娘の友人一眼レフデジカメを買ったので、説明しようと思ったが、実はよく分かっていない。

というか、一眼レフカメラというのは、ファインダーとフィルム面の視差(パララックス)がない。つまりは、「のぞき窓で見た画像」と「違う画像」が撮影されてしまうということがないので意味があった。
だが、もともとデジカメには視差はない。

さらにいうと、最近のレンズは進化していて、交換レンズを必要としない。ズームで十分といった感じ・・・。
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2017年11月07日

市民参加型ジャーナリズムについて考察する。

【結論】

・ジャーナリズムは「集団知」に過ぎない。
・「集合知」であるには、市民が参加することが不可欠。
・〈市民参加型ジャーナリズム〉の存在しない民主主義は、ありえない。
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2017年11月03日

清宮幸太郎君の教育に関連して・・・。

NHKの番組で、高校野球の3スラッガーに関連して、昨今の高校野球指導に関連するドキュメンタリーがあった。

過去のスパルタ的な指導法は消え失せ、選手たちの自主性を重んじる指導になっているというのが、番組の主旨か・・・。

素直な大人たちが、これが指導のあるべき姿と勘違いするので、指摘しなければならない。

やはり、「守・破・離」だと思う。
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2017年10月14日

スポンタのスタンス。


メディア批評サイトに投稿してみたが、なかなか掲載されない。
投稿してから数週間が経つので掲載を諦め、このブログにアップすることにする。

投稿は、メディア批評サイトの主催者の方の記事を批判したことから始まるから、厭まれたに違いない。

最近、同氏が「フジテレビのお笑い特番」が〈新味に欠ける〉との記事をあげていた。彼は放送作家の重鎮。発信者側の感覚に囚われていると私は感じている。


http://mediagong.jp/?p=23984

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2017年09月14日

「音楽はすべて1拍子」は間違っている。

と、高校時代の恩師の言葉を否定したのは、先生が亡くなられて3ヶ月後のことだった。

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2017年09月07日

Dream Jazz Band、日野皓正、中学生たちの音楽の背景。(その1)

ドリームジャズバンド。約して、ドリバンの話である。

私の娘は、話題のワークショップの5回生(2009年活動)だった。したがって、現在の活動とは遠いところにいる。だから、今回の話題について、具体的なことは一切知らない。



しかし、今回の事案の背景には、ジャズだけではない、日本の音楽教育に根本的な問題があり、日野氏と中学生ドラマーは被害者であると考える。

今回は不本意な話題で注目されてしまったが、この機会を捉えて本質的な問題を解決することを期待したい。
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2017年09月06日

日野皓正氏は教育者ではない。芸術家である。

日野門下のドラマー・力武誠氏は次のように言う。

「みんなのことを思って叩く。そうすれば、結果として目立つ」


この言葉は、2009年の演奏会が終わってから、ドラムパートのメンバーの保護者である私が、直接聞いた言葉である。

起きたことの背後に何があったのか、私は知らないし、文春がアップした中途半端な映像からは何も分からない。

しかし、「ことが起きてみる」と、日野皓正氏にとって、このステージが「教育の場」などという生半可な場所ではなく、「本気の芸術の場」だったことが明らかになった。さらにいうと「友情」の場であった。

ここにこそ、世田谷区がこの活動を続けている価値・意義がある。


「人を育てる」ことは生半可ではない。
ステージという誰もが観ている場所で、日野氏がそこまで追い詰められたの哀切である。

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2017年09月05日

Real Soundにアクセス。

こんなメールを打った。

Real Sound

http://realsound.jp/movie

◇     ◇     ◇

はじめまして。ブロガーのスポンタ中村というものです。

10年程前に、「サイバージャーナリズム論」(ソフトバンク新書)の共著本が出たっきり、メジャーな活動は実現していないブロガーです。

先日、「メディアゴン」というサイトから寄稿があり、ウェブサイトに原稿を書くことで、メジャーな活動を目指すこともできると知り、Real Soundさんにメールを差し上げております。



私のブログのテーマは、「客観的で、妥当性のある評価」を「形式批評(評価基準を明確にした評価)」で実現しようというものです。
そのメソッドはブログにアップしています。

http://sponta.seesaa.net/article/453088838.html#more



貴サイトでは、「映画シーン分析」「ドラマシーン分析」「ディレクター分析」「アクター分析」「アニメシーン分析」などが行われているようですが〈分析ツール〉が標準化されていないため、実際に記事を読んでいくと、私には、「主観批評」「印象批評」との印象を禁じえません。

プロ野球の元監督・野村克也氏は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と、偶然に勝つことはあっても、偶然に負けることはない。負けには明確な理由があると発言しています。

映画・ドラマも同様であり、プロモーションやスポンサーの影響で、「たいして面白くない作品」がヒットすることもあるものです。
しかし、「面白くない作品」がヒットしていると、マーケット全体が縮小していきます。評判を聞いて映画館に行ったが、期待を裏切られた。最近は、そんな作品ばかりです。


そこで、私は、「面白い作品」の条件を明確に定義することを目指しました。
その過程で、評価には「分類」することが重要であり、カレーライスを酸っぱいカレーライスとして評価・吟味してはならないということを確信しました。



「良い演技とは何か」。これを明確に定義する人は、現在、存在しません。その理由は、芸術において、「創作者も鑑賞者も、オリジナルな個性が重要である」というモダニズムの考えがあるからです。

しかし、1990年以降は、ポストモダンな時代。そろそろ、「芸術に関する吟味」の〈標準化〉を行うべきであり、そのトレンドの発信源として、Real Soundさんになっていただけないかと思った次第です。

よろしくお願い申し上げます。

           スポンタ中村。



最近の私の原稿。

http://mediagong.jp/?p=23633

http://mediagong.jp/?p=23707

 ◇  ◇  ◇ (^.^)/〜〜〜
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2017年08月29日

メディアゴンに記事が掲載される。

日本放送作家協会の理事さんがやっているサイトから原稿依頼がきたので原稿を送ると掲載された。

http://mediagong.jp/?p=23633

http://mediagong.jp/?p=23707


投稿者の自己紹介には次のように書いた。


マスコミが「ネガティブ情報&比較情報」を発信・流通できない現状に嘆き、ウェブからのイノベーションを模索している。
テーマは「プロフェッショナルの暗黙知の形式知化」「形式批評(評価基準を明確にした吟味)」。

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2017年08月19日

ウーマンラッシュアワー・村本氏、「朝まで生テレビ」で発言する。

途中から観たが、芸人・村本は頑張っていたと思う。

番組の一番最後に、「対話は重要だ」とコメントをねじり込んだのは立派だ。

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2017年08月11日

私が、映画・ドラマの〈評価基準〉に取り組んだ理由。

韓国ドラマをザッピングしていたら、中年女性が喧嘩をしていて、「あなたも私と同じ経験をしたら、同じ性格になっているわ」と毒づくセリフがあった。
武田鉄矢が書いた歌詞「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから・・・」は嘘っぱちである。
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2017年07月26日

劣悪なヤフーニュース

『黒革の手帖』歴代・元子役と徹底比較 武井咲演じる今の悪女がいい理由

https://thepage.jp/detail/20170725-00000004-wordleaf?utm_expid=90592221-74.59YB6KxJS6-oVPGhgabD7Q.0&utm_referrer=https%3A%2F%2Fthepage.jp%2F

には、以下の記述がある。続きを読む
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2017年07月23日

長尾真先生のインタビューを聞く。

車で運転している時、FMで放送大学の講義を聞くことがある。

先日、スイッチをつけたら、「自然言語処理」の最終回で、ゲストに元・京都大学学長・元国会図書館館長の長尾真先生が出演されていた。続きを読む
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2017年07月21日

叙事詩的な作品「シン・ゴジラ」

CATVで「シン・ゴジラ」を観た。

ウェブ評では、日本の意志決定の脆弱さが表現されている。アメリカにいまだ支配されていることが示されていて、日本人として情けないとか・・・。

しかし、実際に観ると、そのような評は間違っていることが分かる。

この作品は、アンチドラマであって、そのような日本に対する批判精神で「ゴジラの首都来襲」を描きたかったのではない。

叙事詩的に「ゴジラの首都来襲」を描きたかったのである。



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2017年07月19日

「演出家・蜷川幸雄氏の”イケメン俳優論”について」について。

小栗旬氏の周辺に関して、蜷川氏の情報に辿り着いた。以下に引用する。

朝日新聞デジタルに掲載された蜷川幸雄氏のエッセイ『演出家の独り言・イケメン俳優人気への憂い』が各所で大きな話題を呼んでいます。内容は表題そのまま、昨今演劇界にも大量に進出してきた”イケメン俳優”と彼らの人気への憂いを語ったものなのですが、このエッセイを読んだ観劇女子やイケメン俳優推しの女性達からは辛辣なご意見も噴出している模様。

曰く「チェーホフや三島を読んでいない事がそんなに悪いのか」 「真面目に稽古をする事こそ大事」 「サイボーグなんて超失礼」などなど。

うーん、気持ちは分かる、分かります。私だって自分が応援している俳優さんを”サイボーグ”や”マネキン”という単語で一括りにされたら悲しいし腹立たしい。相手が「世界のニナガワ」であることを忘れて斜め上から灰皿ブーメランを飛ばしてしまいそうです。

https://allabout.co.jp/gm/gc/448795/all/



蜷川氏の言うことに、私は100%同意する。
しかし、「チェーホフや三島を読め」というのは違うと思う。

したがって、以下のように、解説してあげるべき。

つまり、チェーホフや三島を読んだところで、イケメンたちは、「何も分からないだろう・・・」ということだ。

田中角栄氏は、「将来分かることなら、今のうちに教えておけ」と子供たちの反発も恐れずに教育したという。

それをして思えば、



「チェーホフ劇のような、緻密で濃密な人間心理を勉強せよ」。つまりは、最近の商業作品のほとんどのキャラクターは一面的であり、深みがない。そのような役ばかりをやっていては、演技が薄っぺらになってしまうぞ。
と、解説しなければならない。

何も、チェーホフに限らず北欧室内劇的な作品。たとえば、ウッディ―・アレンでも、イングマール・ベルイマンでも良い。


三島に関していえば、「私たちは日本語で表現している。さらに、戯曲の背後にあるのは日本文化の伝統である。つまり、セリフの裏には、日本語の伝統があり、日本の文化がある。それを意識しながら演技しなければならない」。
つまりは、洋物ばかりやっていると、言語の深さを踏まえた演技ができない。そもそも、日本は、「文化的な等質性が高い(ハイコンテキスト)」であって、アメリカの「文化的な等質性が低い(ローコンテキスト)。他民族の文化の寄せ集まりとは異なる」ことを認識しつつ、演技すべきである。

何も、三島に限らず、向田邦子のシナリオや、宇野千代の小説「おはん」を読んでもいい。




三島を読め。チェーホフを読めでは、自らの叡知を誇るだけであって、実利はない。
というか、若い人たちが、チェーホフや三島を読みこなすことができなければ、効果がない、意味がない。

要は、現場の要請に従うだけでは、薄っぺらな演技になってしまう。
演技とは、もっと多様な意味を含んでいるものである。


てことなんだけどな。



記事は、次のように締めくくられている。

確かに三島由紀夫やチェーホフを読まなくても舞台には立てるし、キラキラした世界を女子に魅せる事も出来ます。外見が美しいというのはある種の正義。でも”イケメン俳優”というざっくりした枠から抜き出て、舞台の中央に1人で立てる俳優になるには自分だけの武器を身に着けなければいけない。その1つが「教養」ではないのか。


なんとも、訳が分からない「まとめ」。

蜷川さんは、もっと具体的に危機感を感じていたのだと思う。

 つまりは、「ダメな演出家の、ダメな指示にしたがっているだけじゃダメだよ」
「オーケストラの団員は普段も個人練習をしている。リハーサルは指揮者の意図をくみ取る場所であって、個人練習の場じゃない。では、俳優はどうかな。セリフを覚えれば稽古は終了という訳じゃないよ」・・・と。


イケメン俳優たちが、チェーホフや三島を読めば「良し」。

読まないにしても、自分の演技に何が足りないかを知ることができる。それでいい。

まず、何がダメか。何が足りないかを知っていれば、少なくとも「人気に慢心すること」はない。


追記:

まとめで「舞台の中央に1人で立てる俳優」と言っているが、これが実は難しくて、「芯」になるということ。つまり、あまりいろいろなことが分かってしまうと、「芯」がぶれる。

一筋縄ではいかない世界なのだ。













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2017年07月07日

海老蔵一家、ディズニーランド批判。

母を亡くした一家が、ディズニーランドに行くことに、ウェブでは批判があるのだという。

喪に服せということか。

ふつうの家なら、法事もつづくし、それどころではないということかもしれぬ。

だが、かの一家はマスコミに注目され、7月には史上最年少宙乗りもある。そもそも喪に服すことなど不可能なのである。

ならば、静かに心を落ち着かせるのではなく、ディズニーランドに行って一気に気分転換することも効果的であるに違いない。



ここで気がつかなければならないのは、そのようなウェブ発言の大部分は、「日本の求心力」を削ごうとする異分子たちの活動だということだ。

詳しくは、「スイスの民間防衛に学ぶ」と、検索をかけてみれば理解できるだろう。
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2017年06月25日

日本をアップデートするには。

今の時代の一番の問題は、すでにモダンの時代は終わっていて、ポストモダンの時代なのに、モダンの価値観にしがみついている大人がことのほか多いことです。

モダンの本質は以下のふたつ。

・主観(思索する個が、すべての起点)
・進化論


しかし、主観がすべての起点というのは、無理があった。
ドイツ観念論や実存主義は、神の代わりに、存在を証明する学派でしたが、その証明は未完に終わりました。

進化論が間違いというのは、ソ連の崩壊で証明されました。

哲学とは、宗教に代わってこの世の中の「存在」を証明するための学問です。
ニーチェが「神は死んだ」と発言しても、人類が、「ここはどこ?」「私は誰?」という問いから解放されることはありません。
それが哲学の本質であって、「よりよく生きる」ことは、その追求から生まれた副産物でしかないのです。

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2017年06月24日

娘の友人へのメール。

出版界は不況で、紙媒体に未来はないといわれていますが、それは嘘です。

2005年前後、ウェブにより劣勢になったワシントンポストは、紙媒体は将来無くなると悲観的な未来を予想しました。
一方、日本は宅配制度があるから大丈夫などと言う人もいました。
しかし、それは間違いです。

ワシントンポストは、紙媒体だから衰えるのではなく、オーソライズするブランドの力があるので、今も存続しているのです。

つまり、ウェブにはオーソライズするブランドが存在しない。
そこにこそ、出版社がサバイバルできる理由があるのですが、なかなかそれが理解されていないようです。

出版人たちが絶望してしまってポピュリズムに負け、有名芸人・又吉氏のおもしろくもなんともない作品を絶賛する。
専門家が、だめな作品を絶賛したら、素人は、メディアそのものに魅力がないと勘違いするのは、当然です。大人と違い、若い人たちの鑑賞歴は乏しく、価値観を確立していないのですから。

それが出版界が低迷している原因です。(ウェブの2ちゃんねるでは、それが指摘されています)

しかし、又吉氏のブレークをおもえば、出版社がオーソライズするパワーを持ち続けていることは明らかです。

中学生の藤井君が連勝を続けて、世間から将棋界を注目させたように、若いスターが出れば、出版界も復活できるに違いありません。
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2017年06月22日

拡大再生産なんて嘘。

Wikipedia によれば、

拡大再生産(かくだいさいせいさん、英: extended reproduction)とは、マルクス経済学において、剰余価値の一部、またはそのすべてを資本家の消費に支出することなく、資本に転化して蓄積することによって生産規模を拡張し、再生産を行うこと。対義語は単純再生産。


しかし、ディビッドアイクによれば、

マネーのエネルギーは労働として等価交換された場合はバランスの良い流れとなるが、彼らは「利子」や「信用」といった概念を金融システムに組み込み、マネーを初めから「債務」とすることで一般大衆のエネルギーを吸い取っている。エイブラハム・リンカーン大統領は私立銀行に依らない、政府自身による無利子のマネーを発行し始めようとしたため、彼らにより暗殺された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AF


ま、そんな感じ。

企業は、〈拡大再生産〉によって成長していくのではなく、銀行・金融市場からえた「信用」をもとに〈資金〉を調達して、成長していくのです。
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