2021年01月16日

「うちの娘は彼氏が出来ない」の感想。

まず、「良い・悪い」「おもしろくない・おもしろい」の定義をしないとね。これを参考に・・・。

【sponta中村のOZ理論】

映画・ドラマの「客観的で、妥当性のある評価基準」(2020.07.17)



評価の実際 & 例外。(2020.07.17)



つーことで、第1回の感想・評価。
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2021年01月15日

「オーマイボス! 恋は別冊で」の感想。

「義母と娘のブルース」(2018.TBS)を年末に見て、上白石萌歌に魅力を感じたので、「オーマイボス! 恋は別冊で」を観たが、上白石違いで、姉の上白石萌音だった。

(妹・萌歌が第7回東宝シンデレラでグランプリ。姉・萌音は審査員特別賞だったから、ルックスは妹の勝ち? )


ドラマ情報は以下。



つーことで、感想。

私は印象批評・主観批評を排して、客観批評・形式批評(評価基準を明確にした評価)を行っている。

委細は、こちら

【sponta中村のOZ理論】

映画・ドラマの「客観的で、妥当性のある評価基準」(2020.07.17)



評価の実際 & 例外。(2020.07.17)



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2020年12月29日

「麒麟が来る」は、歴史を捏造している。(光秀はヒューマニストではない)

作家・堺屋太一氏は、「経済小説をなぞらえて、戦国を描くのもあり」と豪語していた。

休日を憩うサラリーマンが、「日曜8時の歴史ドラマで月曜からの仕事への触発とする」なんてことだろう。
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2020年12月28日

韓国映画「隠された時間」は、時をかける少女を超える。

spontaは、嫌韓派である。近代から現代にかけて、かの民族が日本に何をしてきたか。彼らの教育が何をして、国際社会で何をしてきたかを問題視する。

だが、是々非々のなので、韓流ドラマを愛でる。


この間、CATVで「隠された時間」(2016年、韓国)を観た。

タイムスリップ系青春映画の傑作である。
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2020年12月21日

韓ドラにはまった百田尚樹氏へ。(韓ドラの要点)


お騒がせ放送作家・百田氏が韓ドラにはまったというので、韓ドラの要点。日本のドラマとの違いについて要約・解説する。

会話体(パロール)なので、閲覧諸氏も本質をつかみ取るために参考にされたし。
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2020年12月18日

「ダンスウィズミー」は失敗作である。

「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」で知られるTBSの演出家・鴨下信一氏は、

「最近のドラマにはアンタゴニスト(対立関係)が足りない」

と、週刊フジテレビで発言した。


2010年にはTBSの競合局であるフジテレビの自己批評番組『新・週刊フジテレビ批評』に出演し、現在のドラマに見受けられる「"前回のあらすじ"がない」、「出演者の"年齢ギャップ"」、「"自閉的"キャスティング」、「"貧弱する"脚本」という4つの問題点を挙げ、「原点に返って、対立がちゃんとあって、テーマがハッキリしているドラマらしいドラマを作らなければダメ。各局だけで考えず、ドラマを作っている人たち全員で考えないといけない。」と語った[6]。



世界的な巨匠・小津安二郎監督の遺言は、

・「映画はアクシデントではない。ドラマだ」

である。


吉田(喜重)は小津の可愛がった女優岡田茉莉子と結婚し、死の床についていた小津のもとを訪ねた。吉田は小津の変わり果てた姿に言葉を失ったが、小津は帰り際の吉田に「映画はドラマだ、アクシデントではない」と口ずさむように言った[41]。



これらの発言が、映画・ドラマの本質を表現しているとしても、それだけではない。つまりは、作家個人のやり方・技法を離れて、「映画・ドラマの総体」を表現していない。

科学では「証明」というプロセスが存在する

相対性理論を掲げたアインシュタインは、数年後、アフリカの離島での日食の観測によって、「重力によって光が曲がること」が観測され、理論が証明された。

だが、文系の学問では、そうはいかない。文系の学問では、「証明ではなく、体系化」が求められる。

かつて、比叡山・最澄は「自らが中国から持ち帰ったものが雑密でしかない」と悟り、本密を持ち帰った空海の教えを仰いだ。


鴨下信一・小津安二郎の言葉は間違いではないが、「映画・ドラマの全体」を網羅していない。つまり、そのための条件があったり、別の視点がある。

落語家・桂枝雀は「笑いとは、緊張と弛緩です」と笑いを定義したが、それは、物語があり、最後に「サゲ」を持ってくる落語に顕著な理論に過ぎぬ。

弛緩している(リラックスしている状態)でも笑いは発生する。たとえば、桂歌丸が嫌悪した「お盆で股間を隠す芸(アキラ100%)」。


残念ながら、私は実作家としてのキャリアを積むことができなかった。だが、それをいいことに、すばらしい作品を生むための「映画・ドラマの定義」を模索している。
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2020年12月17日

遊川和彦氏の作劇理論。 (35歳の少女)

「女王の教室」「家政婦のミタ」「同期のサクラ」の遊川氏脚本の「35歳の少女」の最終回が最悪との評があった。


残念ながら、私は一話たりとも観ていない。

従って、引用元からの推測で私見を述べる。
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韓流ドラマの分析。「欠点ある恋人たち」「雲が描いた月明り」。(その3)

「欠点ある恋人たち」は、3日で全16話を観たが、

「雲が描いた月明り」は、5話程度で挫折した。

その理由は以下。
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2020年12月14日

韓流ドラマの分析。「欠点ある恋人たち」「雲が描いた月明り」。(その2)

この記事の主旨は、「日本の映画・ドラマの低迷を解消したい」の意図につきる。


日本では、「鬼滅の刃」が大ブレークしている。だが、

・過激なシーン(戦い)が多いので、こどもには見せられない。

や、

・鬼は嫌い・怖い。

との意見もあり、賛否両論である。(私はアニメシリーズを、主人公が養成期間を終え、街に飛び出し、最初の鬼退治をするあたりで、挫折している。その理由は、死体をリスペクトしないゾンビものは嫌いだから。憤死・犬死があるにしても、死者は安らかに彼岸に旅立ってほしい)
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2020年12月11日

韓流ドラマの分析。「欠点ある恋人たち」「雲が描いた月明り」。(その1)

#欠点ある恋人たち

#雲が描いた月明り


「雲が描いた月明り」


惹句は、以下。

?「ワンダフル・ラブ〜愛の改造計画〜」「君を憶えてる」で抜群の存在感を示し、「恋のスケッチ〜応答せよ1988〜」で一躍大ブレイクを果たした“最旬イケメンスター”パク・ボゴム。そんな彼が地上波初主演となる本作で、お茶目さと男らしさを併せ持つ極上のツンデレ王子に変身! 世の女性を虜にする最高級の容姿と愛嬌満点の演技を惜しみなく披露し、もはや押しも押されもせぬ人気俳優としての地位を確立した!
?製作陣には、日本でも大ヒットを記録中の「太陽の末裔 Love Under The Sun」ペク・サンフン監督を迎え、男として生きてきた孤独な“男装女子”と一国の運命を背負う“ツンデレ王子”の禁断の恋物語を胸キュン満載に演出。同時間帯視聴率1位を独走し、2016年KBS演技大賞で最多受賞となる8冠に輝くなど、“クルミ(雲が)”シンドロームを巻き起こした!
?ヒロイン役には「太陽を抱く月」などで名子役として活躍してきたキム・ユジョン。本作では子役のイメージを脱ぎ捨て、大人の女優としての魅力を存分に発揮し、新境地を開拓した。さらに、日本でも圧倒的人気を誇るアイドルグループ“B1A4”のジニョンや、新進気鋭の若手俳優クァク・ドンヨンなど、美しすぎるイケメン俳優たちが重要な役どころで登場! 極上のクオリティで今年最高のトキメキをお届けする2017年No.1シンデレラ・ラブコメディがついに幕を開ける―!

「欠点ある恋人たち」


惹句は、以下。

“ほほ笑みプリンス”アン・ジェヒョンד美の女神”オ・ヨンソ、豪華初共演!最強ビジュアルを誇る、すれ違いまくりの“しくじりカップル”誕生!?

「シンデレラと4人の騎士<ナイト>」「僕が見つけたシンデレラ〜Beauty Inside〜」などのヒット作で、数多の乙女心をわし掴みにしてきた韓流貴公子アン・ジェヒョン。トップモデル出身の超絶スタイルと、子犬のような癒し系フェイスを持つ彼が、誰もが振り向くイケメン御曹司に変身! 持ち前の圧倒的なビジュアルは、まさにキャラクターと完全一致。さらに本作では、振り切ったコメディ演技で新境地を開拓! カッコイイだけでなく、ヒロインに翻弄される情けない姿にもギャップ萌え? そんな彼をブン回す凶暴女子には、最高視聴率37.3%を記録した「私はチャン・ボリ!」のトップ女優オ・ヨンソ。まるで人形のような美貌で女性ファンも多い彼女が、メンチを切ったり叫んだり、表情筋フル稼働で熱演。「猟奇的な彼女」に続く、とってもチャーミングで男勝りなヒロインをつくり上げた! 2人の絶妙な掛け合いと見当違いなすれ違いに、可笑しく、もどかしく、ときめいて、凸凹カップルの抜群のケミストリーにハマってしまうこと間違いなし!


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2020年12月10日

「パクリの謗り」を恐れぬ韓流ドラマは進化する。

が、オリジナル信仰の日本のドラマは停滞する。


韓国の10才〜54才の男女、334名のアンケート結果。

【韓流ドラマ、年間ベスト10】

第1位、「愛の不時着」

第2位、「梨泰院クラス」

第3位、「彼女の私生活」

第4位、「私のIDはカンナム美人」

第5位、「ロマンスは別冊・付録」

第6位、「キム秘書はいったい何故」・「トッケビ」

第8位、「ホテルデルーナ」

第9位、「花郎」「太陽の末裔」

※ 黄色座布団は、私が見たドラマ。
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2020年12月09日

「共演NG」最終回に思う。

ドラマ・映画の形式批評を行っている。その成果はOZ理論としてまとめている。

ドラマとは広義であって、狭義のドラマ。つまり、ドラマ成分とは、

・対立

・対決

・摩擦

・葛藤

・恋情

の5つである。

だが、それらを含まぬものを多く含むドラマ・映画も多い。

たとえば、

公共放送の大河ドラマ。
歴史もの・戦記ものなため、対決・対立・摩擦はある。
だが、「歴史をトレースする」ことが重要であり、ドラマ的な誇張は「史実を忠実に守る」ことによってのみ許される。
つまり、主人公の行動原理が明確でなくても、表面的な対立・対決があれば企画は進行する。

結果、韓流ドラマの傑作「奇皇后」のような作品は生まれない。奇皇后は、貢物として中国に移送されたヒロインが、中国後宮に入り込み、皇后の座までのし上がる物語。母国の為政者が自国民を冷遇し、中国の属国に甘んじていることに憤り、祖国のために巨大国家・元の皇后にまで上り詰める。

ドラマ成分をふんだんに取り込めるのは、史実が残っていない歴史上の人物。たとえば、卑弥呼などだろう。

日本の大河ドラマは、歴史をトレースしていれば、「ドラマ成分がなくても、成立する」。つまりは、プロデューサー・ディレクターは企画を進行し、決定稿となる。

そして、従順な日本国民たちは、公共放送がオンエアしている・採用した作品ならば、間違いはないと、受容する。


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2020年12月05日

「共演NG」の失敗・欠陥。(その2)

「OZ理論」の概要は以下。


・古代ギリシアのアリストテレスのミメーシス理論

・ルネ・ブレイの17世紀フランス古典演劇理論

を援用した。


特徴は、小津安二郎氏の遺言「映画はドラマだ。アクシデントではない」に従い、

・ドラマを厳密に定義。

・ドラマ成分と非ドラマ成分を分ける。

を行った。


文系の理論は「証明できない」との諦観を明らかにしたが、代案はある。それは「体系化」。

最澄は中国から「雑密」を持ち帰ったが、空海は「本密」を持ち帰った。

自分が持ち帰ったのが「雑密」に過ぎぬと悟った最澄は、空海に学んだ。

「雑密と本密」の違いは、「体系化がなされているか or not」 である。

オウム真理教の教義を、「けっこうまとも」とウェブの著名人たち(ジャーナリスト佐々木俊尚氏・元ユリイカ編集長歌田氏)が評したことがある。
「けっこうまとも」とは、教祖が信者たちに教えるには差し支えないということ。だが、それは教祖たる利害関係者にとって妥当性が感じられるのであって、巷間・広く妥当性があるのでない。つまりは「雑密」。

私は本密を目指して、OZ理論を構築してきたが、「誰もオーソライズしてくれない」と嘆いている。

先週、NHK大河ドラマで焼き討ちされた比叡山の開祖・最澄伝教大使のような傑物は令和に存在しない。

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2020年12月04日

「共演NG」の失敗・欠陥。(その1)

2020年6月に、ドラマ・映画の評価基準の最終的な結論に到達した。以来、このブログで発表するとともに、さまざまな接触を試みたが、不発に終わり、精神的に落ち込んでいる。

あるサイトの方は、

・「それって、証明できていないですよね」

と。

それは間違いではないが、文系の学問の至言・法則は、すべて証明できない。

つか、理系の学問でも、「例外のない法則は、間違っている」とか。
つまりは、

・証明・エビデンスといっても、(一定の条件を満たすだけであって)虚構に過ぎない。


類証になるが・・・、

巷間、「責任をとる・とらぬ」などと話題になるが、「起きてしまったこと」に責任などとれない。せいぜいが「賠償する」程度。だが、日本の法制度は「不完全な賠償」。たとえば、「経済的に困窮して犯罪をおかした」人に、過料を求めても、「支払われる」可能性はゼロに等し
い。

法秩序は、「仇討ち」を無くすために普及したのであれば、「仇討ちの権利を奪取した国家」は、

・加害者&被害者の関係


・被害者と国の関係。そして、加害者と国の関係

に、変換しなければならぬ。

だが、国家は、「加害者に代わって、過料を被害者に支払うこと」はしない。

つまり、日本の法秩序において、責任が果たされないことが是認されている。


わが師・松本成二先生は「日本語の科学的研究」という書をなしたが、あくまでも「科学的」であって、「科学」ではない。名著との評判はあるが、「それって、証明されていますか?」の問いに答えないのである。

私の「OZ理論(ドラマ・映画の評価基準)」もその類。

ここに、国民的放送作家たる秋元康氏が企画した「共演NG」のシナリオ・構成に欠陥があると指摘しても、それって、

・あなたの意見でしょ・・・

に反発できない。

だが、古代ギリシアのアリストテレスや、フランス啓蒙時代のディドロに、同じ言葉を投げかけたら、無知蒙昧と嘲笑される。

「OZ理論」は、アリストテレスとディドロの考察を合体・展開したものであって、私のオリジナルではない。
そもそも、近代主観主義のように「主観を誇る」ことを私は意図しない。
だが、世の中は近代主観主義にあふれていて、何かを言うと、

・それはあなたの意見。

・そのエビデンスは?

・証明されているの?

との反駁を食らう。そして、たとえ間違っている言論でも、

・発信者が有名なら、流通する。

これが怖い。

「共演NG」もその類。
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2020年11月12日

「鬼滅の刃」の評価・吟味。

ユーチューブにおけるお笑芸人の評は以下。


1jinjin ★2020/11/11(水) 01:26:52.34ID:CAP_USER9>>5>>8
フット岩尾の『鬼滅の刃』ディスにファンも納得?
 「的を射ててワロタ」

お笑いコンビ『フットボールアワー』岩尾望が、大人気アニメ『鬼滅の刃』を正面からディスったことが話題になっている。
それは、『フットボールアワー』の後藤輝基、岩尾に加えて、千原ジュニア、小藪一豊が出演するYouTubeチャンネル『ジュニア小籔フットのYouTube』でのこと。
11月4日に公開された動画では、それぞれがアニメ『鬼滅の刃』全26話を観てきて、感想を言い合うという企画が行われた。
ジュニアは、「正直、最初は『しんどいかな?』と思ったけど、あっという間だった」と、見事にのめり込んだと告白。
 後藤も「あっという間でした」と感想をつぶやき、何と続きが気になって、漫画の単行本まで購入したという。

 「残り時間が減っていくのだけが楽しみだった」
そんなハマった2人に対して、岩尾は驚きの表情を浮かべて、「僕はずっとしんどかった…」と正直に告白。
アマゾンプライムで見たのだが、画面に時間経過のカウンターを表示させて、「残り時間が減っていくのだけが楽しみだった」と言い切ったのだ。
そもそも岩尾は、過去に『ドラゴンボール』『キン肉マン』『キャプテン翼』など有名作品を見てきたが、すべての作品を途中離脱しているようで、なかなかアニメ・漫画にハマった経験がないという。
さらに『鬼滅の刃』に関しては、主人公の仲間が増えていくお決まりの展開≠竅A妹を救うための導線がイマイチ共感できなかったようだ。
 一方ジュニアは、『ドラゴンボール』『キン肉マン』『キャプテン翼』などを観てきていない、週刊少年ジャンプ童貞≠フため、『鬼滅の刃』を楽しく見られたかもしれないと、自分自身を考察していた。
また、小藪は、自身のハマり度は「ジュニア・後藤」と「岩尾」の間くらいと説明。
しかし、作品の見どころや、登場人物へ感情移入しまくった感想を述べ、ジュニアから誰よりもハマっているとツッコまれていた。

 結局この動画内で、唯一『鬼滅の刃』をディスってしまった岩尾だが、意外にもネット上では
《あんまりだった時あんまりってはっきり言える岩尾好き。賛否の賛ばかりとりあげられることに疑問だったわ》
 《岩尾さんが偉いのは、ちゃんと最後まで観終えてダメ出ししてるところ》
 《のんちゃんの冷めた考察、ある程度的を射ててワロタ笑》
 《いや〜のんちゃんが言ってることめちゃくちゃわかる》
といった、好意的な声が多くあがっている。
 「岩尾は、苦痛だったと明かしながらも、キャラクターの名前をしっかり覚えているため、きちんと全集中して観ていたことがわかります。何も知らずに批判しかしないアンチの意見ではないため、作品ファンからも受け入れられたのでしょう」(芸能記者)
 動画内では、4人で『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』を観に行こうとジュニアが提案していた。
 映画版の感想も、是非語り合ってほしいものだ。
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2020年11月02日

三谷幸喜「記憶にございません」で分かる〈ドラマの巧拙〉。

小津安二郎監督の遺言は、

・映画はアクシデントではない。ドラマだ。

日本のシナリオの大御所・新藤兼人は、溝口健二監督から、

・これはストーリーです。シナリオではありません。

と、自らの脚本を罵倒された。

にも関わらず、彼は赤坂にシナリオ会館を建設し、長く日本のシナリオ界に君臨した。

若輩の時、シナリオ作家協会の宴会に参加した首藤剛志(わが師)は、読んだ本を誇る先輩たちに、酔っぱらったふりをして凌いだ。

---昭和の風景である。
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2020年10月31日

池端俊策「帽子」を解題する。(私小説のドラマ、令和に甦る?)

大河ドラマの脚本の池端氏のドラマを観た。鑑賞後の開設には、池端氏がインタビューを受けている。

「帽子」は、池端氏の故郷・広島県呉市のストーリー。

主人公は帽子屋の主人・職人。緒方拳が演じる。

高校時代の友人に、帽子屋のセガレがいて、「山本五十六の帽子をつくった」のが自慢で、メディアで紹介された帽子姿の山本の写真で自らを誇っていたのだとか。

胎内被曝を受けた女性の思い出を中心にストーリーは展開するが、シナリオライターが学校に通っていた頃、体内被曝を受けた同級生たちが保健室で休んでいたことが日常茶飯事だったという。当初は設定しなかったが、広島の放送局の依頼により、物語に盛り込んだ。

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2020年10月28日

「麒麟がくる」の構造的な欠陥を、池端俊策氏の言葉から。

BSを見ていたら、映画学校時代の担任の先生が出ていた。

夏休みの2時間シナリオの講評の個人面談で、私は「先生がシナリオで大切にしていることは何ですか?」と質問したが、先生は、

・情熱の挫折

と答えてくれたのを覚えている。30年以上前のことである。

先生を最後に見かけたのは、学長の告別式。

代々木上原の駅前で先生を見かけた。先生はドキュメンタリー監督の千葉茂樹氏と懇談しながら、住宅街の中を葬儀場に向かった。

無名の生徒でしかない私は「私はあなたの生徒でした」などと、先生の記憶力を試す勇気はなかった。
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2020年10月18日

不条理劇ではなく、非因果律劇だろ。

Wikipediaの「不条理」の解説は以下。

不条理は、不合理であること、あるいは常識に反していることを指す。英語の absurd、フランス語の absurde、ドイツ語の Absurditat の訳。これらはいずれもラテン語の absurdus を語源とする。このラテン語の意味は「不協和な」。

・不条理とは何よりもまず高度の滑稽である。

ディドロの市民劇が「まじめな演劇」に対して、「ばかげた演劇」としたのを、自らの立場をかさ上げしたい日本のアカデミストは、(ばかな演劇の研究者であることを恥じて)「不条理劇」なる訳語を編み出した。


一般的な日本人が「不条理」なる語を聞けば、

・理に合わない(合理的でない)

と解釈するだろう。

Weblio辞書には、

・不条理とは、「道理に合わない、筋道が通らない」

とあるから、直観的な「不条理劇の解釈」は不可能となる。

というか、私は、「日本の不条理劇の本質・本意」を(長い間)見つけることができなかった。

だが、ようやく思うのは、

不条理劇とは、

・テーマの不在。

もしくは、

・観客が、ストーリーからテーマを意味抽出することを「難しくする」

つまり、

・芸術とは、人間やこの世界の本質を表現すること。

ならば、

・テーマとは、プロバガンダ

であって、(不条理劇であっても、なくても)否定すべきものである。

その(プロバガンダの対極にある)意味では、

別役実だけでなく、寺山修司も唐十郎もつかこうへいも不条理劇である。


・物語の主人公が、「努力が報われない」、「努力しない人が出世する」と不条理に思った

としても、それは「不条理劇」ではない。

なぜなら、そのストーリーは、「人生は不条理である」という条理を表現しているから・・・。

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2020年10月13日

「けいおん!」は「ゴドーを待ちながら」だった。

法則・理論をブラッシュアップするには、

・例外の精査

が必要である。


30年ほど前に「歌の先生」の友人がいた。

彼は、

・楽曲で「(その曲の)最高音程を含む部分」が、その曲の最大の「盛り上がり場所」

との理論を持っていた。その彼が、絶賛する曲が

・マドンナたちのララバイ

だが、そうでない曲も沢山ある。彼の理論の妥当性は限られている。

リフレイン(繰り返し)の部分は、その曲最大の「盛り上がり」部分であることが多いが、「最高音程を含む」とは限らない。
つまりは、「曲のもりあげ」には、さまざまな様式があり、

・音程で盛り上げる

のは、そのうちの一つでしかない。

・繰り返されるリフレイン

も、そのひとつ。
歌唱指導もするメインキャストは、彼のピアノ伴奏に工夫がないと不平を言う。「反復は、差異の表現」なことを彼は理解していなかった。


彼は、ミュージカルの歌唱指導。深町純氏のつくった曲を歌唱指導することになったが、彼の理論に合致しないので、現場は混乱した。

spontaOZ理論の構築において、例外を精査する。
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