2020年03月30日

昨日の「麒麟がくる」評。

回も進んで、前回には、「ようやく話が見えだした」とのことか、好評もあるようだ。

だが、主人公・光秀が「お使い」ばかりという「主体性のなさ」という欠点は修正されていない。

クライシスの元として、ラブリン演じる今川義元の「尾張攻め」の意欲が表現され、ようやく戦国ものとして、形をなしてきたかのようにも見える。

だが、主君の命令で「お使い」ばかりしているのが主人公では、オボツカナイ。
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2020年03月29日

黒沢映画のダメさ。

小便器をアートにまで高めた芸術家マルセル・デュシャンは、

・私の意図したことが、100%実現したら、それはアートではない。

と発言している。

それを思えば、

 「完璧主義者」で知られる黒澤明監督の映画はダメ。「芸術ではない」となる。


そのことは、現場に君臨するタイプの監督は、「総じて、ダメ」となる。
つまりは、

・相米信二


・浦山桐雄

も・・・・。

てことか。
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2020年03月27日

絶望的な日本のドラマの未来。

碓井広義氏が、「倉本聰の言葉」という本を出したとか・・・。

「純、蛍。金なんか望むな。倖(しあわ)せだけを見ろ。」『北の国から2002 遺言』(フジテレビ)より。巨匠の全作品から厳選した四〇〇余の珠玉のセリフ。初の名言集。


著者の碓井氏は、上智大学文学部新聞学科の教授だという。
有名大学の教授と、大御所のシナリオライターの本なら、一般人、素人、初学者は信じてしまう。
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2020年03月23日

日本映画大学の学生諸君に告ぐ。「池端俊策先生を見殺しにするな」。

#日本映画大学 #麒麟がくる

要旨:

映画&ドラマの専門教育を受けた学徒として、NHKのプロデューサーたちの池端先生への「理不尽な直し」を糾弾せよ。「情熱の挫折」をシナリオのモットーにした池端先生が、主君の「お使い」に甘んじる主人公を所望するはずがない。

強権者(NHKのカースト上位者)の主観・印象・思いつきによる「本なおし」ではなく、「形式批評(評価基準を明確にした評価)」によって、「本なおし」をすべきである。

形式批評は、放送大学・青山昌文教授(美学芸術学)の

・アリストテレスのミメーシス芸術論。

・ルネ・ブレイの17世紀フランス古典演劇理論

を援用する。

勿論、議論の前に、君たちが「近代主観主義」を脱することが必要であるが・・・。

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2020年03月21日

映画批評。「寝ても覚めても」

渡辺杏嬢の不倫した亭主と愛人が主役共演しているというので、観た。
ま、ピーピングトム(覗き趣味)な感じ。

原作は、女流小説家・柴崎友香の第32回野間文芸新人賞の小説。

監督は、濱口竜介氏。東京大学文学部映画研究会、東京芸術大学大学院映像研究科の第二期生。商業映画デビュー作とのこと。
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2020年03月17日

旧作・日活映画「皆月」を観る。


クリティカル・シンキング(批判的考察)するために、CATVで「わざと」観た。
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2020年03月14日

「麒麟がくる」第8話、批判。(追加)

そろそろ「切りがない」ので、言及を止めようかと思っている。
つか。

本当に「(専門家としては)やりきれない」ドラマになっている。
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2020年03月09日

迷走「麒麟がくる」第8回。戦国時代。美濃から京都までの女の一人旅は「ありえない」。


#麒麟がくる 

私は、主観批評・印象批評をしようとは思わない。それはミスコンなどのビューティーコンテストと同じだから。「これが好き・嫌い」と言い張っても、社会は進化しないから。

私がするのは、形式批評(評価項目を明確にした吟味)。フィギュアスケートやオリンピックの体操競技で一般的なやり方。「演技者のパフォーマンス」を評価・吟味するにおいて、社会・世界が認める「公平なやり方」である。

私が援用するのは(ルネ・ブレイの)17世紀フランス古典演劇理論である。
※ 詳しく知りたい人は、放送大学青山昌文教授の「美学・芸術学研究」をお読みください。

ルネ・ブレイの理論の第一項目は、

・ありえないはダメ。

である。


何故、ダメか。

「ありえない」ことをする主人公は、間抜けに見えるし、作品世界が観客の信頼を失なうから。

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2020年03月08日

市川沙耶嬢、映画版「銀河英雄伝説」のボレロを愛でる。


なにげにNHK-FMを聴いていたら、アニメーションに使われたクラッシック音楽の特集をしていた。

鉄道おたくとしても知られるモデル・市川沙耶さんが、映画版「銀河英雄伝説」の戦闘シーンの劇伴音楽としてつかわれたボレロがすばらしいと発言していた。

なんとも懐かしい。
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2020年03月04日

「麒麟がくる」第6回批判。(昔話多め)

私は今村昌平の横浜放送映画専門学院の池端クラスだった。つまり、本作・脚本家の池端俊策氏にシナリオを習ったのである。

夏休み明けの200枚(2時間)シナリオの講評で、先生は、

・情熱の挫折

が、私がシナリオで描きたいこと。と語っていたのを覚えている。先生が「時間があったら読みたい」と言っていたのは、真山青果(新派の座付き作家)。

〜以降、(私の昔話がかなり続きますので、深く知りたい人以外は)飛ばして読んでください。(-_-;)〜
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2020年03月01日

NHK大河ドラマが面白くない理由は「近代主観主義」

#大河ドラマ #麒麟がくる

つか、「朝の連続テレビ小説」も同様。「つまらない・当たり外れがある」のは、NHKが「近代主観主義」に固執しているから。

・近代主観主義 = 芸術作品は、「作家のオリジナルな創作物」でなければならぬ。

私は「昭和1桁の美術好き・芸術好き」の父親に洗脳されたが、「近代主観主義」を信じて疑わない。

父が好きなのは、

・ゴッホ
・セザンヌ
・ルノアール

であって、

・(フランダースのルネ少年が観ることが出来ずに昇天した)ルーベンス

を評価しない。

その理由は、作品から「個性が感じられない」から。
都内のデパートや上野の西洋美術館でフランス後期印象派の画家の展覧会が開催されると、中高生の私は足繁く通った。といっても、映画などと違い年間数本といったところ・・・。

その時の私が何を考えていたかといえば、(今思えば)

・鑑賞者としての「感性」を磨きたい。

であった。


そんな私が「感性」の曖昧さに気づき、「形式批評」をすべきと考えたのは30歳に入った頃。下請けプロダクションの映像ディレクターが、「(クライアント・広告代理店などの)立場が上の人たち」の主観批評に対抗するためである。


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2020年02月28日

映画「跳んで埼玉」のすばらしさ。


TBSの演出家・鴨下信一氏は、

・最近のドラマにはアンタゴニスト(主人公を取り巻く対立関係)が足りない。

と最近のドラマが面白くない理由を解説したが、このドラマのアンタゴニストは明確・明瞭である。

テレビ東京の「思いでのメロディー」よりも、NHKの「紅白歌合戦」が盛り上がるのは、「紅勝て、白勝て」と応援合戦が盛り上がり、視聴者が
「どっちが勝か」勝敗の結果を楽しみにするから。

「跳んで埼玉」が興味を引くのは、東京都民と埼玉県民、千葉県民の対立が明確だから。

映画「帝一の国」も、エリート男子校の生徒会長選挙を軸に、親子2代を巡る〈明確な対立〉が、確かな劇構造である。

だが、「帝一の国」の場合は、「父の仇きを取りたい」という息子の情熱であって、観客はそれを「楽しむ」としても「同意・同化」はできない。

しかし、「埼玉県民」に関わらず「首都圏で暮らす人たち」は、さまざまな立場で「同意・同化」できる。
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2020年02月27日

映画「跳んで埼玉」は、埼玉disりではない。(私の埼玉愛)

映画「跳んで埼玉」は、「埼玉愛」に溢れた映画であった。


私は、埼玉国体の翌年の小学4年から、33歳で結婚する迄、埼玉県民だった。

「跳んで埼玉」の漫画家の次回作は「川越の書生さん」とのことだが、我が母校は、映画「ウォーターボーイズ」の男子シンクロで有名な県立川越高校。つまりは、文字通り「川越の書生さん」だったことになる。

「なぜか埼玉」が話題になった頃、ダ・サイタマと「馬鹿にされた」ことがあるが、その「一度だけ」。


筆者に興味のない人は、以下の引用枠内を、飛ばしてもらって構わない。

相手は(一般映画をとったこともある)監督で、私は助監督だった。
「助監督の立場」だから、私は文句も言わず撮影現場を過ごした。

彼の依頼で、彼の(個人的な)スポンサーのご令嬢の結婚式の撮影を頼まれたことがある。
「ご祝儀がもらえる」からいいか、と文句も言わずにやった。

だが、「フィルム代を請求する」前に、ご祝儀をいただいた。
その金額が「フィルム代よりも多かった」のでフィルム代が請求できなくなった。
(うっすらな記憶だが、フィルム代が6000円で、ご祝儀が1万円。そんな感じ。結果、ご祝儀は数千円・・・)

後日、「お礼」ということで、スポンサー夫婦に新宿の和食店で「会食を接待された」。
だが、「知り合いでない人」との会食は、気を使わなければならない。
結婚式のビデオ撮影を行った「知り合いのビデオカメラマン」と同席した。

だが、あとで撮影済みのテープを見ると、ビデオ撮影も問題があった。

・テレビ取材のカメラマンは、(編集することを前提に)「いいところ」しか撮影しない。

本来、

・ブライダルカメラマンは、2時間の披露宴なら、2時間撮影する。

彼(監督)は、

・街場のブライダルカメラマンよりも、テレビドラマやテレビ取材するビデオカメラマンの方が上等。

と思いこんでいた。


当時、私が勤めていた制作プロダクションに「ビデオ編集機」がなかったので、編集には「有料で編集室を借りなければならぬ」。そんな経費を出費してくれるはずもない状況で、(助監督ということで)「任された」私は不運である。

結婚式をあげたカップルにとって、「人生に一度だけの映像」を満足なものにしてあげられなかかったことを、私は「今でも後悔している」。


「ダ・サイタマと嘲る」魂とは、そんな「勘違いな人」に違いない。

・空気が読めない。

・(自己都合で)物事を深く理解していない。


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2020年02月26日

日本映画衰退の原因。

5ちゃんねるに書き込んだ。


撮影所の伝統による、師匠から弟子への「伝承」がなくなったのが、日本映画衰退の原因です。

結果、「近代主観主義(作品は、作家のオリジナルな創作物でなければならぬ)」が業界に蔓延し、「過去の作品の伝統・集積」を踏まえない作品が作られるようになった。

分かりやすくいうと、フランスの美術は、「後期印象派」以降、わけのわからない作品が多出することになった。
ジョットからつながる技法がレンブラントやルーベンスなどの頂点を極めたのに、マネ・モネ・ルノアールぐらいまでは良かったが、ゴッホ以降、ぐちゃぐちゃになった。たしかに、一過性・意外性の作品としては「後期印象派」も悪くはない。だが、通史的な価値はない。

日本映画も同じ。

撮影所の伝統を踏まえない「映像作家」たちが、たまたま良い作品を作る。そんなことが起きているだけ。

*
より具体的にいうと、

アリストテレスのミメーシス理論。
ルネ・ブレイの17世紀フランス古典演劇理論。

の条件を満たした作品をつくれば良いのに、プロデューサーたちが「自分だけの価値観」を重要視して、普遍・観客を無視している。

さらに詳しく知りたければ、ここ。

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2020年02月24日

昨日の「麒麟がくる」(第6回)の批評

17世紀フランス古典演劇理論の第2項。

「外的整合性&内的整合性」が極めて重要なことを教えてくれる。



ウェブには、「歴史もの」
と「時代劇」は異なる。との当然の指摘がある。
大河ドラマでなく、「歴史ヒストリア」でやれ。というもの。



カナダの映画監督・クローネンバーグは、

・人間は、「思い出す」という行為を通じて「過去をねつ造している」

と、指摘している。



文化人類学的にいうと、

・人間は、「記録する必要がなければ、記録しない」

つまり、

・事実が、みんなに共有されていて、「それが、都合が良い」なら、記録しない。

結果、

・「事実をねじ曲げる」ために、歴史は書かれる。

「日本書記」「古事記」は、その典型。外征者である天皇家を正当化するために、「先住民の歴史」を神話に取り込んだ。



本能寺の変の歴史的記述は、「信長公記」。つまりは、秀吉に都合の良い記述・事実である。

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「跳んで埼玉」を形式批評する。

フジテレビでオンエアされたので、録画した。

まだ、観ていない。

が、17世紀フランス古典演劇理論で、吟味してみる。
つまり、「シナリオを書く」以前に、作品の価値が決定することを証明したい。


【(ルネ・ブレイの)17世紀フランス古典演劇理論】

1. 本当らしさ(ありえないがないこと)。

2-1. 外的整合性(観客にとって、作品の世界に違和感がない)。
2-2. 内的整合性(登場人物の思想と言動に違和感がない)。

3. 驚異的(観客を驚かせる)。

4. 三一致の法則。(場所・時間・筋の統一感)

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2020年02月22日

「麒麟がくる」第五回の批判。

原作・脚本の池端俊策先生のクラスの生徒だった私。

池端俊策はタツノコプロダクションで「みなしごハッチ」のシナリオを書いた。子供向けのアニメ・童話とはいえ、スズメバチに仲間・家族が皆殺しにされたり、壮絶・陰惨な話だった。

このテレビ番組をめぐって、兄弟喧嘩が発生し死亡事故が起きたことは、作品とは無関係とはいえないだろう。

この作品で先生の作品を批判しているが、過去の作品は賞賛している。

題名は忘れたが、主演の八千草薫は、荒川の橋を挟んでこちら側に住んでいる。彼女には出奔した夫がいて、橋の向こう側の愛人(五月みどり)のところで死ぬ。「夫が死んだこと」を知った八千草は「象みたいに、知らないこところで死ねばいいのに」と、死んでからの騒動を嫌悪したセリフを覚えている。

別のドラマだが、父親が自殺した兄弟の確執。父が無理心中を進めたとき、「抗った弟」「従った兄」。弟は「従った兄」を恨んでいたが、兄は「あの時、一緒に死ぬ」は言ってあげれば、父は「死ぬことを諦める」と思っていた。「こどもに反対された絶望」が父親の命を奪ったと、弟を責める。

過去形になってしまうのが残念だが、「池端先生は優秀なシナリオライター」だった。

その原因を憶測するなら、

NHKの大河ドラマのプロデューサー・編成の人たちの「かつて倉本聰氏を北海道に追放した」伝統が今も生きている。

倉本氏はノイローゼになり、北海道に出奔したが、心優しい池端先生は、「台本直し」を受け入れたのだろう。

先生は、鶴橋康夫氏・フランキー堺氏を「ホン(脚本)が読める」と学校で語っていたのを覚えている。

だが、「権力を持った」NHKの方々は、そうではなかったのだろう。


私はTBSのアニメ「まんがはじめて物語」で首藤剛志氏と付き合いがあった。

シリーズが終わって10年ほどたった時、記念番組の企画があり、久々にシリーズ構成の首藤氏がシナリオを書くことになった。

単発の企画ということで、駆け出しのテレビ局員の女の子が担当になった。

開明なTBSらしいやり方だと思うが、アニメ専門誌で連載小説を掲載していたのは宮崎駿氏と首藤氏のふたりだけ。第一回アニメ大賞を日本武道館で受賞したことをしらぬ若手テレビ局員は、首藤氏の経歴も知らずに「言いたい放題」。

出来上がったシナリオは最悪だった。

パワーポイントでは「1ページで提示する訴求内容は5項目まで」とかの鉄則があったが、シナリオも同じ。情報が多いと、シナリオは散漫になる。「シナリオが分かっていない」テレビ局員は、「情報を増やすこと」をシナリオに求め、作品は散漫になった。

それも、これも。あれも、それも、

・「シナリオの評価基準」が定義されていないから。

とはいえ、当該テレビ局員は、被害者である。シナリオ学校でも、映画の学校でも定義されていないのだから、仕方がない。

芸術作品に対する「神秘主義」で、「評価基準は定義してはならぬ」。

・鑑賞者の「独立した感性」こそが大切。

と、義務教育の時代から「洗脳されている」から、素直に感じたことを「言いたい放題」になる。

・エリート大学を卒業して、(運・縁があって)一流企業(放送局)に就職できた人たちは、「シナリオ」はもちろん、「映画」も勉強していない。

つか、我が娘が在京キー局(日本テレビ・テレビ朝日・TBS)のインターンに合格しながら、就職できなかったのは、「コネ入社」が横行していることとともに、現場が「すでに知っている人たちを嫌う」からである。


結果、

・池端先生や、首藤剛志氏のような「大家・大御所」であっても、「素人のテレビ局員」に台本直しを食らう。


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2020年02月19日

加藤健一氏の演技論「200%で演じろ」。

加藤健一氏は、近代主観主義を否定している。

「役になりきる」系演技は、間違っていると、ラジオ番組で応えていた。

インタビュアーはNHKのアナウンサーであり、「役になりきる」ことを是として、質問していたを、加藤健一氏が否定したのである。

・役になりきるのではなく、200%で演じろ。

つまり、

・「役柄」の自分が100%。さらに、「演技者」の自分が100%。合計200%。つーことである。

つかこうへいの「熱海殺人事件」で、キンチャンを演じ、マイウェイで登場した彼。「蒲田殺人事件」ではギンチャンを演じた。この時、ヤスは柄本明氏である。

彼は、

・「役になりきる」だけだと、「相手役者を傷つけてしまう」から。

と付け加えた。
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2020年02月15日

「麒麟がくる」第4回を分析・批判する。

#池端俊策 #麒麟がくる

5ちゃんねるのコメントを見ているが、

・見るのをやめた。

・前作「いだてん」よりもつまらない。

・視聴率の下落率が、前作「いだてん」を上回っている。夏前に視聴率1ケタになるかも。

と、悪評サクサクである。

制作者たちは「(視聴者の)主観批評」=印象批評だから、「気にしない」・「参考にならない」と高をくくっているのかもしれぬ。

だが、「形式批評(評価基準を明確にした吟味)」でも、「麒麟がくる」は、欠格している。

※ ○ 「形式批評」とは、オリンピックのフィギュアースケートやスキージャンプ競技などで採用されている審査方式。技術点・芸術点など「細かい評価基準」を加算することで、総合点を決める。

一方の

※ × 「主観批評」とは「(個人の)印象批評」。「審査者の独断」により、評価が決定する。音楽系のコンクールや英語弁論大会の審査では、この方式が採用されている。

芸術系の吟味で「主観批評」が採用されるのは、「芸術は、作家のオリジナルな創造物でなければならない」という「進化論的な芸術観」によるものであり、歴史的な普遍性はない。

1990年代で「進化論・モダニズムの時代」は終焉している。それ以降は「ポストモダン(モダンの後の時代=客観&相対主義)である。

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2020年02月11日

韓流映画「パラサイト」のアカデミー賞受賞は、「世界の壁を無くした」。

夜の日本テレビの櫻井翔君のコメントが上記である。
だが、「完璧に間違っている」。

ポン・ジュノ監督の受賞スピーチは以下。

「本当にありがとうございます。私が映画の勉強をしていた時に、本で読んだ言葉で、今も大切にしている言葉があります。『最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ』という言葉です。これは、マーティン・スコセッシの言葉でした。私は、彼の映画を見て勉強したんです。一緒に監督賞にノミネートされただけで嬉しい」

このコメントによって、

同じく監督賞にノミネートされていた『アイリッシュマン』のマーティン・スコセッシ監督の言葉に支えられたと告白したポン・ジュノ監督に、スコセッシ監督は涙ぐんだような表情を浮かべ、笑顔でアジアの後輩に拍手を送った。

マーチィン・スコセッシは、我が学校長・今村昌平をリスペクトしていたっけ。
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