2019年12月05日

智内威雄さんに粘着したのは・・・。

左手のためのピアノコンクールに関連して粘着したのは、すでに第一回をやったスタッフ・審査員たちが「彼らのアイデンティティーになっている可能性が高い」から。

ウェブ2.0の条件は以下。

・透明性。
(誰でも見れる・知れる)

・参加性。
(誰でも参加できる)

・外部性。
(参加した人が阻害されない。一兵卒にならない)

第一回が開催されているが、第一回のメンバー(関係者・審査員)が「既得権」を譲らぬことが、容易に予想される。


透明性、参加性、外部性がないなら、このムーブメントは終焉する。

というか、「危機的な状況にある音楽家たち」の希望を絶つなら、このイベントは社会悪になりうる。

それだけは避けてほしいという、spontaの切なる願いである。


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2019年12月04日

智内威雄さんへのメール・その5(私の娘は障害者が嫌いです)



BS番組では、アマチュア部門に挑戦した右半身不随の青年。

「彼なりの努力」はしたのでしょうが、表彰されなかったことでフテクサレていたのが印象的でした。

一方、プロを目指す猛練習で発病した青年が、さらなる病状の悪化により、無冠に終わるも、「さらなる努力を続ける」と挫けない姿に心を打たれ
ました。

番組では、最終日。右半身不随の青年の「追加受賞」が発表されましたが、その裏で何が起きていたのでしょうか。
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2019年12月03日

智内威雄さんへのメール・その4(近代主観主義者からの反発を予想して・・・)

私の評価の研究は、娘に引き継がれました。

高校2年。娘は日野皓正さんにヴォーカルを絶賛されましたが、デビューには至りませんでした。

タモリさんが重役をつとめる新宿のジャズクラブでライブデューしたものの、ジャズヴォーカルのオーディションは一時審査で落選ばかり。
「世界の日野」が評価しても、世の中には通用しない。

音楽家活動は何も実を結ばないので、娘は慶應義塾大学に進学。

私の「評価」の研究を引き継ぎました。

娘は学外発表イベントで「評価」の発表をしましたが、司会の教授から、「君は、この大学の研究に価値がないとでもいうのかい」と言われ、降壇後、「こんな大学やめてやる」と妻の胸で号泣しました。「評価される側」の「評価」への反発は大きい。

しかし、「評価がなければ、価値は生まれない」。
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2019年12月02日

智内威雄さんへのメール・その3


(死にものぐるいの参加者たちへの誠実として、「客観的で妥当性のある審査」の確立・公開が求められる)

私は(共著本が一冊出しただけの一般的には)無名ブロガーです。

専門分野は、ウェブ論、モダニズム論、芸術論、表現論、日本論、コミュニケーション論など。

ブログの目的は「(閲覧者にとって)利他的であること」。

つまり、国・役所・企業・マスコミは勿論、教育でも「自己都合な情報」を発信し、「真実・事実を報じない」から。

モットーは「かいつま」。カイツマんで言うなら、「(青春に忙しい)若い人たち」に役に立つ。
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2019年12月01日

智内威雄さんへの公開メール(その2)

智内威雄さんへのメール・その2(非演奏者にとって、シングルハンドピアノコンクールは価値がある)

彼のサイトにメールを打ったがリターンがないので、「公開メール」という形で露出しようと思う。
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2019年08月04日

津田大介さん。「うんこ・ま○こ・ちんこ」に表現の自由はありません。


381名無しさん@1周年2019/08/04(日) 07:27:05.28ID:5HmMCRHz0

「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」

 会場に入ってすぐ、細い展示通路の壁にTVモニターがあり、そこで昭和天皇の写真を焼くシーンが含まれる映像作品が上映されてい
 た。 寿司屋で炙りサーモンするときのカセットバーナーで、昭和天皇の写真を焼いていき、最後は燃え尽きて灰になった写真を足で踏み
 つける表現は過激だ。映像を見ていた強面のお兄さんたちからは「不敬だ!」「こんなものに税金つかってるのか!」と怒声が上がり……
奥に進むと、反米、反基地、反ヘイト、憲法9条、慰安婦のおばあさんの写真、慰安婦像、裁判になってる群馬県朝鮮人強制連行追悼碑
のオブジェなどがズラリ。一番スペースを使っているのが朝鮮人強制連行追悼碑で、次が慰安婦関連。
 「あっ…そういう人たちのアレなんだ…」
 税金使ったイベントで特定の思想をプッシュするのは怒られるでしょそりゃ。
 展示作品の中には当初SNS拡散OKだったのか、作品の紹介パネルに「撮影写真・動画のSNS拡散推奨」と書かれていたものを白い
 テープで隠していたものもあった。

日本では、「死ね」「殺す」と発言することの「表現の自由」はありません。

「何でも言ってよい」というロンドン・ハイドパークの「スピーカーズ・コーナー」でも、「女王陛下の悪口を言ってはいけない」というルールがあります。

私が行ったのは平日で、だれもいなかったが、娘が行ったのは日曜日で、賑わっていたとか。
娘は数日間のロンドン滞在で、一番の収穫だと明言したが、その感想は、「ガス抜き」の一言。
ま、私の娘らしい。

だが、津田氏の今回の件が「ガス抜き」との印象は一切ない。

「芸術は、この世界の本質を表現するもの」だとするなら、過去の展覧会で「展示禁止になった作品」について、その構造を痛烈に批判する。または、「メタ論的に論じる」なら、「芸術としての価値」があった。
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2019年07月30日

NETFLIXに資料を送る。


日本社会は、外資によってしか動かない。

当然のことながら、無名の私が資料を送っても、フジテレビのVIPの方々からは、何の反応もない。

つーことで、ネットフリックスに宛てて、資料を送付した。
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2019年07月20日

久米宏さんのラジオに投稿した。


先日のNHK「あさいち」へのご出演を楽しく拝見しました。

NHKは国営放送をやめて、民間放送になるべきとの久米さんの意見に、

NHKの女子アナの近江友里恵さんが「NHKは国営放送ではなく、公共放送」と主張しながら、タジタジになるところ。おもしろかったです。

そして、刑事コロンボが一番大切なことを最後に付け加えるがごとく、「ザ・ベストテンで林檎殺人事件をナンバーワンと紹介した同 じ時期に、北朝鮮による拉致事件が実行されていたこと」が慚愧に耐えないとのこと。

私はブログ活動を続けてきましたが、パソコン通信でオウム真理教が問題を起こした時、きちんと対応していれば、サリン事件は起きなかったのではないかと後悔しています。

今後とも、ラジオ&テレビでのご活躍を期待しています。

スポンタ中村
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2019年07月15日

図説・映画&ドラマの評価法。


先日、フジテレビのお偉いさん(会長・社長・専務・常務など10名ほど)に、「映画&ドラマの評価法」のご提案の資料を郵送した。

当然のごとく、反応はない。そこで、同封したパワポをウェブに公開し、当事者の方々への影響を期待する。

ホリエモンが大騒動になった時、「炎上する」ほどにspontaの社会的認知度はあったが、今はそれも望めない。    orz

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2019年07月12日

フジテレビの専務以上のお偉いさんに営業資料を送付した。

株式会社フジテレビジョン&株式会社ビーエスフジの代表取締役会長・代表取締役社長・専務取締役・常務取締役の合計13名にあてて、スマートレターで、「映画&ドラマの失敗作をゼロにする『評価システム』のご提案」を郵送した。


わが娘は、大学1年の六本木での発表会でプレゼンをしたが、MCの教授に「君は、本大学の研究に価値はないとでも言うのかい?」と、毒つかれ、降壇後、「こんな大学やめてやる」と号泣した。

私の研究の延長線上で、娘の研究があり、娘の研究の延長線上に、いまの私の研究がある。

・評価システムに対する被評価者の反発」は必至。

なのであって、私が展開している「映画・ドラマの評価システム」も、制作会社・放送局の「クリエイティブな人たち」は「評価される側」なので、反発するに違いない。

そこで、

・「イノベーションを求められている」危機意識の高い、

さらには、

・「面白くなければテレビじゃない」で大ブレークした

フジテレビに照準を合わせ、

・トップダウンでしか「私のシステム」は導入されない

との確信から、営業資料を送付した。
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2019年07月03日

日本映画テレビプロデューサー協会会長にコンタクトする。EPAGOGIX


コンタクトするといっても、コミュニケーションルートがないので、「令和時代の映画ドラマの評価法」の営業書類一式を送付しただけである。


この協会には、ちょっとした縁がある。

協会のホームページには、

昭和61年(1986)には催物委員会初の試みとして「ザ・ヒットメーカー'86」が開催されました。これは、前年度各ジャンルにおいてヒットを飛ばしたヒットメーカーを協会員の投票によってノミネートし5〜7人を選んで顕彰すると同時にパネルディスカッションを行うというものです。初回は伊丹十三、ジェームス三木、林真理子、野田秀樹、川崎徹、司会に筑紫哲哉などの組み合わせが新鮮であったことから好評を博し、以後同委員会の目玉催物として毎年継続開催されています。


とあるが、

私の記憶では、登壇した伊丹十三氏は「映画業界の市場サイズは豆腐業界と同じ」なる奇天烈発言し、この会合の権威が決めかねた黒澤明監督の御曹司は、ジーパンの上にタキシードを羽織るという出で立ちだった。

私は、日活映画「ハレンチ学園」の監督がつくった会社の社員だったので、会場(東京会館)の誘導係をつとめていたのかもしれぬ。あまり記憶はないが、どちらにしても「ツカイッパシリ」。
客でさえなかった。

そして、今も、無名のまま・・・。



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2019年06月19日

三ツ橋敬子さんが、Twitterの「いいねボタン」を押してくださった。

5月2日のことだというが、指揮者の三ツ橋敬子さんが、ツイッターに「いいねボタン」を押してくださった。

当該記事は、以下。

2019年04月30日
題名のない音楽会、三ツ橋敬子、牛田智大、奥田弦。(敬称略)

こんなこともあるんだなぁ〜。


つーことで、ツイッターで、メッセージをした。
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2019年06月16日

文部省役人のトップだった人(前川喜平さん)にCTC (コンタクト)してみた。

自身のTwitter に次のようなコメントをしたという。

前川喜平   文部科学省元事務次官

ネット右翼諸君、

君たちは確立された自己が無いから、国家だとか民族だとかに自己同一化するのだ。

真に自己を確立した個人は、

国家や民族の虚妄性を認識し、

かかる観念を相対化し得る強靱な精神を持っている

2019/6/12 18:18



いやはや、何とも、面白い。

突っ込みどころ満載。

「確立された自己」が、教育という「国家」からの洗脳や、伝統・習慣・習俗という「民族」から無縁で居られるのだろうか。

実存主義者のサルトルは、「どの国に行っても、個人は個人でしょ」と、文化人類学者のレヴィ・ストロースを退けた。この敗北によって、レヴィストロースは、神話の世界に迷い込んだ。

だが、「確立された自己」が、国家や民族と「無縁でいられるはずはない」。・・・それこそが、文化人類学。

つまり、リアリスティックにあれば、自己と国家・民族を同一視するのは、当然の結果である。

前川氏の言う「確立された自己」があっても、それが、「国家」たる学校教師と異なる意見を持つことがあるだろうか。「民族」たる父母兄弟の意見と異なることがあるだろうか。

「独立した自己」を持っていた・確立していた。としても、それが、「国家・民族」の意見と同じなら、批判されるのだろうか。

「異なること」で、「自己を確立した」と認識するのは錯覚である。つか、「体制の意見と異なること」で、「自己を確立した」と自己陶酔するのが、「左翼」である。



spontaが朗らかなのは、

文部省役人の元トップが、

「モダニスト(主観主義・進化論=西欧文明第一主義)」

ってことを明確にしたこと。


spontaは、以下をコメント。

「確立された自己」が「国家・民族」に優先するという彼の論理の底にあるのは、モダニズム。

サルトル(実存主義)は、レヴィストロース(文化人類学)に議論で勝ったが、それはモダニズムの時代のこと。

・モダニズム(主観主義・進化論)は西欧優先主義。
いまの時代は
・ポストモダン(客観・文化相対主義)。

ベルリンの壁の崩壊やソ連の解体で象徴されるように、1980年代でモダニズムに時代は終わり、1990年代以降は、ボスとモダンの時代なんです。
!(^^)!

モダニズムが、西欧の世界戦略のツールであることは、南北問題、資本主義の行き詰まり、地球環境問題の悪化などで、暴露されています。

*

東大卒・霞が関の事務方のトップを務めた前川さんの経歴を思えば、仕方のないことなんですけど、平成につづく令和の時代を「右翼・左翼」という二元論ではなく、多元論・客観論で切り開いていきたいものです。

ブログをやっておりますので、対話・交流などできるとうれしいです。

sponta中村。
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2019年06月12日

「14歳の輪姦被害」を告白した三浦瑠麗さんにポストモダンの立場から思う。(その1)



「14歳の帰り道、車でさらわれた。あれが「魂の殺人」だと、今の私は思わない」


だそうである。

複数の男に車で拉致されたのだから、和姦な筈はない。
つまりは、「暗黙の合意があった」などという言い訳が通じるような経験ではない。
被害を受けたが、彼女は、母親にも、警察にも、産婦人科にも行かなかったとか。


父親は心理学者。 (東大院卒、防衛大学校教授) 

※ 詳細は知らぬが、心理学者の父君が、娘の心の疵に気付かなかったのだろうか。
もし、そうなら、笑止。心理学とは「そげなもの」。

理解ある夫は、東京大学の先輩で、元外務省の役人で、現在は投資ファンドの代表。
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2019年06月03日

斎藤環(精神科医)氏に、ツイッた。

精神科医の斎藤環氏が次のようにTwitterしている。

「一人で死ね」と言ったあなたは、ひきこもりについて何も知らない。無知を受け入れて当事者の声に耳を傾けてほしい。さもなくば沈黙すべきだ。すでにあなたの無責任な妄言の集積が、当事者とその家族を殺人に至るまで追い詰めているのだから。


「知っているなら、発言する権利がある」とは、モダニズムな考えですね。

黒澤明監督の映画では、「その日が暑かったから、犯行に及んだ」との物語があったと記憶する。

人間の行為が、何かのキッカケで始まったと、本人が言明したとしても、それを信じてはいけない。

つか、キッカケは、キッカケに過ぎず、問題は、原因の本丸たる「精神疾患」。精神科医の斎藤氏は、「トリガーにも負けぬ精神」を患者たちに養成すべきであって、「トリガーを弾かないでね」と、泣き言を言っている場合ではない。

まず、自らの無力さを告発し、克服できぬなら、嘆くべきである。



spontaは、(字数制限のため)要約を書き込んだが、原文は以下である。
ひきこもりの根本的な問題を解決できない「専門家(の斎藤氏)」が、「トリガー(引き金)を作った人たち」を批判する。

私は厄年の時、DVをした親から「顔を見せるな」と厄年の時にファックスを送られ、還暦の時、(ウェブ情報で)父が知らぬまに亡くなっていたことを知る。私は親孝行だが、私の両親は責められなくてよいのか。

私は「トリガーを弾かなかった」が、それが人間として、良いこととは思わない。両親と対峙・対面すべきだった。
斎藤氏の(一見、人間愛にあふれる)言葉に騙されてはいけない。

人間が生きていくために必要なのは、養わなければならないのは、「耐性」である。それができない人がいるからといって、「社会そのものを変質させる」のは良くない。

spontaの個人的な「意見」は、実体験から生まれたものであることを含意したテキストだが、200字だと要旨のみしかアップできないので、仕方がない。

その補完の意味も込めて、記事にした。


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2019年05月23日

きらクラにメッセージを送った。




いつも楽しく聴かせてもらっています。世田谷区在住のsponta(スポンタ)と言います。

プロの楽団員になると「体を揺らさないで演奏する」ようになるということを聞いたことがあります。私は高校時代・吹奏楽部。「体を揺らす先輩」の演奏の「音楽性が高かった」っけ。

私の娘は中学時代、一時期、体罰で話題になったジャズのワークショップに参加していたのですが、ドラムの先生から、アメリカでは「タイム感というのがあるんだよ」と教えられました。

タイム感とは、「体の中にメトロノームを持っている感覚」。それと調和をしながら、「エモーショナルな演奏」をしなければならない。

娘が言うには、「タイム感を持った演奏」をするには、「体を揺らしてはダメ」なんだとか。
ならば、プロのオーケストラの楽団員のみなさんは、「タイム感」を大切に演奏をなさっているのでしょうか。

まりさん。そのあたりどうなんでしょうか。教えてください。
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2019年03月15日

ロンブー・田村淳氏の「勘違い」。



『受験』
1年経った今でも言われる…社会人が未来ある若者の大切なひと枠を奪うな!と…でもその意見はおかしいと思うんだよね…社会人でも現役生でも、大学に行く目的があっても無くても、全ての人に門戸は開かれてるはずなので…学びたい人は、学びたい時に遠慮なく学べば良いと思う。

(彼のツイッター 3/14より)



*

まず、受験と「学びたい」は関係がない。

田村さんは、「高校の勉強をしたい」のだろうか・・・。

もし、そうなら、「その成果を吟味する」ために、大学受験をすればいい。
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2018年12月13日

森口博子さんに、アドバイス。


TBSの阿川佐和子さんの対談番組(サワコの朝)を観ていたら、森口博子さんが出演していた。

彼女はエゴサーチ(自分の名前で検索をかけること)を日課にしているという。

spontaのブログでは、「グーグル検索の上位にアップされている」記事の検索数が多い。
ということで、エゴサーチされることを念頭に、「彼女へのファンメール」を書いてみる。
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2018年11月21日

プロフェッショナル・海老蔵さま


NHKの番組「プロフェッショナル」で、

市川海老蔵氏は、

・歌舞伎は、芸術でなくてもよい。

・日本人の根本のDNAを伝統化してきたのが歌舞伎役者。

・今の時代にあったものをお客さんに提供するのがプロフェッショナル。

・私は歌舞伎において、心(感動・よろこび・悲しみ)を提供してきた。

と発言していた。


彼は、アンチの発言の中に「(正しい)欠点の指摘」が含まれると指摘していたから、自分の「思い違い」をタダしたいと、記述する。

勿論、泡沫ブログである「sponta通信」を歌舞伎界トップの彼が閲覧することは、絶望的であることは承知の上で・・・。

以下は、公開メール。
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2018年09月05日

坂上忍さん。体罰を絶対悪とするなら、吉本のドツキ漫才を禁止してください。


週刊誌の記事だという。

(週刊SPA!)
内村航平選手の名物ママであり体操指導者の
周子さんは次のように話す。

「佑斗は私と同じ長崎の出身で、小さな頃からの付き合いがあるんです。
本当に優しい子。指導者としても悪い噂は聞いたことがありません。

仮に、暴力があったとしても、指導の枠を超えたものではないと言い切れます。

体操は命に関わる危険なスポーツです。だから、私のクラブでも気を抜いて練習している子には厳しく指導します。

言っても聞かない子がいたら、練習を見学しているお母さんが、いきなりその子を思いっきりひっぱたくことも。
それって愛情があるからでしょう?(苦笑)」

体操は、「命にかかわる危険なスポーツ」というのは、見ていれば、誰にでも分かる。

あんな高いところから落ちれば、半身不随になるのは、当然である。

そんな「厳しい・危険なスポーツ」なら、指導に「体罰もやむをえない」。つまりは、「自分の批判など恐れずに、指導する」のは、当然である。


すべからく、「体罰禁止」を言う人は、「指導者としての自分が批判されること」と、「指導されるこども」を天秤にかけて、「指導者としての自分」を重要視するタイプである。

その意味で、坂上忍・バイキングキャスターも、「MCとしての自分」を、「体罰をした人」「体罰された人」よりも大切にしていると、断罪される。


spontaの意見は、

体罰は、「プロレスの反則」と同じ。決して、「肯定されない」が、3回までは許される。

そんな感じ。


亡きラグビーの平尾誠二氏は、しかり方として以下の3つを掲げた。


・プレイを否定しても、人格を否定しない。

・フォローする。

・短く叱る。


短く叱るために、「体罰」は効果的である。後で、フォーローすればよい。



どちらにしても、「(こどもの)身に危険が及ぶ状況」なら、指導者は、「体罰をする・しない」などを考えている余裕はない。


それと比べるなら、吉本芸人の「漫才における暴力」は、即刻禁止すべきである。
テレビが「世論・風潮」を作っているなら、当然の処置である。

それができぬなら、軽薄な「体罰批判」はすべきではない。















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