2008年05月26日

マジーこと真島茂樹とエド・はるみのブレークの仕方。

エド・はるみとは、20年ほど前一本のステージを一緒に創りあげた。真島茂樹ことマジーは、マツケンサンバ以来、一家揃っての大ファンである。私は娘と近隣のこどもたちにマツケンサンバを練習させ、盆踊りのヤグラの上に載せたことがある。

エド・はるみとマジーのブレークの仕方は対照的である。




テレビやマスコミを通じて、日本中に名前が知られることをブレークという。マジーは日劇ではスターだったかも知れぬが、ブレークではない。何故なら、日劇のファンにとってだけのスターだったからだ。
それは、同じく、ミュージカルで私の周辺に存在した戸田恵子氏も同じ。アンパンマンの声で声優として、アニメファンにとっては有名人だったし、野沢那智の劇団薔薇座では、堂々たるスター。グリコの名で親しまれていた。だが、一般的には無名だったと思う。
その彼女が、三谷幸喜の映画にキャスティングされ、フジテレビ月曜9時ドラマの常連となるや、日本中に名前を知られるようになった。ブレークした。
真島氏も戸田氏も地道に活動を続けた結果、方や、松平健氏との出会いを経て、マツケンサンバでブレークする。マスコミの注目を浴びたとき、真島氏には人間的魅力に溢れていたから、その栄光はいまも続いている。一方の戸田氏も同様で、NHK名古屋の「中学生日記」からの演技者であり、若い頃歌手としても活動していた経験、舞台、アニメのアフレコなど、芸達者だから、実力は充実している。だが、それをしてもブレークには、三谷幸喜にキャスティングされ、フジテレビの月曜9時ドラマの常連俳優となることが必要だった。

だが、エド・はるみは違う。
私とステージをやっていたときは、江戸はるみであり、その前に「の・ようなもの」という森田芳光の映画や、「映画女優」という田中絹代の人生を描いた松竹映画にエキストラのような形で出演していた。そして、その女優活動に自ら見切りをつけ、ビジネスの世界で糊口を凌ぎ、40歳を過ぎた頃、突然、お笑いの途にすすみ、「グー」&ひき芸でブレークする…。
勿論、彼女のブレークには、吉本興業関係者が彼女を認めたことがあるだろう。だが、彼女の場合は、誰かに見つけてもらうという要素は少なく、「自分で自分の道を切り開いたためにブレークした」。そういう感じがする。



MSNでは、We舞台という公開オーディションがある。
わが娘は、それに応募することにした。
中学2年の娘が、ハンドルネームではあるが、生身の自分を晒している。それは、勇気のいることだと思う。彼女は、英語で自己紹介をし、人気舞台の一部分を一人芝居にしている。
オーディションはいままで、密室の裁判だった。だが、それがMSNビデオのシステムによって公開されている。
まだ、この企画は知名度もなく、注目度もない。だが、この企画が巷間知られるようになっていけば、オーディションに投稿することが、デビューということにもなるだろう。[]

We舞台オーディション映像

新人はまず、デビューという関門があり、次に、ブレークを目指す。デビューできたとしても、ブレークできるものは一握り。そういう厳しい世界である。
だが、インターネットのマルチメディア化によって、少なくとも、デビューなら、誰でもできる。そういう時代になった。娘の勇気に拍手を送りたい。
posted by sponta at 06:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0