2008年05月09日

パラダイムシフトは、メディアの時代が終焉すること。マイクロソフトはスポンタに投資せよ。

マイクロソフトが、ヤフーの買収を諦めたという。提示額は446億ドルだという。そんなお金があるなら、スポンタに、その1/100でも投資すればいい。ポストモダンの時代にふさわしい新しいウェブツールを作って見せる。

仮タイトルは、「フォークソノミー・ツール」。それを作るしか、マイクロソフトの延命策はない。


読売新聞のM&Aの相関図を見ていると、

メディア大手:タイムワーナー、ニューズコーポレーション
ネット接続事業:AOL
ネット検索世界最大手:グーグル
ネット検索世界第2位:ヤフー
ソフトウェア世界最大手:マイクロソフト
ポータルサイト:MSN
などが並んでいる。

だが、それらは何を意味するかといえば、パブリッシャーだということだ。(AOLは例外)

※ここでいうパブリッシャーとは、公にするもの。だが、インターネットの普及において、プライベートとパブリックの境界は曖昧になっている。私のような無名氏でも、2ちゃんねるの規約では公的な人間になり、エントリーの削除依頼は受け付けてもらえない。

*

M&Aの専門家は、メディア異分野間の垂直統合と見るのかもしれないが、その重要度は低い。なぜなら、メディアとはパブリッシャーに過ぎず、それ以外の要素が捨象されているからだ。そして、メディアの存亡がそれ以外の要素に決定的に支配されているからだ。

情報の拡散において、次のような分類が成り立つ。

1. コンテンツメーカー(発信者or署名者)
2. エバリュエイター(評価者)
3. オーソライザー(権威付け者・署名者)
4. ディストリビューター(配信者)
5. モディファイアー(加工者)
6. リ・オーソライザー(再・署名者)
7. レシーバー(受信者)


ウェブ普及以前、1〜4は寡占されていて、5、6は禁止されていた。そして、無名氏は7しか許されていない。
2008年、無名氏である7は、ようやく2を行なう権利を獲得した。だが、獲得した2の権利だが、それを権威づけるシステムが存在しないため、放逐されている。

つまり、2008年における情報統制の現状はこうなる。


2008年の情報分析(メディア時代の終わり)

1. コンテンツメーカー(発信者or署名者)…技能者に限られる。
2. エバリュエイター(評価者)…権力者およびその周辺人によりほぼ寡占。
3. オーソライザー(権威付け者・署名者)…権力者によって寡占。
4. ディストリビューター(配信者)…寡占。
5. モディファイアー(加工者)…著作権法により一切禁止
6. リ・オーソライザー(再・署名者)…著作権法により禁止
7. レシーバー(受信者)…自由。ただし、有料サイトなどが増えている。


上記は、数万以上の情報交換についてイメージして欲しい。私のような数千レベルの情報交換は含まれない。
Cf.テレビ:数千万、新聞:数百万、雑誌:数十万.....ブログは、私のような数百〜数千であり、メディアではなくP2Pコミュニケーション。



これが、ウェブの普及が熟成するにしたがってどうなるか。


2050年の情報分析予想(パラダイムシフト後)

1. コンテンツメーカー(発信者or署名者)…技能者と非技能者が情報交換をしコンテンツを構成させる。
2. エバリュエイター(評価者)…誰でも評価できるが、評価することで評価されるコミュニテーが成立する。
3. オーソライザー(権威付け者・署名者)…評価者の評価によって多様化・多層化する。
4. ディストリビューター(配信者)…評価によって多様化・多層化する。
5. モディファイアー(加工者)…著作権法は多様化・多層化する。
6. リ・オーソライザー(再・署名者)…多様化・多層化する。
7. レシーバー(受信者)…純粋ユーザーというアイデンティティーが確立する。


既存メディアは、ひとつのカンパニーで、1から4を寡占し、5、6を禁じ、7の言論を統制していた。

だが、ウェブの普及とは、メディアの拡散である。
それは、メディアの微分でもある。

拡散するメディアで、その収束を目論むM&Aに意味はない。



思いだしてみよう。
パソコンの時代がやってきた。IBMがパソコンというオールインワンのパッケージに拘っても成功は覚束ない。
マイクロソフトは、OSというメタ次元で寡占することにより、成功を成し遂げた。
だが、OSでの寡占は表面的な勝利でしかない。本当の勝利は、「インテルはいっている」のインテルだったのかもしれぬ。CPUはメタ次元である。

そして、ウェブの普及によって既存メディアが侵食されようとしているとき、メディアに拘っても仕方がない。
そこで、メディアの機能を分類してみる。
すると、
1.コンテンツメーカー
2.エバリュエイター
3.オーソライザー
4.ディストリビューター
という4つの機能がででくる。

この中で、どれを牛耳れば覇権を握れるかといえば、2のエバリュエイターである。



昨年だったか、今村昌平の映画学校出身の私に、「あなたは映画をつくりたくはないのか?」と聞いた人がいた。
私は次のように答えた。
「評価される側にいるのはしんどい。できれば評価する側にいたいですね」。勿論、評価者も評価を評価されることで評価される。とはいえコンテンツメーカーのしんどさには比べるべくもない。それが、表現したい人の割合が1/10を下ることの原因でもある。



そして、フォークソノミーツール。
民衆的分類。

分類は民衆的に行なえる。だが、評価には主権者が必要。
だから、その前提となるフォークソノミーをまず行い、それに関連づける形で、評価者コミュティーを作る。


そういうものができれば、池田信夫氏のブログで起きているような不毛な論争はなくなる。

すべては、スポンタの「フォークソノミー・ツールを参照せよ」の一言で済む。そして、分類にしたがって、その評価者のサイトにいけばいい。



蛇足:
フォークソノミーはあくまでも、最澄の比叡山のような筆授的世界であり、空海の密教のような経験・肉体を伴わない。一方のエバリュエイタ空間は、そうではない。(司馬遼太郎の「空海のいる風景」を参照のこと)
ここにおいても、混乱は起きぬ…。
posted by sponta at 08:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0