2008年04月28日

硫化水素の作り方、チベットで起きていること、情報公開の本質とは…。

ダライ・ラマは、チベットの独立ではなく、チベットで起きていることの情報公開を求めた。
一方、日本では、硫化水素の簡単な作り方を情報公開しないことが喧伝されている。

だが、情報公開は善であり、問題は、情報に接した時、それぞれの個がどのように解釈するかについて、タグがつけられていないことである。(ウェブメソード)


人間の想像力などたかが知れている。数種類の解釈法を提示すれば、それでいい。






おいしそうな料理を見たとき、自分で食べたいと思うか、誰かに食べさせたいと思うか、誰かにつくってあげたいと思うか。それを料理は限定しない。強制しない。

情報そのものを規制することは、そのように不毛である。金属バット同様、学校裏サイトも、プロフも、硫化水素の作り方も、情報の存在そのものに善悪はない。

そして、個がどのように解釈するかについて、社会がどのような施策をしようとも不可能である。


つまり、蝋燭と縄をつかって、いろいろなことができる。縄で縄跳びもできるし、…。そういうこと。



情報公開について、本質的なことを思索しなければ、社会が歪んだ方向に向かっていく。

どんな時代にあっても、コミュニケーションは善であり、ディスコミュニケーションは愚である。(ウエブメソードの根本思想)


したがって、情報公開を規制することは、規制の範囲をめぐって歪んだ社会を成立させる。
その対策は、情報を分類し、それらに対して複数の価値観が複数のレイヤーを成立させ、それにより、レイヤーという部分集合の中で自律的な管理することである。ただし、各レイヤーを個は自由に行き来できる。

現在の消費者団体・労働団体などは、全体に対するクレーマー団体であって、私が定義する部分集合ではない。

情報に接した時、それぞれの個がどのように解釈するかどうか。


問題はコンテンツメーカーではなく、評価者・二次発信者の不備・良識のなさである。
評価者・二次発信者の存在を否定するウェブの現状をなんとかしなければならぬ。

それは、池田先生が言うような、自主規制・自主運営によっては達成されない。ウェブが唯一実現できるのは、自浄作用による健全な世界である。

自浄によるウェブの健全化。(ウェブメソード)


これは絵に書いた餅ではない。


ウェブの自浄作用が実現する条件:

自浄には完全な情報公開。公開された情報の活性化。情報の背後にあるステークホルダー(個・集団の固有の利害)、ルサンチマン(感情・怨念)の公開。国語力バッシングの排除。そして、十分な時間。
それらがあれば、自浄は可能である。


自浄の実際は、自殺者がゼロになることではない。自殺したい人が自殺する。他人を巻き添えにしないことである。そして、自殺を助けたい人も、その努力の結果の上で、達成されない。そういうリアルなことである。
喧嘩をしたい若者たちは喧嘩をする。だが、金属バットは使わない。喧嘩をしても、その後に引きづるならば、社会からバッシングを受ける。だから、当事者たちは引きづることはできぬ。(薩摩武士のモラルの残滓)
それが自浄の実際である。



池田先生が主張する自主規制・自主運営は、運営主体のステークホルダーやルサンチマンから逃れることはできず、短期的に効果はあっても、長期的には無意味である。

インターネットで目指すべきは、「自浄作用」である。

それは、自浄が早期に発生するためのシステムを整えたうえで、自浄を待つことで達成される。(ウェブ・メソード)
posted by sponta at 15:02| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
mixiはどうなの?
Posted by at 2008年11月21日 16:28
mixiはクローズドコミュニティー。だから、情報公開とは反対の立場だよね。

自浄作用も期待できないし、本質的にはインターネット的ではない。

島宇宙としてはあってもいいし、なくてもいい。

そんな感じです。

コメントありがとうございました。
Posted by at 2008年11月21日 18:05
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