2008年04月13日

小倉智昭氏とアグネス・チャン氏の功罪。

さて、北京オリンピックの聖火リレーについて、アグネス・チャン氏は、「私には語ることができない」と告白している。彼女は、日本ユニセフ協会の大使として、「世界のこどもたちの幸せ」をアピールしてきたのに、今回はノーコメントだという。これは、山本夏彦氏のボキャブラリーでいえば、「平和の時の平和論」を紡ぐ輩ということになる。因みに、日本ユニセフ協会はUNICEF(黒柳氏やオードリー氏が関連…)とは別団体だという。ふたつの違いを揶揄的に説明すれば、マージンをとるか、とらぬかということらしい…。


小さな親切運動。というのがあったが、アグネス氏は、その逆をいくようだ。身近な問題には知らんぷりをして、遠いところの問題にやっきになる。
これは、心理学的にいえば代理行為だろう。それは、西欧人たちの聖火リレーに対する過激行動にも通じる。

東洋人のアグネスが、中国の人権問題に知らぬ顔をして、アフリカの人権問題を批判する。ヨーロッパ人が自国の貧富の格差の問題に対する無力感から、聖火リレーを妨害する。


西田幾多郎は、絶対矛盾的自己同一といったが、そのような思想はないのでしょう。




漢民族であり香港出身であるアグネス氏は、中華人民共和国の政治には言及できぬ。利害関係がないから批判でき、利害関係があると批判できぬ。そのような言論者は卑怯である。勿論、そのような輩が存在しても仕方ないが、そのような勢力が自らの発信力を持って言論を行使しようとするなら、社会は少数者の陰謀によって歪な方向に進んでいくに違いない。(彼女は匿名で発信すればいい)

裁判では、配偶者に証人の権利がないように、ステークホルダー(利害関係者)には本来、発言の権利はない。ならば、どうすべきか。それは自らのステークホルダーを明らかにして、プロモーションな言論をすればいい。それしか誠実に発信する道はない。



そして、小倉智昭氏である。

彼はテレビでシルク・ド・ソレイユを絶賛する。私もアレグリアを見たことがあるから、素晴らしいと思う。だが、出演するテレビ局がプロモートしているイベントでは絶賛しても説得力はない。最近では彼の言うことが空々しく思えてくる。彼の言説の裏にはさまざまなプロモーターたちが蠢いていて、それによって無意識・有意識のうちにプロモーションがなされる。…そういうプロモーターな自分を彼は自覚しているのだろうか。これこそが、本質的なバイラル・コミュニケーションである。

最近も、新人歌手を褒めていた。プロモーションビデオが紹介されたが、それほどまで上手い歌手なのだろうか。と思った。あの程度なら、「アメリカンアイドル」の予選落ちだ。

*

私は、フォックスチャンネルの「アメリカン・アイドル」の視聴者である。
そして、その番組で悪態をつく、サイモンの大ファンである。サイモンは悪態をつくことで、自らの自立性・自律性を表現している。



自らの誠実さと潔癖性は自ら証明しなければならない。
ならば、自らのポジションを明確にすることが、不可欠である。彼の鬘疑惑のように、「皆さん分かってますよね」。では、済まされぬのだと思う。

もし将来、小倉氏が、「私はフジテレビの関係者ですので、シルク・ド・ソレイユの最新作に関しては客観的な意見を述べる立場にはありません」と言うことがあれば、彼の誠実を深く感動するだろう。


そして、シルク・ド・ソレイユは事実素晴らしいのだから、かれの言葉が憶測を生むこともない。現実とメディアの関係とはそういうものである。
posted by スポンタ at 12:20| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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