2008年03月14日

ウェブメソードに背を向けたジャパンブログアワード。

さて、批判をするための批判をしないスポンタ。そして、ルサンチマンな発言を自らに禁じるスポンタである。そのことを理解したうえで、読んで欲しい。

2008年のウェブにおいて重要なことは、

1.「量的勘案から質的勘案」へ変化。
2.「語句的把握から意味的把握」へ進化。


つまりは、セマンテックウェブ(意味的インターネット)ということである。


質的勘案は難しい。だから、量的勘案で済ませてきた。これが今までである。
それを逆手にとったのが、西麻布のホブソンのアイスクリーム。店の前に行列ができてしまえば、店の評判は高まり、商売は繁盛する。だが、それは表層的な現象であって、あのブレークからかなりの年月が経ち、ホブソンの名を聞かぬことは、そのムーブメントが内容を伴わなかったことを推理できる。

これは量的勘案の例である。そして、量的勘案が質的勘案に結びつかなければ、量的勘案は消費者・大衆をだましたことになる。

*

一方のペ・ヨンジュン。
彼の来日に広告代理店は、さくらのお迎え部隊を編成・動員したというが、ペヨンジュンの魅力は広告代理店の謀略とは無関係に圧倒的に存在する。結果、ヨン様ブームはブームなどではなく、永遠に続くに違いない。



さて、グーグルも量的勘案である。
リンクの数で、ページの価値を暫定的に決めているに過ぎない。
そして、ジャパンブログアワードも、数的勘案と特権者の評定によって、グランプリを決する。

そのようなものが、暫定的な解決法であり、少なくとも相互補完的なやり方の一つでしかない。
間違ってもオルタナティブ(代替的)な選択肢ではない。



グーグルとジャパンブログアワードの意思決定・代表決定の最大の問題は、「話し合わずに議決をとったことである」。
2008年のインターネットは、インタラクティブ。話し合うことができるのである。

そのようなことに背を向けたシステムに妥当性はない。
と、ルサンチマン(怨念的)であるとの批判を恐れずに、スポンタは指摘するのである。
posted by スポンタ at 05:00| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かに!

リンクの数なんて幾らでも
コントロールできますからね。
("幾らでも"は言い過ぎですかね。^^;)

ただ、ウェブメソードの使い方、考え方を
間違えると逆に意味を成さなくなりますよね。
Posted by そらっち at 2008年03月14日 08:09
コメントありがとうございます。

ウェブメソードは代替的なものではなくて、相互補完的な存在です。

センセーショナルを求めて、オルタナティブなどと煽ってはいけないのですよね。
Posted by at 2008年03月14日 14:33
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