どちらも言論の多様性という意味では許容されるべき。だが、後者の言論は、リアルな人間の本質にマッチしない日本を作ってしまう。
どちらが社会悪かといえば、勿論、後者である。
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彼女たちの感情・直情・言論が責められることはない。
だが、タレントの知名度を使ってメディアに露出するほどの妥当性・価値の重要度を、彼女たちの言論は持たない。
ロリ系エロ本を持っているだけで罰せられる日本が健全な社会であるはずもない。だが、メディアでは、その歪んだ言論が修正もされず放置される。
一方の羊水発言は、発信者が訂正・反省しているにも関わらず、メディアが一方的な価値観を与え露出させる。
アグネスもくーちゃんも、これは発信者の罪というよりは、メディアの罪である。
アグネス発言・くーちゃん発言に価値の重要度を与えたのは、メディアなのだから…。
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アグネス・チャンの言論をここでは詳らかにしないが、以下を読めば分かる。コメントを辿れば、コメント者たちの知性が理解できるはずだ。そして、彼らの知性を感じないならば、それは読者が個の感情にとらわれているに違いない。
https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/itsociety7/index.php?p=88#comments
「個の感情・直情を社会全体に拡大すること」が善であると彼女は信じているようだ。
そして、「自分の気に入らない意見」はすべて悪だとバッシングする。彼女の単純な論理で捕まえられるほど、人間も、人間社会も単純ではない。
フロイトは性欲に限ってリビドーという語を使った。だが、フロイトの中で男女愛も親子愛も人類愛も等価になり混同がおきた。その瑕を修正するためか、ユングは人間のすべての動機をリビドーとした。
善情と劣情の違いも境界線は引きにくい。それらは、個の内観の中では線引きされるのかもしれぬが、それに一切の客観性はない。
以下は、アグネス氏の記事に対する読者のコメント。
できればこちらによせられたコメントはその内容にかかわらず全て、インタビューを受けられた識者の方々に読んでいただくことを希望します。(みなさん、お忙しいでしょうけれども)
さて、アグネスさんのご意見を拝見させていただいて少し、気になったところだけをコメントさせていただきます。
>持っていてもいいというのは楽しんでいいということ。大人の欲望のために子どもが犠牲になるのは理屈が通らない。(アグネス)
違います。罪に問うまでにはその根拠がとぼしいということで禁止していないだけで当時、単純所持禁止に反対された多くの有識者の誰一人、“楽しんでいい”とは言っていませんし、思ってもおりません。まして、『大人の欲望』の自由のために『子どもが犠牲になるのも仕方ない』と言っているのではありません。
麻薬や銃刀類と『無形』である『情報』媒体を所持規制するのは意味がまったく違うのです。その難しさはご理解いただきたいと思います。
また、単純所持禁止がないからといって、児童ポルノが認められている存在なのだともし勘違いしている人達がいるのならば、それに対しては法律的な運用論からの結果であって、『児童ポルノ』自体はあってはならないものなのだとアピールすべきだとは思います。
>わいせつなアニメも子どもへの性的関心をかき立てる。(アグネス)
なぜ、急に“わいせつなアニメ”の話になるのか理解できません。“児童ポルノ”はわいせつかどうかは関係ありませんし、またそれを基準にするべきではありません。(法律的な意味での)わいせつ性はなくても児童が人権を蹂躙されている“児童ポルノ”も存在します。大切なのは絵空事ではなく、確かに息をし、血も流れている“生きているこどもたち”の命です。身体と心です。
規制を強引に強化しようとする人達のこういった“児童ポルノ”ではないものを“児童ポルノ”と決めつけようとするその姿勢がわたしのような『条件付単純所持禁止賛成論者』をも、現状での『単純所持禁止』に慎重にならざるを得ない最大の理由です。
守るべきは今、生きているこどもたちです。自分たちが不快に思う表現を『児童ポルノ』とでっちあげることでは
絶対にこどもたちを守ることはできません。
わたしの言葉が気持ちがアグネスさんに届きますように。
Comment by maru ? 2007年7月2日(月曜日) @ 16時44分00秒
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さて、くーちゃんである。
問題は、「羊水が腐っている発言」。彼女の言論に従えば、我が娘は腐った羊水から生まれたことになる。カミサンは、彼女は何も分かっていないと嘆く。彼女に自分の若さに優越感を持っているとの評論家もいるが、そうなのかもしれぬ。ただ、それは彼女がダイエットという苦労によって得たものだから、彼女の傲慢さから出てきたというのでは必ずしもない。
ただただ、軽はずみだった。
アグネス氏とは決定的に違うのである。
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問題は、オールナイトニッポンが録画であり、編集することも可能だったのに、そのままながされたということ。担当ディレクターは処分されるというが、その懲罰の多寡は数ヶ月〜...?の謹慎がなされるくーちゃんと比べるべくもない。オールナイトニッポンの代役が数年間業界から干されていた鈴木亜美というのも、何かが動いていることを感じさせる。
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彼女の記者会見はフジテレビだけ。フジテレビは、記者会見をするに、街の声の取材を都内数箇所にロケを組んだ。この用意周到ぶりさは、言論誘導の意図を感じる。そして、くーちゃんはインタビューで、「一生懸命」と言いかけて言葉を濁し、発言を訂正する。きっと、事前の打ち合わせで、「反省は口にしてもいいが、頑張る・一生懸命とは言ってはいけない」と、指示されていたのだろう。
私は、背後にいる利権者たちの思惑によって、彼女が心情を吐露することができず、結果として、謝罪・反省会見として不完全に終わったと思えてならない。街の声には、「彼女の涙は、絶望的な自分の将来に対して怯えているだけで、謝罪・反省のなみだではない」というのがあったが、まさにその通りだろう。
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今回は、メディアスクラムではなく、ネット言論のスクラムであるとする論調が多々見える。
だが、それをオーソライズ(権威化)したのは既存マスコミである。
ネット言論がヒートアップするのは、長くて一週間である。
その機を捉えて、芸能ニュース化して騒ぎ立てたのは既存メディア。
そのことを多くのネット者は理解してほしい。
2003年からスポンタ、2007年にスポンタ中村になりました。real nameは中村厚一郎です。




さまざまな意見が対照化されてインターネットで総覧できる。そんな時代が早くくるといいですね。
ありがとうございました。
>だが、それをオーソライズ(権威化)したのは既存マスコミである。
勉強になりました。
盲点というか、見ることを忘れていた部分だと思います。
情報量こそがネットの最大の武器であると同時に弱点なのかもしれませんね。
しかし、方向性が限りなく未知数であるというネットの存在は
決して失われてはならないと思います。
中国の情報統制などは、自ら進歩の道を閉ざすことに他ならないです。
いずれ現行のマスコミなどのメディアは、おおよそすべての人にとって利害を持つ人間に対してのみ機能するただのCMと成り果てるでしょうが、今どの国であっても政府が情報を統制すべきではありません。主体性を持ちすぎているからです。
現状で言うならばネットとそれ以外のメディアは
住み分けをするほかないのかもしれませんね。
乱文失礼いたしました。
>>今回は、メディアスクラムではなく、ネット言論のスクラムであるとする論調が多々見える。
>>だが、それをオーソライズ(権威化)したのは既存マスコミである。
>勉強になりました。盲点というか、見ることを忘れていた部分だと思います。
これは、CBSのニュースキャスターのダン・ラザーの降板のときに気づいたことです。
>情報量こそがネットの最大の武器であると同時に弱点なのかもしれませんね。
否、既存マスコミや、ネット言論をコントロールしたい人たちが、情報を統合するツールをインターネット上に存在させようとしていないのです。
つまりは、全体と構成要素だけで、インターネットを構成させようとしている。
私は、生コンテンツのほかに、価値タグを多出させ、さまざまな統合ツールを存在させるべきだと主張していますが、そのような潮流を阻止しようとする暗黙の勢力が存在する。「フラット」などというテーマをあげる言論人たちは、その擁護言論者たちだと確信しています。
>しかし、方向性が限りなく未知数であるというネットの存在は決して失われてはならないと思>います。中国の情報統制などは、自ら進歩の道を閉ざすことに他ならないです。
方向性は、多分20位だと思います。決して未知数ではない。勿論、価値軸は膨大にあるでしょう。ただ、それとて、数百というレベルではないでしょうか。
>いずれ現行のマスコミなどのメディアは、おおよそすべての人にとって利害を持つ人間に対してのみ機能するただのCMと成り果てるでしょうが、今どの国であっても政府が情報を統制すべきではありません。主体性を持ちすぎているからです。
私の立場からいえば、「政府が情報を統制したいのは必然」であって、その様相から、政府の是非が問われていると感じている。今回の中国の騒動でも、ウイグル族の立場、中国共産党の立場、それぞれがあるのは当然だし、否定することはできないんじゃないかなぁ。そこでどうするのか。…だと。
>現状で言うならばネットとそれ以外のメディアは住み分けをするほかないのかもしれませんね。
ま、そういうことかもしれません。ただ、それ以外のメディアの人たちが、ネットを無視する勇気がない。それだけのことなんです。
こんな昔に書いた記事に、コメントありがとうございました。