2008年02月11日

テンプレート(雛形)のスマートさ。

テンプレートとは雛形だが、ここでは、相反する言論を対照的に表示する様式とする。

つまり、これは2ちゃんねるの用例。つまり、一定の雛形にそって、議論の内容を対照的にまとめること。通常、コメントが1000件を越え、新たにスレッドを追加するときに作成される。


さて、「実名・匿名論争」がある。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/9ad59f1a7f3069cac4c09a84652fccbf

そこでコメントの先頭を切ったのはスポンタだが、その後、さまざまなコメントがつき、50件に近づこうとしている。毎回コメント欄でも気炎を吐く池田先生だが、24時間が経とうとするのにコメントしていない。

結局のところ、コメント欄の議論は停滞しており、それが集束しないのならば、テンプレートにてまとめられるしか、終着点はない。



対立した言論がある場合は、それぞれの言論をフォーカスし、共通項・対立項を明示すればいい。
そして、議論の不備があれば、それを指摘しておくべきだ。
たとえば、関連語句の定義の違い。捨象した事項。援用されなかった新しい概念。....etc.

それがテンプレートである。


議論の当事者はすでに自らの論理のステークホルダー(利害関係)なので発言権はない。それは犯人の妻が証人として発言できぬのと同様に、当然のこと。議論においても、裁定人は、議論の当事者ではなく、第三者たるべきである。当事者の数を比べることによって裁定を決するなどというのは、過去の因習かもしれぬが、愚策である。

さて、何故、2ちゃんねるのテンプレートが存在できるのかといえば、テンプレートの作成者が匿名であり、権威者でないこと。そして、テンプレートの作成によって権威を得ようとしないからである。
匿名であるからに、そのテンプレートの妥当性が低ければ無視されるし、間違っていれば批判される。そのようにして、言論の集約がすすめられていく。

フォークソノミーとテンプレート。これは重要なシステムである。

何故なら、フォークソノミーは大量情報の総覧に続き、テンプレートは大量情報の一覧に続くからである。



posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まとめるんじゃなくて、対照するところで終える。

結論を出さずに、対照提示に留める。それがスマートっていうこと。

寸止めが重要だと思うんです。
Posted by at 2008年02月13日 14:59
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