2008年02月07日

2008年最大のキーワードは、フォークソノミーである。

フォークソノミーとは、集合的分類である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%83%BC


ガ島さんは、日経読売朝日の合同ネットメディア「あらたにす」に関して、次のように書かれています。

http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20080131/1201785934
あらたにすのPV目標は月間400万と抑え目であることからも分かるように、対ヤフーを合言葉に立ち上がった地方紙・共同の「47ニュース」や、ニュースポータルのトップを狙う、ウェブファーストを宣言した産経や毎日(事実上ヤフー傘下となってしまったが…)のウェブ展開とは一線を画すものであり、当然GoogleNewsやiGoolgeなどとは別のベクトルを向いているので、「新聞社は相変わらずネットを理解していない」といったステレオタイプな批判は的外れでしょう。


そして、「あらたにす」関する朝日新聞の社説には、次のようにあるそうだ。

、「民主主義は、言論の多様さと主張の競い合いがあってこそ成り立つ」「比べて読めば、それぞれの主張が立体的に浮かび上がる。どちらに説得力があるかは読者が判断する。これは新聞の側にも大きな緊張感をもたらす。3紙による共同の試みを、日本の新聞がいっそう個性を磨き上げ、競い合う出発点にしたい」


つまりは、三社がテンプレートを作るってことだろう。コンテンツを作って、その重要度のタグ付けを寡占していた状態から、すくなくともテンプレートを作るところまでは進化したのか。と、スポンタは、ちょっと感心する。

ただしこれは、コンテンツの権威付けの重要度のタグ付けから、三社寡占による重要度のタグ付けに移行しただけ。2ちゃんねるのようなテンプレートの妥当性はない。

結局のところ、新聞がインターネットを理解したと言える条件は、

1.永遠のベータ版性を理解したとき。

2.ログが残ることを許容したとき。

3.重要度のタグの不確定性を理解したとき。


それらと、「あらたにす」が隔絶していることは明らかだ。

彼らは、インターネットがベイパーウェアであることさえ、理解していない。



時代は、フォークソノミーに向かっていて、そのことの重要度が巷間理解される日も近い。

ニュースアグリゲート(やじ馬ワイドのようなメディア)とは、ニュースの発掘および再加工だろうが、その前提にフォークソノミーがあるべき。
ニュースアグリゲートでも、コンテンツの重要度のタグ付けこそが、一番重要なことであり、それに批判的加工や讃美的加工がなされるかどうかの重要さは低い。

既存メディアはフォークソノミーに淘汰される。

そして、既存メディアが唯一生き残る道は、フォークソノミーの結果をオーソライズすることである。


posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 集合的コミュニケーション論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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