つまり、ブロードキャストとマルチキャスト。そして、ビデオオンデマンドはユニキャスト(特定単発信)。
だが、年末、衛星放送のコンセプトを考えていたら、いままでとは違うコンセプトに気づいた。
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いままで市井の言論をオーソライズすることを考えていた。オーソライズすることによってメディアにアップされる。それが実効的であり、そういうツールをつくることが、スポンタがなすべきことだと感じていた。
だが、よくよく考えてみれば、集合知にオーソライズは必要がない。
たとえば、「狼が来た」と言いつづけた為に信頼されなくなった少年の話がある。あの話において、だれも「狼が来た」ことをオーソライズしなかった。そこに問題があったといえば問題があったのだが、オーソライズされる権力がなくとも、「狼が来た」というのが誤報であったことは巷間信じられることになった。そして、狼が本当に来たときは、問題ではあったが、「狼が来ていない」ことは周知の事実だった。
考えてみれば、南京大虐殺や従軍慰安婦。そして、沖縄の集団自決においても、日本一のマスコミの権威(朝日新聞)がいかに喧伝しようとも、それが定説とはなっていかない。さらにいえば、そのようにして、マスコミの権威は相対的な価値を失っていく…。失っている。
2008年にはその傾向がもっと極まっていくだろう。
アメリカでロビイスト活動をするホンダ議員も、アメリカの上院も、相対的な価値を下げていく。アメリカが正義の御旗を振っていないことは、誰の眼にも明らかなのだから…。
問題はタイムラグ。
ノーベル賞作家の自己都合の小説を覆すのに、40年近くかかった。ウェブ時代では、そのようなことは無くなっていくに違いない。NHKの募金夫婦の場合は約1カ月で、その悪性が暴かれた…。
ゲームの理論によるゲームが、ウェブの機能によってワンゲームの時間が極小化するならば、オーソライズなど必要ない。
それが、今年初の私の指摘である。
だから、私は池田信夫先生のように、「ムーアの法則によって、「情報技術のコストの高さによって成立するようなビジネスモデル」はすべて瓦解する」等とは言わぬ。どこまでウェブがワンゲームの時間を極小化できるか。その機能・制限によって当該ビジネスの寿命・賞味期限が決定するのだ。
勿論、池田先生の諦念により、すべてのオーソライズメディアに未来はないが、コミュニティービジネスは前途洋洋。…なのであるが。
【集合的コミュニケーション論の最新記事】
2003年からスポンタ、2007年にスポンタ中村になりました。real nameは中村厚一郎です。



