2007年11月17日

ウェブ2.0とは何か。

ひろゆき氏とティム・オライリー氏がウェブ2.0について語っている。

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20361105-2,00.htm

新しい思潮が起きており、それをウェブ2.0と名づけようとした。
と、オライリー氏は素直に語っていた。私は拙い英語でオライリー氏のブログにコメントを寄せたことがあったが、何も反応はなかったのを記憶している。

そこで、飽きもせず、コメントを以下のように書き込んだ。


インプレスのウェブ2.0のムック本に、「ウェブ2.0の条件は、ユーザー主役・オープン性・外部性の3つである」と、マイネット・ジャパンの上原仁さんが書かれていました。
外部性とは、集合が大きくなることで、その集合に属する部分集合も構成子もメリットを得ること。

オライリーさんは、Open Source Paradigm shiftの代わりに、ウェブ2.0の語を使ったようですが、ご本人もその意味を理解されていないようですね。

Open Source の優越性はopenであることではなく、openであることにより、市井の知が結集すること。
Joi伊藤氏は、「YouTubeの成功の理由はMy Spaceの中に組み込めたことだ」と言うが、openであることは何も生まない。openであることがpublishされ、知が結集されるから成果がある。
知が集まることでデメリットが生じるシステムはウェブ2.0ではない。
たとえば、知が集まることによってフォーカスがボケるようなシステムは、ウェブ2.0的ではない。

詳しくは以下のブログに…。

http://sponta.seesaa.net/archives/200705-1.html

ありがとうございました。


オープンソースによって、ソフトウェアのコモディティー化(日用品化)が起きている。
ここでも、ティム・オライリー氏は、誠実にいまウェブやITの世界で起きていることを述べる。つまり、ティムは、ソフトウェア産業のマージンが低くなっており、新たな市場を見つけなければならぬと示唆する。(…梅田望夫氏よりも誠実だ。)
それは、IBMがハードをオープン化させることでハードの世界を牛耳ったが、それはハードのコモディティ化を呼んだ。そこでソフトウェアの価値が増大したのだが、その存在にIBMは気づかなかった。

ソフトウェアの価値増加の中で、マイクロソフトは存在感を増した。だが、OSの世界を独占することにより、コモディティー化が起きる。OSは空気のようなものになり、リナックスOSがあろうとなかろうと、さしたる吸引力を持たなくなる。
その波はオフィス関連ソフトにも波及し、いま、SNS的なグループウェアにもすすんでいる。

*

では、次は何か。と、いえば私は、「評価者たちの時代」「評価的発信者の時代」と説く。

印刷屋が新聞をつくっていた時代が終わり、ジャーナリストが新聞をつくる時代になった。そのように、ハード者がソフト者を兼ねていた時代が終わった。
そして、ジャーナリストは情報発信者だと思われていたが、実は情報評価の寡占者だったことが暴露される。
そして、評価者が情報発信者を兼ねていた時代が終わる。

ノーベル賞作家・大江健三郎氏の法廷での戯言など、報道の価値もない。沖縄の戦災者たちが、年間200万円近い遺族年金を受け取るために偽証した。それだけのことであり、それは、沖縄県民の被災者たちへの国家賠償の不備を補うやり方であり、批判すべきではない。その所作を通じて、本土の人間は苦汁の決断をした沖縄県民たちの辛さに思いを寄せるべきである。もし報道するならば、ノーベル賞返納すべし。との意味においてなされるべきである。

わが心の師・今村昌平はその晩年、北朝鮮をユートピアとして描いた自作「にあんちゃん」に関して、深く反省していた。そのような作家として自省的な態度が大江氏には皆無なようである。
posted by スポンタ at 06:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | アルゴリズムの時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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