2007年09月24日

「サイバージャーナリズム論」のそれから〜。

出版から2ヶ月が過ぎ、おおかたの書評は出揃っているし、販売の行方もなかば決していると思うので、私の感想を綴ることにする。



私の手元にあるサイバージャーナリズム論の本には、沢山の書きこみがしてある。

先のエントリーで、私はこの本を「既存のメディアからみたマスコミ」と評している。私はネット者の立場でマスコミを見ているから、その乖離は深い。

私は、既存のマスコミのことをマスディストリビューションと評しているが、マスという言葉も考慮しなければならない。

いままで、マスという言葉は大量という意味で使われてきた。
だが、これからのマスとは大量という意味ではなく、匿名者との出会いということ。

そう考えてみれば、既存メディアが匿名者の発言権を否定する理由も明確になる。匿名者の発言権を認めれば、自らの寡占した発信権を失うことになる。



何故、私がそのようなまどろっこしい言い方をするかといえば、メディアの時代が終わり、P2Pの時代がやってくるから…。
P2Pの時代にはマスは存在しない。つまり、大衆、分衆ときて、とうとうマスは消滅したのである。



マスが消滅した時代はどういう時代かといえば、「個が時代の傍観者であることを許さない時代」である。

受動的受信者から、能動的受信者の時代へ。



それは、発信者の特権を毀損し、プライドをずたずたにする。

それがマスコミとジャーナリズムの「それから」である。
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