2021年02月23日

マービン・ルロイ監督におけるミメーシス。(哀愁〜心の旅路)


恋愛映画の古典的傑作を2点考察する。


「哀愁」1940年。

本作で主演のヴィヴィアン・リーは、前年製作の『風と共に去りぬ』では乱世を生き抜く強い女性を演じたが、本作ではその反対のか弱い踊り子を演じている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%80%E6%84%81_(%E6%98%A0%E7%94%BB)



「心の旅路」1942年。

(こころのたびじ、Random Harvest)はアメリカ合衆国の恋愛映画。 監督はマーヴィン・ルロイ、出演はロナルド・コールマンとグリア・ガースンなど。
1941年に出版されたジェームズ・ヒルトン作の小説である。この小説は『失われた地平線』、『チップス先生さようなら』などのヒルトンの先行作品と同様にポピュラーになり、その年のパブリッシャーズ・ウィークリー(英語版)全米ベストセラー小説リスト(英語版)の2位(英語版)になった[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%97%85%E8%B7%AF


ミメーシスとは、古代ギリシアの芸術論で、「過去の傑作を、さらにインパクトを強化して模倣・再現すること」である。

日本のドラマ・映画が低迷するのは、「モダニズム」の根本的な考え「芸術作品は、芸術家のオリジナルな創造物でなければならぬ」。つまりは、「ミメーシスを認めない」からである。

「モダニズム」の根本は、主観論と進化論だが、それがミメーシス(模倣再現)を認めぬ限り、芸術は進化しない。


先日、BS放送で、マービン・ルロイ監督の傑作を2本、立て続けに観た。小学生時代、メロドラマ好きの母・姉の傍らでブラウン管のテレビで何度も観た記憶がある。

ひさしぶりに観たので、「心の旅路」のあらすじを忘れていたが、堂々たる作品。つか、「哀愁」の欠点を補って、模倣再現されたのが「心の旅路」であると結論する。


模倣再現されたもの。ヒロインとヒーローの属性。

【共通項目】

ヒーロー(男性主人公)は軍人。
・「哀愁」では、家柄のよい貴族の出身。親族に高官な軍人がいるのみ。ドイツ戦線に従軍したのみ。ヒーローの詳細は描かれない。
・「心の旅路」では、家柄のよい貴族の出身。家業を継いで実業で成功し、国会議員になる。

ヒロイン(女性主人公)は芸能人。
・「哀愁」では、バレリーナ。親友がいる。
・「心の旅路」では、旅回りのレビューの歌手。


【差異】

・「哀愁」では、
・出会いは、空襲で偶然ヒーローと巡り合う。(受動的意志)
・その後、戦死の誤報から絶望し街娼になる。再開後、ヒーローとの結婚を望むが、過去に懊悩し、自死する。(運命に負けた女)

・「心の旅路」では、〈能動的意志〉で、(精神病院から逃げてきた)ヒーローを助ける。
・その後、(記憶喪失の)ヒーローと結婚するが、記憶を失った彼は目の前から消える。新聞記事から彼の現在を知ったヒロインは、彼の秘書になりすまし、記憶を甦るのを待つ・手助けする。そして、記憶がよみがえり、エンドマーク。(運命にあった女)


・「哀愁」のヒーローは、ヒロインの懊悩を共にしない。

・「心の旅路」のヒーローは、懊悩するヒロインと一緒に過ごす。(ビジネスマンと秘書として。心の中に愛する人(実はヒロイン)がいるヒーローは、形だけの妻としてヒロインと結婚する)


2作は、以下の点で進化している。

・〈受動的意志〉 → 〈能動的意志〉

・「運命に負けた女」 → 「運命に勝った女」

・「男女のすれ違いのドラマ」 → 「男女のそれぞれの立場から運命を切り開くドラマ」


ミメーシスとは、

・過去の傑作に「改善点を発見」して、それ以上の作品を目指すこと

それがあれば、「焼き直し」や「二番煎じ」にはならない。「前作を踏襲するのではなく、前作を改善する」のが肝。


そのような視点がないから、「バックトゥザフューチュア」はパートを重ねるたびに愚作になっていった。
前作が過去だから、次は未来なんてことしか考えていなかったに違いない。

「男はつらいよ」の主人公のような人間的な魅力がMJフォックス演じる主人公にはなかった・・・。

posted by sponta at 04:54| 東京 ☀| Comment(0) | OZ評価 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0