2007年07月16日

CJ論02:ふたつの「サイバージャーナリズム論」。2003年と2007年の乖離というよりも、インターネットの特性を見誤っては、何も始まらぬ。

東京財団のジャーナリズムの「それから」研究会では、ネットに関わるジャーナリズムの現状と将来について、意見を交わすことが主眼になった。

だが、その実際は何かといえば、「インターネットとは何か?」という根本的な問題であった。

2003年の「サイバージャーナリズム論」には、2.2. インターネットの特性という章を設けている。

そこで、指摘される項目は以下。

1.双方向性

2.リアルタイム性

3.一覧性

4.到達力(リーチ)

5.情報伝達量

6.オンデマンド性、あるいは保存性

7.検索性

8.扱える表現様式(マルチメディア性)

10.コスト


とある。

このような項目を見ただけで、内容を想起しないキャプションづくりは、極めてインターネット的ではないので悲しくなってしまう。

内容をイメージさせぬキャプションは、発信者の意地悪でしかない。

*

※例:×2007年の教育の問題(抽象的)→×ゆとり教育の弊害(現状提示のみ)→ゆとり教育をやめよ。(現実の否定のみ)→個の多様性をいかした教育をめざせ。(代案提示&アウフヘーベン)

*

それは、さておき、これらの殆どが、実は、テレビやラジオでもすでに、達成されていることを理解せねばならぬ。

視聴者参加番組は双方向性だし、生番組はリアルタイム性。新聞各社の記事を紹介する朝の報道系ワイドショーは一覧性。テレビの到達力はネットをはるかに凌ぐ…。
以下、さまざまな分析があるが、巷間流通しているものと同じであり、ここであらためて紹介するまでもないだろう。



一方の私が指摘するインターネットの特徴は、4つ。

1.インターネットは無限の地平。

…中心も偏狭もない。よってガバナンスも固定パイを奪い合う椅子取りゲームも無価値。
あるのは、ディファクトオブスタンダードであるかどうか。すべては、この指止まれ方式によって優劣が決する。


2.永遠のベータ版性

…すべての発信はベータ版(未完成版)のリリースでしかない。


3.ログが残ること。

…そして、あろうことか、未完成版と改訂版が並存する。…重要なことは、紙かディスプレイの違いではない。


4.マルチタグが情報にまとわりつく。

…これにより情報発信者がコンテンツに君臨する時代は終焉を迎える。


この4つの特徴によって、起こることは、既存のエスタブリッシュの権威が失墜することである。

既存のエスタブリッシュの失墜は、新たなるエスタブリッシュの誕生、ネットユーザーの時代の到来を意味すると感じる人たちもいるだろう。

だが、それは早とちりである。


フラットなアルゴリズムが専横している現在のインターネットの構造では、ネットユーザーが主役になることはない。



それが、ネットの不安の源泉であり、2007年以降解決しなければならない問題。

2007年本の腹帯にある「ネット社会が不安な理由」のすべては、フラットなネットの現状に起因するものである。

アルゴリズムについては、50以上のエントリーをすでに上げているので参照していただければ幸いである。

50エントリーの長部であるが、図説満載なので、楽しんでもらえると思う。


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