2021年01月01日

2021年元旦。spontaの今年の抱負。 (ポストモダンから見たこの世界)

昨年の最大の成果は、

・ポストモダンから見たこの世界

というブログタイトルに行きついたことである。

これは、日本の多くの分野が、

・「ステークホルダー(関係者・権力者・責任が追及される人達)の主観」によって成り立っている

ので、それを「ポストモダン(客観・相対主義)」の立場から是正することである。


モダニズムによって「科学」なる命題が生まれたのだから、

モダニズム(主観主義)も「我思う。ゆえに我あり」(デカルトは1650年没)の時代から400年近く経つ今、払拭されるべきである。

磯田道史歴史家は、パンデミック(コロナ禍)がパラダイムシフト(価値観の転換)を起こすというなら、それは、

・モダニズム(主観主義・人間万能の進化論)の終焉と、ポストモダン(客観主義・地球環境との調和を目指す文化相対主義)の始まりであ
る。

※ 磯田氏は、アカデミズムの徒ではなく、「真如(本質を短く言う)」な人。ポストモダンである。

先日は、彼は番組で、

・日本は、先進人工密集国家なのに、驚異的に森林の割合が多い

と、指摘していた。また、

・明治のかなりの時期まで、日本国民は「士農工商の精神」に捉われていた

と、日本の特徴を簡潔に示した。至言である。だが、それは、「歴史がそうさせた」のではなく、先住民・縄文人たちの「(自給自足のリアリズムな)気質」が反映したものに過ぎない。つまり、

・森林と共存する縄文文化が、日本の森(里山)を存続させた。

・士農工商は(弥生文化なら階級社会を形容するが、)縄文文化なら「身分相応」であり、階級的な対立を表現しない。


(ポジションが異なってもほとんど同じことをする)サッカーでは、誰もがフォワードを望み、ゴールキーパーを希望する少年は少ない。

だが、(ポジションメンバーのプレイが異なる)ラグビーでは、小柄ですばしっこいならスクラムハーフ。馬力に自信があるなら、フォワード第一列(プロップ・フッカー)。背が高いならフォワード第二列(ロック)。頭脳派ならスタンドオフ。足が速いならウイング。試合全体を見渡したいならフルバック。

スクラムハーフをチビだと貶(けな)す人はいないし、プロップをデブと野次る人もいない。つか、それぞれの体格がリスペクトを呼ぶ。それがラグビーであって、その所作は縄文的である。


私が、ポストモダンな人として愛でたいのは、俳人の夏井いつき嬢。

彼女は、俳句の世界に「形式批評(評価基準を明確にした評価)」を実現し、俳句界の中心的人物であり、俳句の普及者であり、人気者。稀有な存在。

通常は、形式批評をすると、主観批評の人達から「嫌がられ・疎まれる」。だが、彼女はMCを務める番組に、名だたる先輩・有名どころをゲスト回答者として登場させ、かれらの「主観を愛でて見せる」。

そのことが、ポストモダンの実際を垣間見せる。


2021年の私は、「ポストモダンから見たこの世界」を愚直にテキスト化する。

それにより、当該案件のステークホルダーたちが、「もうひとつ上のレベル」に移行することを目指す。

謹賀新年。


新年冒頭に指摘したいのは、

・3密は、感染拡大の重要な因子

だとしても、それがすべてではないこと。

・今回の第3波に関して、都民の振る舞いが「主要因」だとしても、完璧に3密が達成された

としても、それがグラフィカルに感染者数に表現されるのではない。

かつて電通の社長は、

・広告の半分は無駄。だが、どれが無駄かは分からない

と、素直を発言をして、広告の無効化を肯定した。

同様に、女都知事は、

・都民のせいにする

のではなく、

・都民には、3密を避けることしかできない

と諦観すべきである。
この記事へのコメント
あけましておめでとうございます。
今年もガンガン書いて書きまくってください。
毎日読んでますから。
Posted by 愛読者一号 at 2021年01月01日 07:48
ども。あけおめです。

年末から40肩で気力なく、何も仙人になっていました。

愛読者1号さんの存在は勇気ずけられます。

南極1号は人間ではありませんが、愛読者1号さんは人。人っていいですよね。

本年もよろしく・です。
Posted by spt at 2021年01月09日 11:58
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