2020年12月29日

「麒麟が来る」は、歴史を捏造している。(光秀はヒューマニストではない)

作家・堺屋太一氏は、「経済小説をなぞらえて、戦国を描くのもあり」と豪語していた。

休日を憩うサラリーマンが、「日曜8時の歴史ドラマで月曜からの仕事への触発とする」なんてことだろう。


公共放送・大河ドラマの問題は、

・ドラマを楽しむのではない。

・歴史トレース。つまりは、歴史の再現ドラマ

つまり、シナリオライター(我が担任教師・池端俊策氏)に許される創造は、

・歴史に残っていない部分を埋めること。

今回の「麒麟がくる」では、門脇麦演じる医師の助手(薬師)や、ナインティーナイン岡村が演じる隠密など。


視聴者は、大河ドラマを事実・史実として鑑賞する。

今回問題になっているのは、

・光秀が、人道主義者・ヒューマニストとして描かれる

こと。

比叡山の焼き討ちに関して、

・信長は「女こどもも皆殺し」を命令したが、光秀は拒んだ。

と「麒麟がくる」は描いた。だが、光秀がヒューマニストという記録はない。つか、

× 信長の信頼を得ている光秀が「勝利よりも、(たとえ女こどもであっても)敵方の生命を優先する」

とは思えない。

これは、

・民間人を殺傷してはならない

という現代の戦争の規範に習ったに過ぎない。

つか、現代を想起するなら、

・(比叡山の山法師たちは)オウム教団のカルト信者と同じ。

信者ならば、僧侶であっても、女子でも、こどもでも、兵士である。つか、信長の信頼を得ている部下ならば、信長以上に「勝利のための殺傷を望む」というのが自然。


白川静氏の「漢字」の語源によると、「道」という感じの語源は、

・異郷を歩くときは、(その土地の)邪気が寄ってくるので、(その土地の人間の)「生首」をぶら下げて歩くことから来ているという。

だから、漢字のつくりは「首」。へんは「シンニョウ」つまりは、進行する。

中国古代or人間の根源において、異郷に赴くときは、現地人の生命を脅かすことが前提であった。ヒューマニズムは(人間の)普遍的な原理ではない。つか、日本においても、

・(ヒューマニズムとは、日本軍の玉砕戦法に手を焼いた)占領軍が、日本を脆弱するために使った思想兵器である。

ヒューマニズムが人間の根源ならば、死刑制度などあるはずもない。だが、ヒューマニズムを掲げるアメリカ合衆国でも死刑はある。


自分が死ぬか、相手が死ぬか、究極の選択を日々迫られる戦国時代。

親や兄弟を殺す武将も珍しくない戦国時代。人道主義などありえぬ。人質に差し出した母親や娘を救うことはあっても、敵方の生命に配慮することなどありえぬ。

つか、平家は義経・頼朝を殺さなかったばかりに、彼ら兄弟に滅ぼされたことを歴史に学んでいる戦国武将たちは、「非情にふるまう」に違いない。

だが、2020年の日本の大衆に向けたドラマは、そのような戦国武将の「一般的な行動規範」を許さない。


このあたり、17世紀フランス古典演劇理論の「外的/内的整合性」に関連する。

まず、「良い・悪い」「おもしろくない・おもしろい」の定義をしないとね。これを参考に・・・。

【sponta中村のOZ理論】

映画・ドラマの「客観的で、妥当性のある評価基準」(2020.07.17)


評価の実際 & 例外。(2020.07.17)




三島由紀夫の自決から50年が経ち、「憂国の士」として、三島由紀夫を再評価するムーブメントをマスコミが捏造している。だが、三島の憂いが、自衛隊に向けられたのは、

・(天皇陛下の)臣下としての(徴兵に応ぜず)義務を負えなかった自分を懺悔する

のであって、日本民族の堕落を憂いたのではない。
寺山修司が詠ったように、

・マッチするつかの間、命捨つるほどの祖国はありや

というのが、現実ではないか。


つまり、令和2年において、

・天皇陛下は「統合の象徴」であり、「国際親善&国際平和&日本国民の安寧」のために、活動する

のであって、

・国民に「奉仕・献身」を求めない。


明治の元勲たちは「よき国をつくる」とお上(帝)に誓った。そのような精神の延長線上に乃木将軍の殉死があるのだろう。そして、三島由紀夫。
ということであって、それを令和の時代に適用するなどありえぬ。

−−−つか、そのような精神こそ、「麒麟が来る」の主人公たちの精神的風土に近いはず。ヒューマニズムなどありえぬ。


光秀の丹波攻めに関しては、打ち取った相手の首の数で論功行賞するとの光秀の書状が残っているという。
はたして、ドラマではどのように描かれるのか――。


「天正7年(1579年)の丹波八上城の攻防で、光秀が丹波の土豪衆に宛てた文書が残っています。『敵兵を1人たりとも残さず抹殺せよ。首の数に応じて恩賞を与える』といった内容で、光秀の残酷で非情な一面を記した史料(『小畠家文書』)です。
光秀は波多野秀治が居城とする八上城を包囲して、砦を作って兵糧攻めで追い込んだ。ドラマでは、信長の非情な比叡山焼き討ち命令に反し、光秀は女、子どもは逃がしたというように描かれていました。しかしこの丹波攻略では、光秀自身がかなり残酷なことをやっていたのです」(渡邊さん)

史実では、丹波攻略のクライマックスとなる八上城の攻防までに、味方の裏切り、敵軍の攻勢による一時撤退、そして妻の死など、光秀にはさまざまな苦難が待ち受けている。だが、光秀は丹波攻めを再開した2年後に、八上城を陥落させて丹波を平定。信長から賞賛を受けるのだ。
「丹波攻略における光秀の非情な一面については、これまでのドラマ展開からして、あまりよろしくないシーンとなるため、またナレーションでスルーするのではないでしょうか」(渡邊さん)

光秀が丹波を平定した後、信長の権力はさらに強まる。



「麒麟が来る」では、「大きな国をつくり、平和な世の中をつくり、万民を幸福にする」という超目標で、信長と光秀が行動する。

だが、ローマ市民が「(一部分の)特権階級」なのと同様に、戦国時代に万民という概念などなかったハズ。

信長・光秀・秀吉の行動原理も「一族郎党のサバイバルのため」に違いない。


一般的な時代劇であれば、「史実とかけ離れた(登場人物の)行動原理」でもいい。
だが、番組の最後に、歴史の舞台への旅案内をするNHK大河ドラマは、「真実を装っている」。

ならば、装束ばかりでなく、キャラクターの行動原理にも「時代考証」すべきである。

大河ファンから高評価だったのが、『訣別』のラストシーン。織田信長(染谷将太)と対峙することを決めた足利義昭(滝藤賢一)の前で、十兵衛が涙ながらに決別を告げる。その鬼気迫る演技が感動を呼んだ。ところが、史実はかなり違うようで……。

「じつは所蔵されている明智光秀書状には、その1年ぐらい前の元亀2年(1571)に十兵衛は出家をする覚悟で義昭のもとを離れたがっていたことが記されています。ちょうど坂本城の城主になったころです。京に上洛した当初、十兵衛は信長にも義昭にも仕える立場で両者の調整役でしたが、途中から義昭に対して嫌気がさしていたと思われます。つまり、書状を出した時点で、義昭に対して命がけで忠誠を誓うほどの主従関係ではなかったということです」(渡邊さん)

為政者の立場で歴史を塗り替える。

公共放送NHKがやっていることは、実は、韓国・文政権がやっていることと同じということに、私たちは気づくべきである。



posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | OZ評価 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0