2020年12月28日

韓国映画「隠された時間」は、時をかける少女を超える。

spontaは、嫌韓派である。近代から現代にかけて、かの民族が日本に何をしてきたか。彼らの教育が何をして、国際社会で何をしてきたかを問題視する。

だが、是々非々のなので、韓流ドラマを愛でる。


この間、CATVで「隠された時間」(2016年、韓国)を観た。

タイムスリップ系青春映画の傑作である。


【解説】

『世界で一番いとしい君へ』などのカン・ドンウォン主演のラブストーリー。
孤独な毎日を送る少女と、彼女の前から突如として姿を消すも大人の姿になって現れた少年の交流を追う。メガホンを取るのは『親切なクムジャさん』のスタッフなども務めた新鋭オム・テファ。『アジョシ』などのキム・ヒウォン、テレビドラマ「冬のソナタ」などのクォン・ヘヒョ、『自由が丘で』などのムン・ソリらが共演。


【あらすじ】

母親が他界し、義父と共に離島に移り住むことになった少女スリン(シン・ウンス)。家にも新しい学校にもなじめずにいる中、ソンミンという少年と出会う。自分と同じように親のいない彼と心を通わせ、次第にスリンはソンミンに好意を抱くようになる。ある日、ソンミンたちと立入禁止区域内にある洞窟に足を踏み入れるが、スリンだけを残して3人の少年が行方不明になってしまう。その後、スリンの前にソンミンを名乗る青年(カン・ドンウォン)が現れる。周囲の大人が彼を警戒し、警察がマークし始めるが……。



上記は、シネマトゥデイからの引用である。だが、ほとんど意味はない。spontaがポストモダン的に形容すると以下になる。


【ポストモダン的な形容】

韓国映画「隠された時間」は、これまでの「時をかける少女や君の名は。」など、タイムスリップ青春系作品のを超える傑作である。−−−(過去の傑作との相対評価)


筒井康隆の原作小説の映画化の「時をかける少女」では、ヒロインは、未来からやってきた少年に初恋する。だが、未来人であるカレにはミッションがあり、未来に帰らなければならない。事情を知ったヒロインは、心を揺さぶられるが、彼が未来に戻るために協力する。そして、淡き初恋の思いは、ミッションの一環として、消されてしまう。

「時をかける少女」


−−−「時をかける少女」の問題点は、

・ヒロインがタイムスリップ案件に巻き込まれる。(主人公の非自主性=人情噺に同じ)

・カタルシスは、記憶が消されてしまうこと。(ドラマではない。設定である)

※ ドラマとは、対決・対立・摩擦・葛藤・恋情。



☆ それを「隠された時間」でミメーシス(過去の傑作を、さらにインパクトを強化して模倣・再現)すると、

・ヒロインとヒーローが、謎の卵石を破壊することで、タイムスリップが発生する。(主人公の自主性による物語の始動)

・(中学生になった)ヒロインと(2度のタイムスリップで2回り年の差が開いた)ヒーローが、船上で再会するところで終わる。

ここには、「君の名は。」のような「直接会ったことがないものどうしが初恋する」などという不可解な展開はない。サンドイッチマンの富沢のセリフではないが「ちょっと何言っているかわかんない」である。


「ありえない異次元へのタイムスリップ」を信じない刑事(「冬のソナタ」のキム次長が演じている)がタイムスリップに巻き込まれて改心するものの、「世の中に対応するには、誘拐事件に巻き込まれたと嘘をつけ」とヒロインに囁くのは、パターンではあるものの、伏線の回収としても納得がいく。つか、そうした展開がなければ、刑事は「大道具と同じ」点景の人物である。


「時をかける少女」は、物語を解体されてリメイク2010年されている。

ヒロインは、母の初恋を探しにタイムスリップを試みるが、思わぬ展開に巻き込まれる。


母・娘の初恋が交わる感動的な作品になっている。だが、「ヒロインの意志が物語を動かしていく」という意味では、「因果律(状況を解決するための当然の行動)系」(偶然の連続が、運命を感じさせる)であって、「自由な選択肢から、主体性を発揮する主人公」とはいえない。

・ヒロインは、「母の頼み」で、タイムスリップに挑戦する。

・(原作では、現代で未来の青年と初恋するが)過去の時代で青年と初恋する。

わが師・首藤剛志氏は、「人情噺なんて嫌い」と「大江戸捜査網」の脚本家を辞退。アニメ界で勇名をはせた。「人情噺」とは、(封建時代の)桎梏に耐えるだけ。「主体性のない主人公たち」の物語である。


実存主義の哲学者・ハンナ・アーレントは、戦犯アイヒマンの裁判において、「ナチスドイツの体制に従ったアイヒマンに主体性はない」と看破し、ユダヤ人の同胞たちを嘆かせた。

ふつうの人々は「主体性」など持ち合わせていない。「主体性」こそ、ドラマを動かしていく大きな魅力である。




まず、「良い・悪い」「おもしろくない・おもしろい」の定義をしないとね。

これを参考に・・・。

【sponta中村のOZ理論】

映画・ドラマの「客観的で、妥当性のある評価基準」(2020.07.17)


評価の実際 & 例外。(2020.07.17)

posted by sponta at 02:49| 東京 ☁| Comment(0) | OZ評価 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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