2020年12月21日

韓ドラにはまった百田尚樹氏へ。(韓ドラの要点)


お騒がせ放送作家・百田氏が韓ドラにはまったというので、韓ドラの要点。日本のドラマとの違いについて要約・解説する。

会話体(パロール)なので、閲覧諸氏も本質をつかみ取るために参考にされたし。

百田尚樹@hyakutanaoki

この前、仲のいい編集者が「『愛の不時着』という韓流ドラマが面白いですよ」と言ってきた。

マジで頭にきた私は、「わしを舐めとんのか!クソ韓流ドラマなんか見るわけないやろ!」と一喝したが、彼は「騙されたと思って一度見てください」と。

ま、そこまで言うならと、Netflixで見たら…

ハマった


かつての私もそうだった。   (私も嫌韓論者である)

かなり昔のお正月。ブームの数年後。「冬のソナタ」を観た。そして、感動した。

だが、当初。感動の理由が分からなかった。

仕事で一緒になった人は、

・初恋

・記憶喪失

・出生の秘密

・難病(不治の病、失明・・・)

・交通事故

のワンパターン。なんていう自己分析を教えてくれた。つか、「冬のソナタ」はそれらすべてを網羅しているから凄い。

百田尚樹@hyakutanaoki

韓流などにハマるのはアホなオバハンだけやと思ってたが…

「愛の不時着」は設定が荒唐無稽で、シリアスなのにコメディという無茶なドラマで、1話目を見た時はこれが面白くなるのかと思ったが、いつのまにかハマった。

面白さのためなら何でもありというガッツが凄い!

すいません、韓流なめてました。

おっしゃる通り。「面白さのためなら、何でもあり」なんですよね。

それって、「面白さのためなら、パクリもOK」ってこと。

つか、

・日本では、プロデューサー・ディレクター・シナリオライターの「個人の感覚」が、「面白さ」を定義する。

結果、最近では、福田雄一監督の「新解釈・三国志」のような愚作が完成する(評判が最悪な映画を木戸銭を払って見に行く好事家ではないので、観ていない)。同様に、大ヒット作「踊る大捜査線」の本広克行監督がももくろ主演の「幕が上がる」という愚作をつくる。(高校演劇部のOB・生徒しか楽しめない映画)

ところが、

・韓ドラでは、「面白さ」を「個人の感覚」に頼らず、「過去の傑作」で定義している

つまり、古代ギリシア芸術理論「ミメーシス(過去の傑作を、今の時代に合致するように、さらにインパクトを強化するために模倣・再現する)」を行っている。(ダンテの神曲は、ホメロスのオデュッセイアのミメーシスである)

一方の日本は、「芸術作品は、芸術家個人のオリジナルな創作物でなければならぬ」という近代主観主義(モダニズム)に縛られている。だか、そのような進化論は、ベルリンの壁崩壊・ソ連が解体した1980年代で終わっている。
日本は過去の価値観・世界観に縛られたまま。韓ドラは、その先を歩んでいる。

百田尚樹@hyakutanaoki

マジレスすると…

作家の目から見て、なるほどなあ、と感心するところが随所にある。そのあたりは専門的になるので説明は割愛するが、ひとつだけ言うと、役者がめちゃくちゃ上手い!日本のドラマみたいにアイドルや素人の学芸会みたいなところはない。

悔しいが、そこだけは日本の負け。

日本の制作現場が、芸能プロダクションの政治力に翻弄されているから当然ですね。

「麒麟がくる」の沢尻エリカの代役が、大手芸能プロダクションの女優に決定したのは、その典型。(みなさまの・・をキャッチフレーズにする)公共放送でさえ、そうなのですから、民放は当然です。

百田尚樹@hyakutanaoki

もう一つマジで言うと、私が観た韓流ドラマは「愛の不時着」だけ(しかもまだ最終回まで観ていない)。

ただ、「愛の不時着」は、アメリカ人やヨーロッパ人が観ても面白いと感じるのではないだろうかと思う。

他の韓流ドラマは観ていないので、全ての韓流ドラマに共通するかはわからない。


その他、「梨泰院クラス」も面白い。

総じて言えるのは、「いままでのパターン」を踏襲しながら、それを変革する・進化させるところが、韓ドラの真骨頂。

最近のドラマをまとめると、

・「愛の不時着」= 「北朝鮮・悪い人たち」ではない系ドラマ。

・「梨泰院クラス」= 「復讐して当然の主人公」が復讐しない系ドラマ。

・「私のIDはカンナム美人」= 「容姿でいじめにあった女の子が、美容整形する」が(いじめた人たちに復讐するのではなく)美醜コンプレックスを克服する系ドラマ。

・「キム秘書はいったい何故?」= 財閥後継者との玉の輿を拒絶するヒロインのドラマ。

・「彼女の私生活」= 「スターと一般人の恋愛」の変種。契約恋愛の新パターン。

等である。

蛇足的に付け加えると、「スターと一般人の恋愛」ドラマとしては、チェ・ジウ主演の「スターの恋人」が素晴らしい。その理由は、ヒロインに「揺るぎない主体性がある」ところ。

日本のドラマでは、叙事詩的な「運命に翻弄されるヒロイン」がほとんどだが、チェ・ジウ演じる映画女優は「自分で運命を切り開く」。

日本のドラマは、いまだに「人情噺(封建的な人間関係に適合を余儀なくされるヒロイン)」が専らである。

posted by sponta at 04:21| 東京 ☀| Comment(0) | OZ評価 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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