2020年11月27日

三島由紀夫と明智光秀は同類。犬死である。


2020年、大河ドラマは明智光秀。

明智光秀は、旧来の権威を尊び、足利将軍を擁立するために信長に取り入り、信長が天皇の権威を無きものにしようとしたため、本能寺の変を起こしたとの解釈が一般的である。


一方、今年、三島由紀夫の自決が断続的にマスコミに露出している。

論調は、ノーベル賞を期待される文壇の最エリートが、自らの主義・主張のために自らの命を投げ出したことに価値を見出している。
だが、彼の主張を一言でいうと、

・自衛隊は、天皇の軍隊としての気概を持て。

彼は、自衛隊が憲法違反なことに、自衛官たちが反発しないことを憤った。

美濃部達吉氏は「天皇機関説」として、天皇制は「挙国一致のためのシステムである」と看破したが、三島は「明治政府の洗脳にまんまとはまった」純朴な魂。


令和の時代、「天皇制が統合の象徴」であることは変わりがないが、統合が目指すものは、

・(西洋列強の帝国主義に対抗して)民族の自立を守ること。

ではなくなった。

わたしたち日本民族がめざすのは、

・国際親善と世界平和のけん引役となること。

である。
そして、

・被災者慰問

を通じて、「国民の安寧を願う」思いを具体化している。


明智光秀は、歴史が敗者として片づけているから、問題はない。

だが、三島由紀夫を英雄としてマスコミが評じるなら、時代錯誤。彼は、時代を見誤った落伍者でしかない。自殺者を愛でるのは、反社会的行為である。



posted by sponta at 07:36| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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