2020年05月21日

アリストテレスのミメーシス理論の訂正。(純化・不純物の除去)

「日本の映画・ドラマがおもしろくないく」のは、アリストテレスのミメーシス理論を援用していないからと、確信している。

【アリストテレスのミメーシス理論】

1. 過去の傑作の、(さらにインパクトを強化した)ミメーシス(模倣・再現)。

2. 現実社会の、(散文性を排除した)ミメーシス(模倣・再現)。

と定義してきた。

spontaのオリジナルではなく、放送大学・青山昌文(美学・芸術学)教授の講義を、映画&ドラマ関係者がまとめたものである。


マイクロソフトのビル・ゲイツは、ウィンドウズOSは、「私の所有物である」と宣言して恥じないが、「過去のコンピューター・プログラマーたちの成果物」がなければ、ウィンドウズOSが成立しないのは、当然である。

ハードウェアは、オリジナルがそのまま、後続開発物に使われることはないが、ソフトウェアではデジタルだから、後続開発物に「過去のプログラマーが作ったコード」がそのまま使われている。

つまり、「過去の作品に学ぶ」だけではなく、「過去の作品を模倣・再現」することで、現在の技術が成立している。


映画&ドラマも、そうあるべきであって、そのための理論が「アリストテレスのミメーシス理論」である。


さて、「過去の傑作」に対しては、「(今の時代にあうように)さらにインパクトを強化して」と、ミメーシス(模倣・再現)を定義した。
ロックシンガーのダイヤモンド・ユカイ氏に言わせれば、「コピイはダメだよ。カヴァーでなくっちゃ」。つーこと。


だが、人気アニメ「けいおん!」がspontaの頭がよぎる。大ヒットしていることを思えば、「けいおん!」は失敗作ではない。−−−成功作。

この作品は日本のアニメだから、「(制作者たちは)ミメーシスしていない」はず。

それを承知の上で考察すると、過去の「高校生活もの」「部活もの」のヒット作を

・さらにインパクトを強化していない。

なのに、何故、ヒットしたのか?
という疑惑が残る。

その結論として、「アリストテレスのミメーシス理論」以下に修正する。

1. 過去の傑作を、(さらにインパクトを強化して、or 純化させて or 欠点を修正して)ミメーシス(模倣・再現)する。

※  「欠点を修正して」。青山昌文教授(美学・芸術学)の理論に引っ張られてきたが、韓流ドラマのミメーシスの実例を思うと、この重要度が一番高いので、追加する。(5/14)


「純化」とは、「不純物を取り除くこと」。

ドラマは「集中度・統一感」を上げることによって、魅力的になる。


女子高校の「軽音楽部」を描くにあたり、盛り上げるために採用されるべき要素は多々ある。

・全国優勝などを目指す。

・廃部の危機。

・ライバル関係(部内 or 他校)

・恋愛要素。三角関係など。

・家業の不振などの危機。

しかし、「けいおん!」では、それらを採用しない。


つまり、アニメ「けいおん!」において、

× さらにインパクトを強化する

ではなく、

○ 「現実(女子高生の日常)」(の刺激・インパクトを強化するのではなく)、「純化(不純要素を除去)」

する。


アリストテレスのミメーシス理論・第2項の、「現実社会の散文性を除去」する。
つまりは、「脈絡のない現実の出来事に〈文脈〉を見つけ、ストーリーを構築する」ミメーシス(模倣・再現)するのではない。

積極的に「純化」する。不純物を除去するのだ。


「けいおん!」の「ストーリーの刺激の無さ」は、(日本のアニメーションの歴史からいって)希有な存在。
京都アニメーションの「美術(背景)の力」がそれを成立させている。

オリジナル信仰の日本の映画&ドラマ界では、よほどの「制作者の意思統一」や「原作による限定」がなければ「刺激的な要素を排除できない」。

「ガンダム」「エバンゲリオン」「鬼減の刃」のような作品は、今後も出てくるにしても、「けいおん!」に類する作品は、なかなか登場しない・できない。

つか、中学3年だった娘は、いまや社会人。歴史が証明している。


「まったり系群像劇」。または、「純化ミメーシス作品」である。

posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ドラマ・映画・演技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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