2020年01月10日

カズ、(ラグビーと比べて)サッカーを批判する。


2019年はラグビーの年だったといえる。

キング・カズも例外ではなかったようで、ラグビーと比べて、サッカー選手は「痛がり過ぎる」と苦言を発している。


このコメントは、

・審判に反則をアピールし、ペナルティーを得る。

つまりは、「有利に試合をすすめる」ための方法であって、それは、

・サッカーの根本的な問題。

と思っていた。


先日の東アジア大会において、中国の選手が日本の選手の頭を蹴るというファールがあった。
当該中国選手は「蹴ろうと思ったところに、日本選手の頭がやって来た」と平然と語る。
つか、そうなったら「蹴るのをやめる」のが、反則にならぬ方法である。


ラグビーの場合、ハイチャージ(肩から上へのタックル)という反則がある。当然のことながら、低身長の選手にタックルする場合は、反則になりがち。タックルした選手を「持ち上げてしまう」のも反則。つまりは、低体重の選手に対して反則になりやすい。

そのような「相手の体格に起因する反則」であっても、「反則しない」のが規律であって、中国代表サッカー選手の言い分は、噴飯ものである。


サッカーでは「ズルガシコサ(マリシア)」が求めらる。だが、日本人選手は、その点で劣っている。
たしかにそうかもしれぬが、より正確に言うべきである。

つまりは、

・「ズル賢さ」と「悪どさ」を切り分ける必要がある。

ダイビングは「悪どさ」であり、反則時のクイックスタートは、「ずる賢さ」である。

マラドーナの「神の手」は、審判を欺く「ズル賢さ」であり、それを賛美するサッカージャーナリズムは邪悪。


江戸時代の日本を旅行した西洋人は、「日本人の誇り高さ」を賛美している。
スポーツにおいても同様で、問題は、

・勝ち負けよりも、大切なものがあるか?

どうかである。
2002日韓ワールドカップで、南半島が「審判を買収した」のは、彼ら民族に「勝ち・負けよりも、大切なものが無い」からである。
もし、同じことを日本サッカー協会がしたら、日本国民が黙っていない。

・私たち日本人には、「勝ち・負け」よりも大切なものがある。

それは、

・正義を貫く

こと。


ラグビーの「ノーサイド精神」は、

・「勝ち・負け」よりも大切なのは、「友情」

と主張している。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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