2019年12月27日

spontaのAPA論文、落選す。

APAホテルの論文懸賞に応募していたが、落選したことを知った。
12月に発表だが、入選なら「内示は10月頃に来る」と思っていた。だから、落選を覚悟したのは一月前。とっくのとうに諦めていた。

余談だが・・・、

(表向き)芥川賞は、築地の料亭での「審査委員の話し合い」によって決まる。

だが、昔、宮城まり子さん(吉行淳之介氏の同居人)から、こんなことを聞いたことがある。

池田満寿夫氏の「エーゲ海に捧ぐ」が芥川賞候補になっていた。

吉行淳之介氏は池田氏に、「最後の数ページをカットする」なら、芥川賞にすると電話する。

池田氏は「芥川賞が貰えるなら〜(何でも受け入れます)」と承諾した。


受賞の裏側には、いろいろなことがある。審査員が「受賞作を添削する」など、評価者(大御所)と被評価者(新人作家)の談合である。
カンヌ映画賞も同様で、ロベール・ブレッソン監督は「受賞を条件」に、作品を出品したという。同様なことを黒沢監督も・・・。

我が校長・今村昌平監督は、「楢山節考」と「うなぎ」でカンヌの最高賞を得ているが、二度とも、「受賞を諦め」早々に帰国し、授賞式に出席していない。

そのことは、今村昌平の作品が「政治力」ではなく、「作品力」によって栄冠を勝ち取ったことを表現している。



APA懸賞論文も同様である。

第一回の受賞者は、制服組元トップの多母神氏。彼の社会的存在感を増すために、この賞が設立されたのであり、その後の多母神氏の活躍(彼は数々の挫折を経験したが、世相・論調に一矢を報いたはず)を思えば、この懸賞論文は成功している。

つか、同賞の存在意義を私は否定しない。受賞者決定の裏に何があろうとも、そんなことはどうでもよい。


落選の理由を自己分析すると以下。

・懸賞は「(自虐史観に囚われた日本の)近現代史の修正」を求めている。

だが、私の論文は、

・自虐史観や、近現代史の修正は、枝葉末節に過ぎぬ。

と看破し、

・本質は、縄文(自立・自給自足系文明)と弥生(他者支配・寄生系文明)の相克。

と、説く。

・(日本国体の脆弱化を意図する人たちに洗脳された)左翼者たちが、自虐史観を描き、それを(マスメディアは反体制でなければならぬと洗脳された)マスコミが情報を拡散した。

※ 愛国主義者は「セルフィッシュ(自己都合優先者)ではない」。他国は知らぬが、(こと)日本のでは、国士は、「○○ファースト」ではなく、「正義・至誠」を最上とする。

生前、笹川良一翁は「競艇事業で財をなした」セルフィッシュな人見られていた。だが、彼がつくった日本船舶振興会は日本財団に名前を変え、慈善活動団体として世界に知られている。

彼は「お父さん・お母さんを大切にしよう」とコマーシャルで連呼したが、それが「反グローバリズム宣言」と気づく人はいなかった。

・グローバリズム=世界経済により、国家を解消すること。(国家・民族は自立させない)ニューヨーク証券取引所を通じた世界支配。

・家父長制=国家・民族の自立。地域の復興。

APA会長は、笹川翁と並び称すべき国士。
私はリスペクトする。

※ 東京の一極集中は、東京が高度に「外資に乗っ取られている」から。地方が不況に陥っているのは、「外資の手が及んでいない」から。


※ 「民主主義で選ばれた内閣・政府」を報道機関が「敵対視する」のは、「民主主義に反する行為」である。
ましてや、

※ (軍旗である「旭日旗」はともかく)日本の統合の象徴である「日の丸・君が代」を否定する日教組などなど・・・。だが、「(国立・公立の)卒業式から排除すること」に合理性はない。
「統合の象徴」天皇家を賛美するマスコミが、「君が代・日の丸」を是認しないのは合点がいかない。


それらの根本的な原因は、

縄文 vs. 弥生

に事を発するのであり、「近現代史の修正」という表層にコダワっては、「見えるものも、見えてこない」
と、懸賞論文の趣旨を否定するなら、受賞なんてありえない。
....ORZ


sponta論文の概要は以下。

タイトル:
映画・ドラマから見た「日本芸術の特異性」

構成:

1.序論
日本人の特徴は、(西欧や特定東アジアと異なる)
○ 向上心                × 競争心
○ 真如(短い言葉で表現する)      × 知識(の量を誇る)
○ 真情(自分の心・相手の心・自然の心) × 感情

2.結論
〈ものあわれ〉こそ、日本人の本質である。

3.ドラマとは何か。
ドラマとは、登場人物の〈対立〉によって生まれる。

4.世界の中の日本の映画・ドラマ
忖度する日本の精神風土の中で、日本の映画・ドラマは、独特の世界を築く。

5.「シン・ゴジラ」はアンチドラマにすることでヒットした。
映画「シン・ゴジラ」は架空の再現ドラマである。

6.市川宗家の父子(団十郎・海老蔵)におとける〈ひとのあわれ(感情)〉と〈もののあわれ(無常)〉
日本の観客は、〈もののあわれ〉を愛でる日本の伝統が希薄になっている。

7.日本文化の特質。
(自給自足・自主運営の)縄文文化はり「自然との共生」を目指す。
一方、(寄生・統治・他者支配の)弥生文化は「人間中心主義」である。

8.終論。
現代日本人のルーツは、「自給自足系の縄文」と「寄生系の弥生」のふたつ。
どちらかを否定するのではなく、このふたつをハイブリッドすることが、「国際社会から尊敬される日本」であるために重要である。

※ お読みになりたい奇特な方のために、PDFを載せておきます。.

この記事へのコメント
残念な結果でしたね。
でも、スポンタさんのチャレンジ精神には敬意を表します。
これからも、頑張ってください。
Posted by 愛読者一号 at 2019年12月27日 04:59
コメントありがとうございました。
Posted by at 2019年12月27日 06:06
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