2019年11月22日

令和の「天皇機関説」。



美濃部達吉の「天皇機関説」が糾弾されたのは、

・天皇は「機関(システム)」であって、「神ではない」。

と、当然のことを指摘したから。
戦前、天皇の存在根拠は以下。

・万世一系。

・現人神。



だが、戦後、知識人たちは、過去の幻影や幼少期に刷り込まれたものを引きづりながら、いろいろなことを言う。

・天皇が神事を行う

ものだから、天皇が神官である。
などと・・・。

だが、私の感じるところでは、「戦後の天皇」は明らかに宗教ではない。


私による宗教の定義は以下、

・存在論を司る。

・処世術を指南する。

つまり、天皇。および、それを奉る人たちが、「天孫光臨」のような存在論は勿論、(神父や僧侶が行うような)処世術を説教することはない。

平成という緩衝時代を経て、令和。

「天皇」は、「統合の象徴」に純化した。

そんなふうに、私には見えている。


新天皇の即位の儀式。

それらは、民間の七五三やひな祭りと同じ。宗教と関わらない習俗であり、それでいい。

私たちは宗教と関係なく、キリスト教式で結婚式をあげ、クリスマスで祝杯をあげるのだから。

この記事へのコメント
宗教であることは否定したが、国民の想念を集めていることを否定しないし、それにより価値があると指摘したい。
Posted by spt at 2019年11月22日 08:05
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