2019年10月30日

Misiaは、歌が下手。

と、専門家が言わないから、一般大衆が勘違いしてしまう。


サミー・ディビスJrが日本公演をした時、前座をしばたはつみ嬢がつとめた。

すると、舞台袖にやってきたサミーが「糞」とつぶやいたのだという。

(その場にいた代理店氏から、妻が聞いた話なので、流通していないはず)

私は、娘とともに彼女の「マイラグジュアリー・ナイト」大好きだから、彼女の歌を「糞」とは思っていない。

だが、シナトラ・ファミリーの彼が「糞」というのだから、「糞」だったのだろう。

その話を初めて聞いた20年以上前は分からなかったが、今なら「糞」の意味が分かる。

しばた譲の歌は以下が欠落している。

・ハーモニー感

・タイム感



「ハーモニー感」と「タイム感」は、エラ・フィッツジェラルドにあるが、凡庸なジャズ歌手たちにないもの。

・ハーモニー感とは、単音でも和音を感じさせること。

※ つまりは「整数倍音成分」が豊かな歌声ということ。これは民謡など日本の伝統的な歌唱法とは異なる。

・タイム感とは、歌っているタイミングとは別に、メトロノームを感じさせること。(つまり、二つの時間感覚を感じさせること)

※ ジャズでなくても、四拍子の中に二拍三連が出てきたとき、「四拍子と三連のふたつ」を同時に感じさせなければダメ。つまりは、二拍三連が出てきたときに「テンポルバート(自由なテンポ)になってはダメ」。

※ グルーヴ・スウィングとは、メトロノームとの微妙なタイムラグを持って音出しをすること。


Misia嬢も、日本のミュージックシーンなら、まったく問題ない。
だが、タイム感も、ハーモニー感も欠落している。

そのことが、東京ジャズのステージの収録映像から察知することができる。

身体の揺らし方を見れば、「タイム感がないこと」は理解できるし、歌声を聴けば「(エラ・フィッツジェラルドのょうな)倍音構成的に芯がない」ことに気づくことができる。


東京ジャズは、世界的なミュージックシーン。その場所で「日本風ジャズ」を披露するのは慎むべき。

かつて松田聖子がポブ・ジェームスと共演したのはご愛嬌だが、Misiaは単独演目として出演している。

伝説の名歌手・美空ひばりは「民謡という日本のルーツ(豊富な倍音構成を求めない日本の文化伝統)」を持った歌唱法だから、「それでよい」「批判しない」。だが、「あたかも本格派(本場のジャズ)」といった体でステージに登場したMisia嬢のことは、「指摘すべき」である。


佐久間正英氏は、YMOの世界的なブレークは「商業的に仕組まれたもの」と看破されたが、Misiaも同様だろう。つか、Jujuも・・・。
つまりはソニー系の〜。






posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
声楽家が選ぶ「上手い歌手」で一等賞になったのがMisia。

二位が玉置浩二。三位が吉田美和。

結局のところ、ハイトーンやロングトーンを評価する声楽家たちは、エリック宮代をすごいと思う高校生と同じ。

テクニック的には凄いけど、音楽的にはどうかな。っていう日野さんのセリフを思い出す。
Posted by spt at 2019年12月04日 23:35
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