2019年09月03日

中学校図書室向け出版企画。(その2)



私は「クリエイティブ系職業」を進路に選択したが、その願いは叶わずに現在に至る。

「願いが叶わなかった理由」は、その業界の「評価基準」が分からなかったからである。


受験戦争に敗北した私は映画監督に憧れて、カンヌグランプリの今村昌平監督の映画学校に入学する。

私は、自分が優秀なら「映画監督になれる」と甘い希望を持っていた。だが「学歴がないと、映画監督になれない」が現実だった。

もちろん例外はある。「一週間の徹夜もへっちゃら。酒が強い」などの体力・持久力が成功に導く場合もある。

映画学校時代の友人は、髪の毛ならぬ「おちんちんを振り乱す」ことも厭わぬことで、ピンク映画から一般映画に上り詰め、日本映画監督協会の会員である。

私の場合は、「睡眠時間が足りなくなると思考力が低下する」「お酒も弱い」。ましてや、おちんちんも・・・。

であって、専門学校卒の学歴では「尻すぼみのキャリア」になった。


唯一の成功への足がかりが「シナリオで賞を取ること」だったが、私は「シナリオの評価基準」を察知できなかった。

そして、後年、シナリオ受賞作のほとんどは「左翼系思想」なことに気づく。

同級生のシナリオ一等賞は半島系の出身。彼は城戸賞も取るが、在日がテーマであった。シナリオ審査員の大半が「左翼者(進歩的文化人)」だったのだろう。

だが、一般大衆は、そうではない。同級生は「娯楽映画」のプロデューサーからは見向きもされず、大学の映画学科の先生をしていると聞く。
「左翼思想」を父に重ねて嫌悪した私のシナリオ作品が賞を取ることはない。

そして、私淑したシナリオの師匠からは嫉妬され、「企画書ライター」「あらすじライター」「ゴーストライター」の経歴だけで、終了する。


この出版企画では、クリエイティブ系進路の「評価基準」を明らかにする。これは画期的な出来事である。


何故なら、今まで、『クリエイティブ系の「評価基準」は、世の中に存在しなかった』から。


その理由は、「作品を創造するのは、〈作家のオリジナルな個性〉」であり、「作品を評価するのは、〈鑑賞者のオリジナルな個性〉」とする「モダニズムの世界観」だったから。

しかし、1990年代以降、時代はポストモダン。

「客観的に作品を評価・吟味すること」の妥当性が求められている。

本著で、「評価基準」が明確にされるジャンルは以下である。

・俳優の演技

・声優

・アニメーター

・小説家

・ダンス

・歌唱

・音楽(器楽)

執筆者は、「それらの業界」に近いところにいて、「評価基準」は何かを考察し続けてきた。それが出来たのは、「業界の中枢に存在しなかった」ことが「客観性・中立性・独立性」を可能にしたからである。


「13歳のハローワーク」の出版社・幻冬舎から出版できることがベストだと考えるが、競合他社でも構わない。
というか、競合他社の方が、同著作を不備を突けるから最適なのかもしれぬ。

※ 13歳のハローワークが「百科事典・電話帳的な意味」で、価値があるのは揺るぎない。ただし、それは「夢を見るため」に限る。「夢を現実にする」には、今回の企画出版が不可欠である。


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