2019年09月09日

ストラヴィンスキーの指揮者論。


FM放送を聴いていたら、ストラヴィンスキーが自作の指揮をしていた録音の特集があった。

番組では、ペトルーシュカ、火の鳥、春の祭典で知られる偉大な作曲家の指揮者に対する考えを紹介していた

・指揮者は、作曲家が指定したテンポをメトロノームに徹するべき。

日本の指揮者・山田和樹氏は、「メトロノームでは音楽にならぬ」との発言をするが、20世紀を代表する作曲家は「真逆の発言」をしていたのである。


「打ち込み」という一種のメトロノームをもとにして、トラックを重ねていくポピュラー音楽の技法を思えば、「メトロノームでは、情趣豊かな音楽にならぬ」が間違いなのは明らかである。

今回、ストラヴィンスキーの発言を知ることで、私は「わが意を得たり」と嬉しかった。


ギター・デュオ、デパペペのメトロノームとの共演を聴くまでもない。

・グルーヴできれば、

・クロノス時間とカイロス時間という二つの時間感覚を独立して持つことができれば、

情趣ある音楽は可能なのである。

否、

カイロス時間だけの音楽は、「糸の切れた凧」のようで、覚束ない。


比喩的にいうと、

・部屋に絵を飾ろうとして、バランスが悪いからと、柱の位置を動かそうとするのが、テンポ・ルバート。

・柱の位置はそのままにして、最適な位置に絵を飾るのがグルーヴ。

である。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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