2019年09月06日

映画・ドラマの5分類のまとめ。

ハリウッド発の「映画・ドラマの分析法」が、「日本に普及しなかった」と指摘した。

その理由は、ミメーシス理論。つまり、

・映画・ドラマが参照すべき「現実」が異なるから。(アメリカは他民族・銃社会・対立 vs.日本は単一民族・対立を嫌う忖度社会)

とはいえ、ハリウッド映画や韓流ドラマの移入により、日本人の好みも変革している。日本芸術が表現してきた伝統は「もののあわれ・無常」だが、そればかりではなくなっている。対決をモッパラにする「ひとのあわれ」系の作品も少なくない。

TBSのジャイアンこと福沢氏が演出する日曜ドラマは、その類い。

だが、悪役が悪役として「敗れ去る」ことに、我々日本人は「無情でいられない」。そういう優しい心根がある。


私は映画・ドラマの構図の分類として、5種をあげたが、そのうちの3種はエンタメ系である。

【エンタメ系3種】

・Duel of Passion

・Loss of Passion

・Loss of Emotion

だが、「敗者が誕生する」Duelものは、日本人の観客にとって「厳しい」。

具体的にいうと、信玄vs.謙信の Duel ものである「風林火山」よりも、
「足軽から、天下人にまで出世する」。つまりは、「敵が人間」ではなく、「身分制度」の方が、日本人の観客にとって「優しい」。
つか、そのようなPassionに憑かれた主人公は「息苦しい」。

小津映画や松竹大船作品のような「相手を忖度する」心優しい主人公が好まれる。


このあたりを深く理解しないと、日本の映画・ドラマを分析・把握することはできない。


残りの2種は、アート系。

ちなみに、アートは芸術であり、その定義は以下になる。

・芸術: この世界・人間の本質を表現する。

・デザイン: 意味を表現する。


【アート系2種】

・ Contrast of Nature

・ Reference of Nature

※ この場合のNatureの意味は「性質」。

※ PassionやEmotionが顕在意識なら、Natureは、無意識な行動。

さらにいうと、

※ Passionは「主体的・意識的な活動」であり、Emotionは「客体的・自然発生的な心理」である。


私は、Contrast of Natureとして、今村昌平監督のカンヌ作品「うなぎ」をあげたい。

役所広司演じる主人公の「生き方・行動」は、きわめて自然なものであって、Passionでも、Emotionでもない。Natureとしか言いようがない。それが、刑務所で知り合った柄本明演じるキャラクターと対比・対照される。柄本演じるキャラクターは、役所演じる主人公に、何度も嫌がらせを試みるが、それに役所が「対抗心を燃やす」ことはない。対立は存在しないし、当然のことながら、感情を動かさないし、忖度もしない。

だが、観客にとってはContrastといて、受け取られる。


そのような対照さえない場合もある。それが、Reference of Natureという最後の分類である。

この分類の作品は、「ドラマとアンチドラマの境界線」上に存在する。

同じく今村昌平監督の「復習するは我に在り」。この作品の主人公は、キリスト者である父親を恨んでいるが、物語の中で「これといった対立」は表現されぬ。

緒形拳演じる主人公の深層心理の中で、「(三国連太郎演じる)父親に反抗している」だけ。そのヤルセナい心情が、彼を連続殺人に誘う。


どちらにしても、アート系作品は「意味を表現する」ことを拒否した作品。その吟味において、鑑賞者の「品質」が求められる。

spontaの考えは、映画・ドラマは大衆娯楽芸術。

したがって、「意味」があり、なおかつ、「存在(この世界の本質)」も表現していることが必須と考えている。

posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | ドラマ・映画・演技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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