2019年09月13日

矢沢永吉。最後のLA録音。そして、グルーヴ。

永ちゃんのLA録音のドキュメンタリーを観た。

彼曰く、

・日本ではグルーヴする音楽は録音できない。

LAのサンセットスタジオで、旧友のスタジオミュージシャンや、録音技師と再会した彼は、

・これが世界レベル。

とご満悦。

spontaは、何故、彼は、

・日本を世界レベルにしようと思わないのか。

と思ってしまう。


「君は歌っている時は勿論、歌っていない時もグルーヴしているね」と、わが娘は、高校生の時に日本屈指のビッグバンド・宮間敏行とニューハードにデビューしたトロンボーン奏者氏に絶賛されている。

彼も同じ。「歌っていない」打ち合わせの時も、身体を揺らして「グルーヴ」し続けている。

インタビューに答える永ちゃんの「独特の高揚感」も、「グルーヴのなさる技」かもしれぬ。


彼は18歳の時、広島から夜汽車で上京したが、尻が痛くてたまらず、横浜で下車したという。

永ちゃんは「ちり紙交換のアルバイト」をやっていた。spontaは、横浜の知人が教えてくれた。キャロルでブレークする迄、苦節の時期5年ほど・・・。

キャロルを早々に解散してソロアーティストとして活動を始める理由は、「グルーヴしていないメンバーたちに満足できなかった」からに違いない。


ミック・ジャガーは、次のように言う。

・ロックは、若さや勢いで出来るが、

・ロールは、無理。

ロックンロールの最大のレジェンドが指摘した「ロールは無理」とは、グルーヴのことに他ならない。


さて、

では、日本のロックミュージシャンが、「グルーヴとは無縁」なのかといえば、そうではない。

数は少ないが、アメリカ風のグルーヴ、イギリス風のグルーヴが存在する。

娘が「歌っていない時の君もグルーヴしているね」と賞賛されたのは、日本屈指のギタリスト・北島健二氏から、小学4年生の頃「ヤマハから贈呈された電子ドラムの初期リリース版」を譲り受けたことが大きい。

北島氏のグルーヴは、ブリティッシュ系のグルーヴとspontaは理解する。

さらに娘は、中学3年。体罰問題で全国的な知名度を得た日野皓正氏のビッグバンドジャズのワークショップに参加する。

日野氏も「日本では数少ない」グルーヴする・できるジャズ音楽家である。


奇妙なことだが、そんな日野氏でも、自分のバンドに「グルーヴしない・できない」ドラマーを参加させてしまう。

ベニー・ゴルソンというテナーサックス奏者がいて、私と娘は彼のグルーヴに心酔した。
彼は長命で、来日した彼のライブを観に、ブルーノートに娘は出かけたのだが、リズム隊が「グルーヴしていない」ので、彼のグルーヴを堪能することができなかった。と、残念がった。

何故だか分からないが、「紺屋の白袴」ではないが、「グルーヴ・ミュージシャン」の「グルーヴ知らず」ということがあるのかもしれぬ。


グルーヴは音楽の「根幹のフィーリング」である。

それが為に、

・一緒にブレークした「キャロル」のメンバーたちを捨てたこと。

・日本人ミュージシャンと共演しないこと。

は、理解できる。

彼は、日野皓正、ベニー・ゴルソンと同じ轍を踏まない。



【追記】
今回のアルバムのメインチューンは、「いつか、その日が来るまで」。
作詞は、なかにし礼氏である。
「その日」とは臨終を迎える日のことであり、彼が石原裕次郎のために書いた「我が人生に悔いはない」に重ねられる。
永ちゃんは今年の9月に70歳になるが「歳をとるってすばらしいことじゃない」との思いを同年代の人たちに伝えたいと朗らかに語った。
最後の年月を「ライブで歌うこと」に専念するため、4台も乗り継いできた「クルーザー船」も卒業するとこれからのプランを明らかにしている。

LAのスタジオで永ちゃんは、

・(出来る限り)シンプルに、

・(日本を捨てて)わざわざLAでやりました。な感じはイヤだ。

と、ミュージシャンやスタッフに言い続ける。

それからすると、なかにし礼氏の歌詞は「プロの何か」を表現していると思えてならない。矢沢の歌詞の特徴である「むき出しの感情」が「恥ずかしげもなく」「技巧を一切排除して」表現されていない。
・・・そんなことを感じた。

posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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