2019年07月05日

下衆の勘ぐり。(AEDに関する余談)


最近、マスコミにこんな話題があった。

・女性が緊急事態に陥っている場合、救助者は「AEDの使用を躊躇する」。

※ AEDは、心臓マッサージであり、処置のためには、胸元をあけなければならぬ。

だが、「目の前の人が生死の境をサマヨっている」時、「そのような感情が起きる」はずもない。

つか、「そのような批判をする輩」がいたら、断固、否定・断罪するのが、マスコミのあるべき所作である。

したがって、このような情報を流布するマスコミは、社会悪といえる。


マツコ・デラックス嬢の深夜番組で、ヌードデッサンの絵画教室を取材していた。

小学校・中学校時代の私は、絵画展に行くのをもっぱらにしていた。

ルノアール・ゴッホ・セザンヌなどのフランス後期印象派から始まり、ロシア絵画、そして、表現主義のムンク、エゴン・シーレ。装飾派のクリムト、ミュシャ。ピカソや、シュルレアリズムのダリ。

勿論、レンブラント、ラファェロ、フェルメール、ゴヤなども当然のごとく出かけている。

娘が大学時代も、星条旗通りの美術館に行き、「これはパイプではない」という不可思議な作品の解説をした。

そんな私。「実技」はからっきしダメだったが、「大人になったら、ヌードデッサンの教室」に行きたいと思っていた。

勿論、その理由は、エロが8割。2割が美術探究である。

この番組で驚いたのは、男性参加者は「(教室で)勃ったことはない」と発言していたこと。

彼らは「描(か)くこと」に精一杯で、「勃っている余裕はない」のだとか。

似たよう状況に、ストリップ劇場があるが、こちらの観客は「描(か)く人」はいないが、「かく(掻く)人」は少なからず存在するようである。


マスコミは、「美術愛好家」の側でなく、「ストリップ劇場の観客」の側にある。

または、患者に「強制猥褻」を企む変質的な婦人科医師と同様であり、

卑劣である。




posted by sponta at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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