2019年06月18日

コパアメリカの久保選手に思う。

久保建英選手のキリンカップの途中出場に続いての日本代表戦を、インターネット中継で見た。

ロシア語の放送で、途中途切れもしたが、なんとか90分見続けることができた。


前回の途中出場が親善試合で、今回はガチンコ勝負。

前回のメンバーがフル代表で、今回は若手中心。

何が違っていたかといえば、前回は、他のメンバー。つまりは、先輩たちに「久保選手の才能を応援したい」という暖かい気持ちがあったこと。

今回は、同じ世代が多く、メンバーの多くはライバルの関係。つまりは、久保選手と他の選手の「主従関係」は確定しておらず、他の選手たちは、まず「自分の才能を活かすこと」を第一に考えてプレイした。

「初めてチームを組むメンバー」どうしで連携スタイルも出来上がっていないのだから、そうなるのは当然である。

フリーの久保選手がいるのに、パスを出さなかった中島選手は「(自分が)楽しむサッカー」と公言しつづけているが、「卓越した技術がある
久保選手」がいるのだから、もう少し「フォアザチーム」を考えてもよかった気がする。

つか、唯我独尊的なプレイは、「中島選手が飛びぬけたキープ力がある」なら許容される。だが、久保選手という「同じレベルのキープ力」を持ち、「彼よりすぐれた戦術眼」を持つタレントがいるなら、状況は異なる。

かつての対ブラジル戦のような「どうやったって勝てない」相手ではない。

ロサンゼルスオリンピックでブラジルに勝った時のような「圧倒的な敗者の戦い方」を森保ジャパンは取らなかったことを、評価すべきである。

女子ワールドカップの初戦。アルゼンチンは、「圧倒的な劣性者」の戦いをして引き分けに持ち込んだが、そういう戦いをしなかったことを評価すべきだし、そのような実力差だと思う。

パスコースにフリーでいる久保選手にボールが行かない状況は、残念である。

つか、マンマークが張り付く厳しい状況の久保選手であっても、彼にパスをする他のメンバーたち。その苦境を打開する久保選手。

そういう戦いを、次戦以降に期待したい。


点数は4対0だったが、試合運びが圧倒的に劣っていたのではない。フォワードの決定力不足を除けば、試合そのものは「互角」だった。

大敗との感想が多いが、前半に1点でも入っていたら、試合の流れは大きく違っていたに違いない。
一対一の強さが違うとの感想もあったが、試合の形勢の中で、一対一の強さも変化する。
放心状態になっているときに、3発食らったのであって、実力差は、それほどでもない。つか、決定力のあるフォワードの選手を入れていれば、違っていた。

この試合で、チームの中心が久保選手だと明らかになったのだから、次の試合からは、より「明確な戦術」が可能なはず。

インタビューで移籍の話題を拒否した久保選手は、自分だけがヒーローになるようなプレイはしない。ならば、周囲の選手たちのプレイが変わることを祈っている。


どちらにしても、レアルマドリードの選手を選ぶ眼が確かなことを証明した試合である。






posted by sponta at 18:56| 東京 ☀| Comment(2) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
鮮やか!
本質をズバリと読み解く貴方のブログ。
だから私は読むのをやめられない。
Posted by at 2019年06月18日 20:19
脊椎反射で書いた記事、批判が当然と思っていましたが、同意されてうれしいです。

!(^^)!

コメントありがとうございました。
Posted by spt at 2019年06月19日 05:59
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