2019年05月27日

放送大学・シリーズ「日本の近代化を知る7章」の皇国観を唾棄する。



明治維新は、世界史上希有な出来事であり、短期間に「民主主義・法治国家」を実現し、西洋文明を導入し、高いレベルでの「富国」を実現した

と、老齢の講師は誇っている。

spontaに言わせれば、

・民主主義は、他国の内政を干渉するための制度兵器。

・法治国家は、諸子百家の頃に、「人間を小ズルくする」と否定されたが、秦の中国統一によって導入された制度でしかない。

・「富国」にしたって、産業革命を達成したイギリスでは、労働者の劣悪な労働環境が糾弾されていたのであって、それが自然破壊につながっている現代を思えば、誇れる話ではない。
「富国」の実際とは、資本主義的性格を強めることであって、それは「西洋による支配・君臨・統治」を容易にするための基盤を整えることでしかない。

かねてより指摘しているが、「自由」の反対は「不自由」ではない。「自由」の反対は「家父長的な身分制度」。他国を侵略・崩壊させるための「思想兵器」が「自由」という理念なのである。

そのような「明治維新」の深層を一切考慮せぬまま、「近代日本を賛美する」かたちで講義が展開していくのは、ポストモダンの現代としては、笑止である。


つか、「交戦により北方領土を奪回する」という選択肢を排除できない「硬直した頭脳」の東大生的な理性・感性の典型の一つを、この老教授に見る。


明治維新をレボリューションと形容したこの講師。

レボリューションとは、「武力」による階級闘争だが、語句の意味を正確に把握しての使用ではないだろう。


司馬遼太郎の小説の中の出来事だったか、幕末の志士の一人が、ワシントンよりもナポレオンに憧れると言ったら、「野蛮である」と批判されていたのを印象的に覚えている。ワシントンもナポレオンも戦争で勝ち抜いたに過ぎぬが、印象としては、ワシントンは民主主義を実現した人。ナポレオンは軍略により他国を支配した人であるなら、当然のセリフである。

つか、司馬史観は、「英国の傀儡政権」でしかない明治政府の実相を隠蔽するために、「幕末の志士」を愛で、「明治の元勲たち」を英雄に仕立てた。

英国に視察に行った長州5傑は「英国に日本を売った」売国奴。

坂本竜馬は「英国資本を使って薩摩・長州を骨抜きにした」売国奴。

フルベッキ写真(真贋不明)は、「英国にいる出資者たち」に、「貸借人たちの存在」を証明するためのもの。でなければ、写真嫌いの西郷が記念写真に収まっているはずがない。

−−−にも関わらず、司馬は賛美して止まない。

司馬史観が成立したのは、明治維新を知る世代が他界した後だったからというのが、事情通の見方である。


「日本の近代化」の本質を、ポストモダンの今、どのように捉え直すかが至急課題である。

だが、放送大学の「アカデミズム」は、それとは無縁の道を進んで、恥じない。


講師はこの方。

北岡伸一

Wikipediaは、彼が「イラク戦争を支持する」立場をとったことを紹介している。この講義と照らし合わせれば、

・「愛国なのに、親米」。

という、櫻井よしこ嬢に連なるハイブリッドな御仁である。
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