2019年05月18日

韓流ドラマ、冬ソナから15年。その本質を改めて指摘する。

CATVのドラマ系チャンネルの殆どは、韓流ドラマがないと成立しない。それが事実・現実。

中国製ドラマ、台湾製ドラマは、「無ければ無いで済んでしまう」のではないか。今、トルコの後宮を扱ったドラマが放映されているが、トルコのドラマがないとダメという状況にはならぬ。

ハリウッド映画は「無いとダメ」だろうが、それ以外は、「おもしろければ、あって良し」。そんな感じ。


では、韓流ドラマの何が「おもしろい」のか?

誰も指摘しないが、spontaに言わせれば簡単。それは以下。

・韓流ドラマは、ミメーシス芸術論を満たしている。


ミメーシス芸術論は、モダニズム芸術論に対照する。

モダニズム芸術論=芸術作品は、芸術家のオリジナルな創作物でなければならぬ。

ミメーシス芸術論=芸術作品は、現実の完成度を高めた模倣・再現であり、過去の傑作を今の時代にあうように、さらにインパクトを強めた模倣・再現である。


たとえば「冬のソナタ」。

この作品のスゴイのは、過去の恋愛映画のエッセンスを惜しげもなく「引用している」ところ。
それも、単なる「再現」ではなく、「情趣をさらに高める」べく、極められている。その細工により、観客は「単なる模倣である」と唾棄しない。

実際、「冬のソナタ」をヒットに導いたのは、古くは、「哀愁(ロバートテイラー・ビビアンリー)」「めぐり逢い(ケイリークラント・デボラカー)」「風とともに去りぬ(クラークゲイブル・ビビアンリー)」などのハリウッド製恋愛映画を親しんだ世代である。

・・・自分の父親を探す主人公。異母兄弟との確執。初恋。突然の別れ。交通事故。記憶喪失。運命の再会。三角関係。兄妹かもしれぬ恋人たち。よみがえる記憶。失明の危機。−−−それらは、恋愛ドラマで繰り返されてきた「設定」である。

spontaが過去に書いた「冬のソナタ」のアナリーゼ(解釈)
    全24記事



「冬ソナ」ファンの諸賢は気づいているだろうか。
「冬ソナ」が捨象した事々を…。その捨象した事々が、いままでの恋愛ドラマが積み上げてきたボキャブラリーに対して、ひとつひとつの解決策を提示しているのだ。
たとえば、「冬のソナタ」は、韓国富裕階級のドラマだという指摘がある。だが、そんなことはない。主人公たちはごく普通に働いている。何故、登場人物の構図の中に貧富の差を持ってこなかったかといえば、それは貧富の差という設定が、恋愛のカタルシスにとって必ずしも必要なものではないからだ。
恋愛ドラマによって、カタルシスを生み出すべきであって、貧富の差などでカタルシスの源泉を作ってはいけない。つまり、純粋な恋愛劇を見たいのに、そこに貧富の差などというイデオロギーが入ってくるのはノイズなのだ。
私は、この点において、ソクホ監督が、ジャック・ドゥミー監督の映画「シェルブールの雨傘」を想起してこの「冬のソナタ」を構想したのではないかと確信する。
https://plaza.rakuten.co.jp/sponta/diary/200701240003/

上記は、「冬のソナタ」が、フランス映画「シェルブールの雨傘」のミメーシスだと指摘している。



韓流ドラマが「ある程度の品質を保っている」。「どうしようもない作品が存在しない」のは、ミメーシス(模倣・再現)の対象が「過去の名作・傑作」だから。

日本人の芸術の伝統は、「オリジナル性」に囚われていたのはない。
狩野派の絵師の修行では、「写生」よりも「お手本」の模写がもっぱらであったという。

だが、日本のドラマ制作者たちは、近代主観主義の「オリジナル」幻想に縛られて、毎回、企画をゼロからスタートさせなければならぬ。
そうしないと、マスコミや同業者から、「パクリ屋」との汚名を着せられるという現実がある。


ミメーシス(現実と過去の作品の模倣・再現)の一例。

最近観た作品でいえば、

「暖かい一言」
・・・不倫ものだが、このドラマが斬新なのは、「物語のスタート時、すでに不倫関係は終わっている」こと。さらに、肉体関係もない。




「結婚の女神」
・・・玉の輿ものドラマでは、結婚で裕福な暮らしを望むヒロインが登場するが、このドラマのヒロインの悩みは、結婚相手が財閥の御曹司であること。さらに、出会ったその日に一夜を共にした男性との純愛を貫く。



無名の私が、日本の映画界・ドラマ界に何かを言える訳ではない。

映画学校時代、担任教師だった池端俊策氏にコンタクトを試みたが、リターンはない。

近代主観主義・モダニズムは、令和の時代にもサバイバルして行くのだろうか・・・。


我が師・首藤剛志氏は、私がテレビドラマを観ていると、「そんな下らないものを観て」と嘲笑していたが、あれから30年ほど経って、私が同じ感慨に浸っている。





posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(1) | ドラマ・映画・演技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
5月18日にこの記事をアップしたら、首藤氏との思い出の詳細を記述した記事への閲覧記録が5月21日にあった。

閲覧数は大分減ってしまったが、spontaに興味を持ってくれている閲覧諸氏がいることを思い、Pushではなく、Pullのメディアなのだから・・・。と、満足、納得する。

スポンタ、首藤剛志で検索をかけていただいたのだろうか。

ありがとうございます。

!(^^)!

つことで、記事に閲覧先を追加記入しました。
Posted by spt at 2019年05月21日 06:01
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