2019年04月13日

藤原和博氏、クリティカルシンキングをメタな視点と読み替える。


リクルートから、杉並区の公立中学の校長に転身し話題になった藤原氏。


彼が、Eテレに出演して、クリティカルシンキングのことをメタな視点として、発言していた。

ふむ。


批判的な読書=クリティカルリーディング

批判的な考え=クリティカルシンキング

学問の世界では、「疑ってみること」は、発見・発明の起点。

だが、それを、コミュニケーションの分野で行うと、疑心暗鬼になる。良好な人間関係の基本は、「相手を信じること」である。

・・・そんなことを思っていたspontaは、藤原氏が、「メタの視点」で検証すること。と、「クリティカルシンキング」を言い換えていることを知り、納得する。

だ、だが・・・。


私たちの世界に、「メタな視点」が許容されるような下地はあるのだろうか・・・。

ふと、そんなことを思う。

つまり、現代日本において、次の3つは、「メタな視点」が排除される、「絶対的なもの」である。

・生命第一主義。

・民主主義。

・国際平和。

どんな場合だって、人間の命は尊いし、民主主義は否定されてはならないし、戦争は否定される。

そのような「現状を否定する論理体系」がメタな視点として、つまりは、社会的な認知のひとつのあり方として成立するのか。
極めて疑わしい。

せめては、「クリティカル(批判的)」との語で、「私的には・・・」とうそぶくのが誠実なのかな。

などと、「東大出身・リクルートを経て・・・」ではないspontaは考えてもみる。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0