2019年04月11日

近代日本の明治・大正・昭和・平成・令和を総括する。


ポストモダンのすすめとしてブログを続けている。

本質的に世の中を眺めていれば、モダンの時代は、1980年代で終了したことが理解できるはず。

だから、ポストモダンなのである。


青春時代は、あとから、ほのぼの思うもの。
という歌詞を書いたのは、森田公一だが、「モダンの時代」が終わったのも、終わった直後には分からない。

平成という時代の30年を経て、やっとこさ「モダンな時代は終わった」と、確信できる。

そこが、歯がゆい。


そして、モダンな時代を総括する。

*

西欧では、

・ニーチェ(1900年没)が「神は死んだ」。

と発言したり、

・デカルト(1650年没)われ思う。ゆえに、我あり。

って、あたりから、モダンな時代が始まったといえる。

つか、

起源は、

・ベニスの商人(商業主義)を書いたシェイクスピア(1616年没)の頃かもしれぬし、

・民主主義が始まったフランス革命(1789年)かも、

さらにいえば、

・工業革命ともいえるイギリスの産業革命(1700年代半ば〜)の時代かもしれぬ。

*

一方の日本は簡単。

明治維新こそ、モダンな時代のスタートである。

日本の古代が中国に多くを学んだように、明治時代の日本は、西欧に多くを学んだ。古代の日本に、その後、国風文化が訪れたように、欧風化の揺り戻し期が、大正時代だろう。

国風文化への揺り戻し期は、西欧列強の帝国主義に対抗する形で凝縮され、第二次世界大戦でひとつの結果を見る。
それが昭和である。

昭和の最終期・1980年代に世界の潮流として「モダニズムは終焉する」が、アメリカ帝国主義のサバイバル政策によって、それは隠ぺいされた。そんなことが起きていたのが平成である。


しかして、令和はどうなるか・・・。

昭和の一時期、「本音と建て前」や「独断と偏見」なる流行語があったが、

令和時代も、「モダニズム(主観主義)」という建て前がサバイバルしつつ、

本音として「ポストモダン(客観主義)」の時代が訪れるのだろう・・・。













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