2019年01月21日

大谷翔平・二刀流は間違っている。


この記事の主旨は、

・募金はダメ。カンパならOK。

新春の話題として、大谷翔平選手が、大阪の病院を訪れ、2歳児の難病患者を見舞ったことが報道された。

二刀流の元祖・ベーブ・ルースが病院を訪れ、少年にホームランを約束し、スタジアムでかっ飛ばし、約束を果たす。
それは美談である。

だが、今回の件はいただけない。


かねてから指摘しているが、以下。

募金: 社会的な不備により、経済的に困っているところにお金を集める。

カンパ: 個人的な知り合いのために、お金を集める。

イギリスで、ラファエロの名画が海外に流出する可能性が出たとき、市民たちが募金活動をして、流出を防いだ。
これが募金。

一方のカンパは、知り合いが「災難にあった時」、周囲がお金を集める。

被災者・困窮者は、世の中に溢れており、「特化的に誰かを救済する」のは、社会悪。

とはいえ、「知り合いを助けたい」というのは、是認されるべき。


2歳児の病気は、拡張性心臓病で、3億5千万円ないと、アメリカで手術を受けられないのだという。

発生比率は、1/4500という。

日本人の人口が1億人で、それを100歳で割って、1年間に生まれるのは100万人。

それを4500で割れば、日本中に2000人の「同病者」がいるはず。

その中から、「自分の名前と同じ」という理由だけで、「特化的」に援助して良いのだろうか。


大谷翔平氏は、すでに「公人」であり、彼の言動によって、世の中が動く。

あと1億2千万円集まれば手術ができるというが、残りの1999名の同病者にとって、それが「どういう意味を持つ」のだろうか。


彼は、人知れず「カンパ」をすべきであって、カメラの前に登場したり、募金すべきではない。


昔、(高給取りの)NHKの職員の夫婦が難病幼児を抱えており、百万円以上のプロモーション費用をかけて募金を行い、ウェブで批判を受けたことがあった。

「3億円あれば、生命が助かる」。

そんな制度を許しているアメリカもアメリカだが、それに乗っかる日本人もどうかしている。

というか、「公的な支援・援助機関orシステム」があってよい。
もし、それが日本に存在するのなら、「有名人を使った募金活動」は、「行列に横はいりする」ようなものだ。


画面に映っている幼児と母親に「切なさ」を感じるのはspontaも同様である。

だが、
だからといって、

画面に映っていない1999名の幼児と母親の「存在」を忘れて良いというのではないだろう。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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