2018年09月05日

坂上忍さん。体罰を絶対悪とするなら、吉本のドツキ漫才を禁止してください。


週刊誌の記事だという。

(週刊SPA!)
内村航平選手の名物ママであり体操指導者の
周子さんは次のように話す。

「佑斗は私と同じ長崎の出身で、小さな頃からの付き合いがあるんです。
本当に優しい子。指導者としても悪い噂は聞いたことがありません。

仮に、暴力があったとしても、指導の枠を超えたものではないと言い切れます。

体操は命に関わる危険なスポーツです。だから、私のクラブでも気を抜いて練習している子には厳しく指導します。

言っても聞かない子がいたら、練習を見学しているお母さんが、いきなりその子を思いっきりひっぱたくことも。
それって愛情があるからでしょう?(苦笑)」

体操は、「命にかかわる危険なスポーツ」というのは、見ていれば、誰にでも分かる。

あんな高いところから落ちれば、半身不随になるのは、当然である。

そんな「厳しい・危険なスポーツ」なら、指導に「体罰もやむをえない」。つまりは、「自分の批判など恐れずに、指導する」のは、当然である。


すべからく、「体罰禁止」を言う人は、「指導者としての自分が批判されること」と、「指導されるこども」を天秤にかけて、「指導者としての自分」を重要視するタイプである。

その意味で、坂上忍・バイキングキャスターも、「MCとしての自分」を、「体罰をした人」「体罰された人」よりも大切にしていると、断罪される。


spontaの意見は、

体罰は、「プロレスの反則」と同じ。決して、「肯定されない」が、3回までは許される。

そんな感じ。


亡きラグビーの平尾誠二氏は、しかり方として以下の3つを掲げた。


・プレイを否定しても、人格を否定しない。

・フォローする。

・短く叱る。


短く叱るために、「体罰」は効果的である。後で、フォーローすればよい。



どちらにしても、「(こどもの)身に危険が及ぶ状況」なら、指導者は、「体罰をする・しない」などを考えている余裕はない。


それと比べるなら、吉本芸人の「漫才における暴力」は、即刻禁止すべきである。
テレビが「世論・風潮」を作っているなら、当然の処置である。

それができぬなら、軽薄な「体罰批判」はすべきではない。















posted by sponta at 06:06| 東京 ☀| Comment(2) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
体罰を否定・批判するなら、今は亡き・星野監督を否定しなければならなぬ。

「(理性による)理性」ではなく「(体罰による)強制」が、人を「鍛える」という現実は、否定できない。
Posted by sponta at 2018年09月05日 06:13
体罰の「盲目的な否定」は、「人間は、理性によってのみ、行動する」モダニズムのひとつである。

「判断する余地のない判断」に理性を使わなければならないのは、リソースの無駄遣いであり、処理時間を考えれば、無意味。
それが、「命に関わる事項」なら、「体罰で、身体に覚えこませる」ことに、妥当性がある。

東北では、赤子に、ストープは熱いと、触らせる。これも、体罰のひとつとして、批判されてよい。
Posted by sponta at 2018年09月05日 17:15
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